錆喰いビスコ9 我の星、梵の星

3 ②

 瞬間、びっっ! と走ったラストの眼光が、ンナバドゥの羽根をかすめての山肌をはしった。熱核光線である二筋の眼光は、そのままはるか遠方までの自然を引き裂き、山脈の向こうに爆炎を上げる。

 どずうううん……


『ひっ、ひィィぇえええ~~ッッ』

「上質な魂が、いたい。に弓引き牙をく、極上の魂が──」


 ンナバドゥの想定以上に、少年は誇り高い魂をかつぼうしているようだった。しかしもはや人間に名のある英雄は、軒並み倒してしまっている……


「──そうだ。」


 ふと、思いついたように、


「キノコ守りの生き残りが、居たはず。」


 突然ラストの口から、思いもよらぬ言葉が飛び出した。それを聞いて、きようこうに飛び回っていたンナバドゥが、びくりと空中で静止する。


『ら、ラストさま、今なんと!?』

に屈せず、幾度も死闘を繰り広げたキノコ守りの一族。そのまつえいが、まだ生き残っているはず。たしか名を、ふただけのレッド──」

『ふ、ふただけのレッドっっ』


 ンナバドゥは禁じられた言葉を聞いたかのように飛び上がって、


『なりませぬ。キノコ守りのけがらわしい魂など、らってはなりませんぞっっ』


 羽音を可能な限り大きくして、ラストに警告した。

 さびがみが世界を制圧するにあたり、最も障害となったのがキノコ守りの一族。ンナバドゥはこれらキノコ守りに、並々ならぬぞうを抱いている様子であった。


『やつらの魂がラストさまの一部となるなど、考えただけでもまわしい。よいですか、キノコ守りとは滅びの安寧にあだなす逆賊。このつらく苦しい浮世を、己の実力のみで生き抜こうという、クソみてえなマゾヒストの集団なのですっ』

「きたない言葉をつかうな。」

『あら失礼。おほほほ……ええいダニどもめ、すぐにでも根絶やしにしてやりたいが、厄介なのはやつらに伝わる〈吸魂の法〉!!』


 羽虫はいまいましそうに、脳裏にレッドを浮かべてみする。


『〈吸魂の法〉は、死した魂をその身に宿す技法。さびがみさまと似た力でございます。ふただけレッドの身体からだには今や、千を超すキノコ守りの魂が、いれずみとなって刻まれております』

「ほおう。おもしろい……。」

『だめだってば興味持ったらァァ~~~ッッ!』


 羽虫は『キィィ──ッ』といらちの声を上げ、ハンカチをんでめいっぱい引き延ばした。


ふただけのレッドとブルーは、このンナバドゥが内々に始末いたします。ラストさまに悪い虫を、近づけるわけにはゆかぬっ』

「悪い虫……。」


 皮肉まじりのつぶやきも、『ぶ~~ん』とどこ吹く風。ンナバドゥは手元のデバイスから、中空に生き残った人類の名簿を投影する。


『さあ、レッドのことは忘れて。もっとい魂を、このリストからお選びください。どれでもより取り見取りでございますよ──』


 さびがみラストは羽虫のやかましさにへきえきして、夜の月を見上げた。

 太陽のように輝く満月の明かりが、氷のような美貌を照らしている……。

 そこに、ふと、


(…………?)


 満月に小さな黒点。

 ほんのわずかな月光のかげり。満月に、何か小さな影がかかっているのだ。


(なんだあれは。──大きな、かに……?)


 影のかたちを認識したとき、そこからほとばししやくねつの殺意にラストの髪が逆立った。はるか遠くの小さな影から、なにかすさまじい力が襲ってこようとしている!


はえ。もうよい。」

『ラストさま?』

「どうやら、向こうからやって来たらしい。」

『何を──』


 ひゅばんっ!

 ラストが羽虫をその手に握って跳び上がった直後、遠方の小さなシルエットから雷光のごとき矢が放たれ、すさまじいスピードで山頂に突き立った!

 ぼぐんっっ!!


『おわあああ~~っっ!?!?』


 キノコ矢のさくれつ

 真っ赤なベニテングの発芽は、続けざまに二度・三度と起こり、回避するラストの身体からだをついにつかまえ、高く跳ね上げた。


「おお。」

『ば、馬鹿な、このキノコ矢、ふただけのレッドッッ!!』

「来たのか、ふただけのレッド。」


 無感動なラストの表情にわずかに赤みが刺し、高揚にる。


すごい威力だ。さんが削れたぞ。」

『感心している場合では! ラストさま、早くお隠れください!』

「そうしたいが。」


 ラストは言って、自分の指先を眺めて動かそうとしてみた。しかし驚異的な早さで神経に食い込んだベニテングの毒は、すでにさびがみの自由を奪っている。


「動けん。強い毒だ。」

『そ、そんな──!?』

「なるほど。」


 ラストはまるで他人ごとのようにもがくことを諦め、中空にその身体からだを遊ばせた。月にかかるおおがにの影から、少年の身体からだに向けて第二射が放たれる!


「ようやく、のあるやつが、現れたな。」

『ら、ラストさまあああ────っっ!!!』


 ずばんっっ!!


 ***


 ぼぐんっ、ぼぐんっ、

 ぼぐんっっ!!


「やったッッ!!」


 滝のような汗を流しながら、レッドがアクタガワの上でえた。

 極限の集中により、いれずみが全身を焦がすように燃えている。キノコの発芽の明かりに照らされて、アクタガワはブルーの手綱で地面に着地する。


「見たか、ミロ! 正面からブチ抜いた。あたしたちが、さびがみたおしたっ!」

「喜ぶのは早いよっ! 発芽が強すぎて、わたしたちまでまれるっ!」

「よし、アクタガワ、もう一ッ跳びだ!」


 あんじようの少女たちに従い、アクタガワがベニテングのさくれつから距離を取る。その勢いはすさまじく、山頂にそびえたさびがみの玉座は跡形もなく崩れ去っていた。


「あたしたちの、勝ちだ……!!」


 吹きすさぶ風に炎の髪を躍らせながら、レッドが深い感慨を込めてつぶやく。


「見てるか、パウー、ジャビ。みんなの魂の矢が、あいつを射抜いたんだ!」

「ビスコ……」


 ブルーはすぐに安心できず、周囲への警戒を崩さずにいたが、の端に涙すら浮かべる相棒ビスコの横顔に、ようやく表情を崩した。


「これで、さびがみに食べられた人類の魂も、解放されるはずだよ」

「うん!」

「それにしても、頑張ったね、ビスコ! 初めて見たよ、あんな大きさのベニテング。ほら、破片がこんな所まで……」


 ブルーはそこまで言って、


(…………ッ!?!?)


 とつにアクタガワの手綱を引いた! 地面に落ちたビスやネジなどの部品が、にわかに脈動して、一瞬で一所に集まりはじめたのだ。


「ミロ!?」

「ビスコ!! まだだ、こいつ、まだっっ──」


 ばぎんっっ!

 空中に瞬時に生成されたさびがみラストの上半身が、ひねるような右フックでアクタガワの横っ腹を殴り抜いた! 吹き飛ばされるアクタガワの身体からだを、腰の位置からジェットを噴かし、すさまじいスピードで追撃してくる。


「はじめましてだ、レッド。」

「うおおおっっ!? 馬鹿な、おまえはっっ!!」

は、ラスト。さだめは、『さびがみ』である。」


 名乗りながら、ついでのように拳を振り抜いた。レッドはその筋骨に力みなぎらせ、両腕をクロスしてラストの拳撃を受けるも、


「!? うおおおっっ!!」


 どんっ、と打ち込まれる拳の一撃に、アクタガワのあんじようからはじかれて、まるで空き缶のように吹き飛ぶ。体格差なら二倍ほどに上回るレッドを、さびがみはまるで意に介さない。きやしや身体からだに、信じがたいりよりよくである。


「ビスコッッ!!」

「ふむ。」

「──うおおお──っっ!!」


 隙をさらしたラストの背面を、今度はブルーの引き抜いた短刀が捉える──

 その寸前、


「──がはっっ!?」


 ブルーもまた、正体不明の攻撃をまともに受け、レッドと同じ方向へ吹き飛んでゆく。


刊行シリーズ

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