瞬間、びっっ! と走ったラストの眼光が、ンナバドゥの羽根をかすめて富士の山肌を奔った。熱核光線である二筋の眼光は、そのまま遥か遠方までの自然を引き裂き、山脈の向こうに爆炎を上げる。
どずうううん……
『ひっ、ひィィぇえええ~~ッッ』
「上質な魂が、喰いたい。倭に弓引き牙を剝く、極上の魂が──」
ンナバドゥの想定以上に、少年は誇り高い魂を渇望しているようだった。しかしもはや人間に名のある英雄は、軒並み倒してしまっている……
「──そうだ。」
ふと、思いついたように、
「キノコ守りの生き残りが、居たはず。」
突然ラストの口から、思いもよらぬ言葉が飛び出した。それを聞いて、恐慌に飛び回っていたンナバドゥが、びくりと空中で静止する。
『ら、ラストさま、今なんと!?』
「倭に屈せず、幾度も死闘を繰り広げたキノコ守りの一族。その末裔が、まだ生き残っているはず。たしか名を、双子茸のレッド──」
『ふ、双子茸のレッドっっ』
ンナバドゥは禁じられた言葉を聞いたかのように飛び上がって、
『なりませぬ。キノコ守りの汚らわしい魂など、喰らってはなりませんぞっっ』
羽音を可能な限り大きくして、ラストに警告した。
錆神が世界を制圧するにあたり、最も障害となったのがキノコ守りの一族。ンナバドゥはこれらキノコ守りに、並々ならぬ憎悪を抱いている様子であった。
『やつらの魂がラストさまの一部となるなど、考えただけでも忌まわしい。よいですか、キノコ守りとは滅びの安寧に仇なす逆賊。この辛く苦しい浮世を、己の実力のみで生き抜こうという、クソみてえなマゾヒストの集団なのですっ』
「きたない言葉をつかうな。」
『あら失礼。おほほほ……ええいダニどもめ、すぐにでも根絶やしにしてやりたいが、厄介なのはやつらに伝わる〈吸魂の法〉!!』
羽虫はいまいましそうに、脳裏にレッドを浮かべて歯嚙みする。
『〈吸魂の法〉は、死した魂をその身に宿す技法。錆神さまと似た力でございます。双子茸レッドの身体には今や、千を超すキノコ守りの魂が、刺青となって刻まれております』
「ほおう。おもしろい……。」
『だめだってば興味持ったらァァ~~~ッッ!』
羽虫は『キィィ──ッ』と苛立ちの声を上げ、ハンカチを咬んでめいっぱい引き延ばした。
『双子茸のレッドとブルーは、このンナバドゥが内々に始末いたします。ラストさまに悪い虫を、近づけるわけにはゆかぬっ』
「悪い虫……。」
皮肉まじりの呟きも、『ぶ~~ん』とどこ吹く風。ンナバドゥは手元のデバイスから、中空に生き残った人類の名簿を投影する。
『さあ、レッドのことは忘れて。もっと良い魂を、このリストからお選びください。どれでもより取り見取りでございますよ──』
錆神ラストは羽虫のやかましさに辟易して、夜の月を見上げた。
太陽のように輝く満月の明かりが、氷のような美貌を照らしている……。
そこに、ふと、
(…………?)
満月に小さな黒点。
ほんのわずかな月光のかげり。満月に、何か小さな影がかかっているのだ。
(なんだあれは。──大きな、蟹……?)
影のかたちを認識したとき、そこから迸る灼熱の殺意にラストの髪が逆立った。はるか遠くの小さな影から、なにか凄まじい力が襲ってこようとしている!
「蝿。もうよい。」
『ラストさま?』
「どうやら、向こうからやって来たらしい。」
『何を──』
ひゅばんっ!
ラストが羽虫をその手に握って跳び上がった直後、遠方の小さなシルエットから雷光のごとき矢が放たれ、凄まじいスピードで富士山頂に突き立った!
ぼぐんっっ!!
『おわあああ~~っっ!?!?』
キノコ矢の炸裂!
真っ赤なベニテングの発芽は、続けざまに二度・三度と起こり、回避するラストの身体をついにつかまえ、高く跳ね上げた。
「おお。」
『ば、馬鹿な、このキノコ矢、双子茸のレッドッッ!!』
「来たのか、双子茸のレッド。」
無感動なラストの表情にわずかに赤みが刺し、高揚に火照る。
「凄い威力だ。富士山が削れたぞ。」
『感心している場合では! ラストさま、早くお隠れください!』
「そうしたいが。」
ラストは言って、自分の指先を眺めて動かそうとしてみた。しかし驚異的な早さで神経に食い込んだベニテングの毒は、すでに錆神の自由を奪っている。
「動けん。強い毒だ。」
『そ、そんな──!?』
「なるほど。」
ラストはまるで他人ごとのようにもがくことを諦め、中空にその身体を遊ばせた。月にかかる大蟹の影から、少年の身体に向けて第二射が放たれる!
「ようやく、喰い甲斐のあるやつが、現れたな。」
『ら、ラストさまあああ────っっ!!!』
ずばんっっ!!
***
ぼぐんっ、ぼぐんっ、
ぼぐんっっ!!
「やったッッ!!」
滝のような汗を流しながら、レッドがアクタガワの上で吼えた。
極限の集中により、刺青が全身を焦がすように燃えている。キノコの発芽の明かりに照らされて、アクタガワはブルーの手綱で地面に着地する。
「見たか、ミロ! 正面からブチ抜いた。あたしたちが、錆神を斃したっ!」
「喜ぶのは早いよっ! 発芽が強すぎて、わたしたちまで吞まれるっ!」
「よし、アクタガワ、もう一ッ跳びだ!」
鞍上の少女たちに従い、アクタガワがベニテングの炸裂から距離を取る。その勢いは凄まじく、富士山頂にそびえた錆神の玉座は跡形もなく崩れ去っていた。
「あたしたちの、勝ちだ……!!」
吹きすさぶ風に炎の髪を躍らせながら、レッドが深い感慨を込めて呟く。
「見てるか、パウー、ジャビ。みんなの魂の矢が、あいつを射抜いたんだ!」
「ビスコ……」
ブルーはすぐに安心できず、周囲への警戒を崩さずにいたが、眼の端に涙すら浮かべる相棒ビスコの横顔に、ようやく表情を崩した。
「これで、錆神に食べられた人類の魂も、解放されるはずだよ」
「うん!」
「それにしても、頑張ったね、ビスコ! 初めて見たよ、あんな大きさのベニテング。ほら、破片がこんな所まで……」
ブルーはそこまで言って、
(…………ッ!?!?)
咄嗟にアクタガワの手綱を引いた! 地面に落ちたビスやネジなどの部品が、にわかに脈動して、一瞬で一所に集まりはじめたのだ。
「ミロ!?」
「ビスコ!! まだだ、こいつ、まだっっ──」
ばぎんっっ!
空中に瞬時に生成された錆神ラストの上半身が、捻るような右フックでアクタガワの横っ腹を殴り抜いた! 吹き飛ばされるアクタガワの身体を、腰の位置からジェットを噴かし、すさまじいスピードで追撃してくる。
「はじめましてだ、レッド。」
「うおおおっっ!? 馬鹿な、おまえはっっ!!」
「倭は、ラスト。さだめは、『錆神』である。」
名乗りながら、ついでのように拳を振り抜いた。レッドはその筋骨に力漲らせ、両腕をクロスしてラストの拳撃を受けるも、
「!? うおおおっっ!!」
どんっ、と打ち込まれる拳の一撃に、アクタガワの鞍上から弾かれて、まるで空き缶のように吹き飛ぶ。体格差なら二倍ほどに上回るレッドを、錆神はまるで意に介さない。華奢な身体に、信じがたい膂力である。
「ビスコッッ!!」
「ふむ。」
「──うおおお──っっ!!」
隙を晒したラストの背面を、今度はブルーの引き抜いた短刀が捉える──
その寸前、
「──がはっっ!?」
ブルーもまた、正体不明の攻撃をまともに受け、レッドと同じ方向へ吹き飛んでゆく。