錆喰いビスコ9 我の星、梵の星

4 ②

「文句ゆうな! せーの!」

「「「ずっどどどん!」」」


 掛け声とともに分解したの胞子が渦を巻き、シュガーの掲げた手に集まってゆく。虹色に輝くそれが形をとれば、それは……


「来ぉぉ────いッ、だい きん こん ッッ!!」


 ひゅんひゅんひゅん、ぱしっ!

 神器『だいきんこん』となって少女の手におさまり、電光のごとく飛び上がるその勢いでもって、晴天に虹をかけるようにはらわれた!


「ホームランだっっ!!」


 だいきんこんの一振りが、いんせきを捉える!

 ばぎんっっ!!


「!? って~!?」


 想像以上の手応え。しかしだいきんこんの一撃は見事にクリーンヒットし、大質量のいんせきを大きくはじばした。いんせきはそのまま斜め前方にれてゆき、輝く軌跡を残しながら、海面にどぼんと着水する。


(こいつ、ただのいんせきじゃないぞっ)


 いんせきに眠れる力を感じ取ったシュガー。脅威は脅威たる前に打倒すべし……これは父の師ジャビから伝わる、キノコ守りの心得である。

 シュガーは先手必勝とばかりに再びこんを振りかぶり、足の裏で海面を蹴って、煙を上げるその謎のいんせきへ向かってゆく。


「ちぇぇえええすとおおお──っっ!!」

「…………う。」

「──あぇっ!!?」


 いんせきからうめき声が響いたのだ! だいきんこんはかろうじて横にれ、ばしゃあんっ! と海面をたたくにとどまった。

 危うい所でこんらしたシュガーは、海面にぷかぷかと浮く、いんせきの様子をまじまじと見る。


(こ、これって、)


 その燃えたぎるすがたが、海水によって冷めてゆけば……


(人間っっ!?)


 それがどうやら大柄な、人の形をなしていることがわかってきた。いんせきまがったのは、その人間の持つごつごつとしたたくましい筋肉が、まるでいわおのような形、人間離れした迫力を持っていたからである。

 更に驚いたことには、


(この人……女の人だ!!)


 気付いてみればそれは一糸まとわぬ女の身体からだに間違いなく、シュガーは真っ赤になって「わわわわっ!?」と思わず目をらす。


(何でなんも着てないの!?!?)

「だ、だれか、そ、そこに、いるのか。」


 輝くものがしやべった。

 びくり! と身体からだすくませるシュガーの前で、それは苦しそうにうめく。


「ミロだな、無事なんだな。大丈夫だ、あたしが、守るから……。」

「! 動かないでお姉ちゃん。ここは海の上だよ!」

「くそ、が。が焦げちまった。おまえが、見えない……。」

「しっかりして! そぉいっ!」


 シュガーは海面に、ぼうんっ! とキノコを咲かせて足場を作ると、


「よいしょ、よいしょ……」


 そこに女のすさまじいきよを引っ張りあげる。その顔を見れば、なるほど女の言う通り眼球が溶けてしまっており、おそらくはいんせきと化して落下してきた際に衣服ともども燃え尽きてしまったようであった。

 一見悲惨な状況に見えるがしかし、


(……このお姉ちゃんは人間じゃない。神様に近い!)


 シュガーはすぐに、女の全身のいれずみに内在する、恐るべき力の奔流を感じ取った。それは祈りであり、あるいは呪いであり……とにかく人類の積み上げてきた全てが、この女の中に揺蕩たゆたっている、そういう力を秘めている。

 眼球ぐらい燃え落ちたところで、再生は容易であった。


「だいじょうぶ、シュガーが治してあげる!」

「……シュガー、だって??」


 菌神シュガーは先天的善性に従い、その得体の知れない女を助けるためにちようしんりきを振るった。顎を持って女を上向かせ、その指先に奇跡の虹の胞子を集める。


「ついでに服も着せてあげるね!」

「……おまえ、は……。」


 虹色に輝くシュガーのてのひらが女の顔をでれば、治癒の力が働き……女の持つ、美しく澄んだ両のすいの瞳を、またたに復元させた。続けてひらめく胞子が女の身体からだを包み、筋骨隆々の肉体をキノコ守りの装備一式に包んでゆく。


「じゃじゃ──ん! 菌神さまのごやくなりっ!」

「…………、」

「シュガーが近くにいてよかったあ。お姉ちゃんはどうやら、普段のこころがけがよかったんだねえ。もし他の場所に落ちてたら、いまごろ──」

「シュガー。」

「──はえっ!?」

「シュガー!」


 ぎゅうっ!!

 強く大きな腕が、りゆうちように語るシュガーの首に回され、優しく、そして強くその身体からだを抱きしめた。大きな胸に押しつぶされてシュガーは呼吸もままならず、顔を真っ赤にし、口をぱくぱくと開けたり閉じたりしている。


「は、はわわわ……!?!?」

「会いたかった……!!」


 かすれた声。

 あふれる感慨に浸り、シュガーを抱きしめる女の一方で、シュガーはまるでヤカンのように胞子を噴き散らかしながら、を真ん丸に見開いている。


(ひ、ひとちがいでわっっ!?)


 訴えたいのだが、口がふさがっている。

 ありあまるシュガーの力で、突き飛ばすこともできた……しかし、そうはならなかった。震えていたのはシュガーよりもむしろ、


(こ、この人、泣いてるの……?)


 感涙にむせぶ、その女のほうだったからである。


「ごめんな。ごめんな……! これからはずっと一緒にいるよ。あたしはもう、おまえから離れない……!!」

(…………。)

「……いや、待て。シュガーは、男の子のはず……!?」


 はっ、と何かに気づいたように、電撃的に女が立ち上がる。


「この世界は一体!?」

「どわっ!?」


 跳ね飛ばされたシュガーが、あまりの不遜な扱いに文句を言おうとするが、女の様子はそんな気持ちも吹き飛ぶほどに切羽つまり、脂汗にまみれて周囲を見渡している。


「空が青い。風が澄んでいる……。ここは黒時空じゃない! ほ、本当にあったんだ……もう一つの時のながれ、白時空!」

「し、しろじくう~~??」

「あたしはチロルに飛ばされたんだ。てことは、あたしたちは負けたのか? くそ、記憶がぼやけて、何も思い出せない!」


 女は半狂乱になって髪を振り乱し、失った記憶を必死に探している。先ほどまでの地母神のような優しさから一転、徐々にじんの気風に変わっていく様は、幼い菌神をしてぶるりと震えあがらせた。


「──でも、一つだけ覚えてる。あたしの、使命だけは!」


 女がそう言い、心の内にこみあげる覚悟に瞳を燃やすと、身体からだに刻まれたいれずみたちがそれに応えて、しやくねつに赤く輝いた。


 え、ビスコ。

 おのれを、え──


「ここが鏡映しの時空なら、もう一人のあたしが存在するはず。ラストを倒す力を得るには、あたしが、そいつを──」

「うォォ────いッッ!! シュガ──────ッッ!!」

「! パパ!」


 女にどう接していいかわからないシュガーにちょうど助け船を出すように、海の向こうから、波をかき分けて迫るオレンジ色の甲殻が見える。

 浜からいんせきを目撃し、娘への愛でついに海への恐怖心を打ち破ったビスコが、アクタガワの背に乗って駆けつけたのであった。


「パパーっ! こっちだよ!」

「シュガーッッ!! そいつから離れろ!!」

「はえっ!?」


 笑顔で手を振るシュガーへ、ビスコの切羽つまった声が飛ぶ。きょとんとそれを聞くシュガーの横で、女はいぶかしそうなでビスコを見つめている。


「何だァ……? あのチンピラは……」


 きよの女と、ビスコ。

 すいに輝く四つの瞳がぶつかり合ったとき、


「「!!」」


 二人の精神に稲妻がひらめいた。共鳴とてきがいしん。理屈や言葉をはるかに上回るスピードで、お互いの心がひとつの結論に辿たどく。



〈〈なんだか知らんが、〉〉

〈〈負けられねえ、〉〉

〈〈こいつにだけは!!〉〉



「シュガー、あたしに隠れろッ!」


 女ががいとうひらめかせて、そのきよにシュガーをかばい、跳び退すさった。一方のビスコからすれば、今まさに娘が誘拐される絵面である。



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影