錆喰いビスコ9 我の星、梵の星

4 ③

「!! てめええ──ッッ、俺の子供を、放せ───ッッ!!」


 すでにビスコは背中から弓を引きぬいている。つがえられた矢がさびいの輝きをやじりともせば、それは太陽色の直線となって女へ襲い掛かった。

 ビスコがあんじようから放つ必中の矢を受け止められるものなど、はやこの地球にいない、

 そのはずが、


「寝ぼけんじゃねーぞ、イヌヤロウ……!!」


 そこにひらめがいとうのシールド! なんときよの女がひるがえすキノコ守りのがいとうが、音速を超えたビスコの矢の勢いを殺し、ふわりとその場に浮遊させたのである。尋常ならぬ合気の技、思わずかばわれているシュガーも感嘆するほどだ。


あかぼしシュガーは……」

「何いッ、俺の矢を!」

「あたしの、子だああ────ッッ!!」


 そして女の手に収まった矢は、そのすさまじい筋力によって投げ返される。衝撃がまるで海面を割るように水を跳ね上げ、弓から放った矢と全く遜色ない勢いで、ビスコめがけて突き進んでくる!


「うおおおっ!? アクタガワッッ!!」


 とつに操った手綱で、アクタガワのおおばさみさびいの矢をねのける。矢ははるか後方に吹き飛んでゆき、水面に着地すると同時にそこに無数のさびいを咲かせた。


(……何モンだ、あいつは!!)


 背後の海面に咲いたさびいの山を見ながら、ビスコが心中でつぶやく。


(いや! 言葉にはできないけど、俺にはわかってる。あいつが何なのか!)

「おまえが誰なのか、大体察しがついたぜ」


 ビスコの思考とシンクロするように、女の声が響いた。ブーツの裏から咲かすクラゲダケで海面に仁王立ちし、ビスコをにらんでいる。


「だが万が一ってこともあるからな。人違いで殺されちゃあ、おまえも浮かばれねえだろう……あたしに名乗ってみな、キノコ守りのチンピラ!」

「この俺を知らねえとは。てめえ、太陽系のモンじゃねえらしいな!」


 みつくようにえ合う口の、とがった犬歯の位置まで同じだ。シュガーは「離れておいで」と自分を解き放つ女と父を、おそるおそる交互に眺めている。


「だったら母星に伝えやがれ。地球は二人の人間によって守られている……俺がその一人! 地球最強のキノコ守り、あかぼしビスコだッ!」

あかぼし、ビスコ!)


 女はその名前を聞いて、やはり、と得心いったようだった。そしてその前についた修飾詞について、わずかに嘲りの笑みを漏らす。


「……地球最強の、キノコ守り?」

「何かしいか、てめえコラァッ」

「おかしいさ。おまえが、最強であるわけがねえ……」


 ほほむ女の口端から、ぎらりと犬歯がのぞく!


「丁度、あたしがそうだからなあッ!!」


 女はその全身に力をみなぎらせ、ビスコめがけて〈どぎゅんっ!〉と流星のようにカッ跳んでいく。ビスコもアクタガワの眉間を蹴って中空に躍ると、短刀を引き抜いて女を迎え撃つ。陽光にかがやく海上で、トカゲ爪の短刀と豪腕が交差する!

 ばぎんっ!


(うおおっっ!? な、なんつー怪力だ!?)

「おい、何だあ、そりゃ?」


 この日本に、りよりよくにおいてビスコを上回るものなど、妻のパウーを入れても数えるほど。しかし女の怪力は、その鬼神めいた見た目すら更に上回るものであった。

 ビスコはいんせきのような女の拳撃をかろうじてかわし、その伸びた腕のけんに「そこだァッ」と一撃切りつける。しかしトカゲ爪の短刀は女のいれずみに触れるやいなや、それを斬り裂くどころか逆にへし折れてしまった。


「うげえっ!? うそだろ!!」

「まさかそれが全力じゃねえだろうな。仮にもあたしの分霊なら! 少しは気張ってみせやがれ、──ッッ!!」


 カウンター気味に入った女の左フックが、ビスコの鼻っ柱を捉え、盛大に血を噴き出させた。その力、その技に、ビスコはいよいよ確信を強める。


(間違いない。こいつは、この女は!!)

「そうとも。あたしの名は『あかぼしビスコ』!」

あかぼしビスコ』の豪腕が、ビスコの首根っこをつかみ、眼前に掲げる。


「黒時空の未来のために。おまえの魂、もらいに来たッ!!」

「がぼっ!!」


 首をつかまれた状態で、ビスコはたたきつけるように海底に沈められる。美しいマリンブルーの海中で、口から泡を吐いてビスコはもがく。


(うおおお──っっ!! 自分にられて、たまるかああ──ッッ!!)


 アンプルサックから一本の薬管を探り当て、それをがいとうに突き刺せば、ぼんぼんぼんっ!! と続けざまにはつすいせいのフッ素ダケが咲き誇り、女の身体からだごとビスコを中空に跳ね上げた。


「ぶはあっ!」

「く……こいつ、しぶとい!」

「パパ──ッッ!!」


 噴水のように跳ね上がったビスコを、シュガーの駆るアクタガワが受け止める。ビスコはれネズミになった自分の頭を犬のように振って、ぺしゃんこになった髪型をわずか一秒でもとにもどした。


「パパ、大丈夫!?」

「げほっ、がはっ! あの筋肉は飾りじゃねえ、なんつー力してんだ!」

「あの人、なんだか他人の気がしない」


 シュガーは自分でも不思議そうに、ビスコへ言う。


「安心するの。ママとは全然違うのに、なんだか、お母さんみたいな……」

「その感覚、あながち間違いじゃねえぜ、シュガー!」


 ビスコが再び前方を見れば、そこには海面に腕を組む『あかぼしビスコ』の姿がある。全くダメージは受けていないものの、シュガーが自分ではなくを選んだことに対して、理解しながらも落胆の色を隠せないでいる。


「あいつは『あかぼしビスコ』。鏡映しの時空に居る、もう一人の俺なんだ!!」

「ええっっ!?」


 そのビスコの大声について、女の方からも異論が飛んでこないので、シュガーは素っ頓狂な声を上げてふたたび交互にお互いを見つめた。


「あれが、パパ!? いやママ?? いやママはねこやなぎミロで……」

「混乱するのも当然だ。見た目は似ても似つかねえ……見てみろあの社会性のなさそうな狂犬面を! 人でも取っていそうだぜ」

(そこが主にそっくりですが!?)

「おい! いい加減、どっちもビスコじゃ都合が悪い!」


 女は不承不承といったふうに、でかい声でがなった。


じゃあたしとミロは、レッドとブルーで通ってたんだ。ふただけのレッド。あたしを呼びたきゃそう言え」

「ふたごだけの、『火星レツド』だぁ~~!? 随分大きく出たな、オイッ!」

「そういうおまえは『エノキくん』で充分だろ」


 レッドは今一度、ビスコの身体からだを上から下まで眺めまわして、「ちッ!」といかにも不満そうに舌打ちする。


「細っこい身体からだしやがってよ。そんなナリで弓が引けんのか?」

「てめーがデカすぎるだけだろーがっ! 侵略者のくせに粋がんじゃねー、こっちは三人、そっちは一人なんだぞ!」

「あたしが、一人、だって?」


 ビスコの言葉を聞いて、レッドがひとつ大きく深呼吸をすれば、その全身に刻まれたいれずみが真紅に輝きだす。


「後悔するぜ、その言葉。あたしの肉にはな……死んでいったみんなの無念が、祈りが! 血となって流れているんだッ!!」

「な、何だ!?」

「あの人のいれずみは、飾りじゃない。ひとつひとつに人の魂が籠ってる!」吹きすさぶ暴風に髪を躍らせながら、シュガーが叫ぶ。「なんて強い……でも、かなしい、力……!!」

「来ォォォおいッッ!!」


 ぐわんっっ!! と、海面そのものに大きく波紋が起こる。いれずみから立ち上る万魂の力が、集約して大弓の形を成したのだ。

 まばゆくオレンジの光を放つ、その大弓は……


「大顕現・てんかいきゆうッッ!!」


 神威かむいおおがにアクタガワの魂、その大爪で構成された、神器『てんかいきゆう』であった。否、アクタガワだけではない。黒時空の宿命を負って命をささげたものたち、それらほうこんの決意が無限の力となって、弓とレッドにみなぎっているのだ。


「……アクタガワ、そうか……」



刊行シリーズ

錆喰いビスコ10 約束の書影
錆喰いビスコ9 我の星、梵の星の書影
錆喰いビスコ8 神子煌誕!うなれ斉天大菌姫の書影
錆喰いビスコ7 瞬火剣・猫の爪の書影
錆喰いビスコ6 奇跡のファイナルカットの書影
錆喰いビスコ5 大海獣北海道、食陸すの書影
錆喰いビスコ4 業花の帝冠、花束の剣の書影
錆喰いビスコ3 都市生命体「東京」の書影
錆喰いビスコ2 血迫!超仙力ケルシンハの書影
錆喰いビスコの書影