2 セフレ -FWB-③

「ほう」

「まあ直前までバックと正常位で一回ずつ射精して、それから私のお掃除フェラがさくれつして、もう一回射精させられた後だったから、頭が回らないのもあっただろうけど」

「その補足は要らないかな」

「ともかく彼女に怪しまれるようになったらしい」

「なるほど」

「青崎先輩は彼女を大切にしているので、絶対に彼女と別れたくなくて、とても悩んでいるらしい」

「にしては昨日、君とちやちやに遊んでいたけど……」

「所々でガス抜きをしないと、大切なことに向けるエネルギーが湧いてこないでしょ」

「そういうものかね」

 話を聞いただけだと、本当に、その青崎という男には同情できないなと俺は思った。なんならめちゃくちゃに破滅して欲しい。出し抜けに交通事故に遭ったりしてもいい。

「青崎先輩は、私と自分の間には何もないんだって、その本命の彼女に思わせたいの」

「ふむ」

「そこでね、青崎先輩の盟友である私が、一計を案じたの」

「ほう?」

「それはね、姿こと。そうすれば、『ふじしろいんみやざわわたるの恋人なんだから、青崎先輩との間には何もないんだ』って思わせられるでしょ?」

 とルインは言った。それが告白の理由の全てのようだった。

 ルインの主張はわかった。だがなんとなく、わだかまりが残った。それが論理的なものなのか、感情的なものなのかはわからないが、どちらの観点からしても、めないものがあった。

 とはいえ、もやついている姿をルインに見せても何もいいことはないから、俺はなるべく感情を抑えながら言った。

「その青崎っていう人は、ルインがそこまでしてあげる価値のある人なの?」

 って、ちょっととげのある言い方になってしまったかもしれない。

「青崎先輩の彼女と修羅場になったのは、半分私のせいなの」ルインは俺の質問に直接的には答えず、代わりにこう言った。「青崎先輩は、知り合いに遭遇したら嫌だから遠くで会おうって言ってたんだけど、私はどうせそういうことは起きないし、移動時間がもつたいないから近場にしようって言ったの。そしたら本当に彼女にばったりと会っちゃって……」

「責任を感じた?」

「そう」

「だからこの作戦を考えた?」

「そう」

うそつけ」

「あはははは」ルインは白い歯を見せて笑った。「なんでうそだとわかったの」

「ルインみたいな適当な人間が、そんなことに責任を感じるはずがないよ」

「そうかもね」ルインは笑い混じりの声で言った。「ワタは私のことをよくわかってるね」

 よくわかっていると言われたことには、小腹をくすぐられるくらいのうれしさがあった。話すのは二年ぶりでも、俺は「ルインをよくわかっている人間」の中には入っているらしい。

 とはいえ、それくらいのうれしさでは、俺のわだかまりは消えなかった。

「で、本当の理由はなんなの?」

 相変わらず、強い調子の声が出た。ルインの声も俺につられて少し大きくなった。

「さっきも話したけど、私が青崎先輩のことを恋愛的に好きな気持ちって、本当にないんだよね」とルインは繰り返した。「ありのままに理由を答えるならば、私は青崎先輩のセフレでの。そしてそのためには、青崎先輩と彼女の仲がくいってないとの」

「どうして困るの?」

「青崎先輩が彼女と別れたら、たぶん彼は私のことを本気で好きになってしまうと思う」

「それはそういうものなの?」

「たぶん。思い上がりかもしれないけど」と言いつつも、それなりの確信がありそうにルインは言った。「まあ控えめに見積もっても、好きになる可能性は上がるでしょ?」

「そうかもね」確かに、ルインのような女の子とセックスをして、好きにならずに済むことは難しいかもしれないと俺は思った。

「それがすごく嫌なの」

「いいことじゃないの?」

「これは私の本心からの言葉なんだけど、」ルインはやけに澄んだ目で、テーブルの木目の辺りを見つめながら言った。「誰かに本気で好きになられるくらいならば、その誰かのセフレでいる方がいい。なんて、こんなことは絶対に友達には言えないけど。頭がおかしいって思われそうだし」

 どこか投げやりな言い方だった。わかってもらえなくても構わないという言い方だった。

 そして実際に彼女の主張は、俺には全く理解できなかった。誰かに本気で好きになってもらえる……いいことじゃないかと俺は思った。

 ところがルインは、誰かに好かれることを「全然いいことじゃない」と言う。つまりは一般的な感覚とは真逆のことを口にしているわけだけど、だからこそ彼女の本心に最も近い、極めてパーソナルな感覚を伝えてくれているような気がした。

 時々思う。

 藤代瑠音は俗っぽい女の子でありながらも、どこか神秘的な心の領域を持っている人間なんじゃないかと。

 なんて、こんな考えは九十九パーセント、過去にれた弱みでしかないのだろう。一度は恋に落ちた相手を理想化してしまっているだけなのだろう。

 だが、それでもその領域はやはり存在すると思ってしまう。そしてその領域のことは、常に知りたいと思っている。

 小学六年生の時からずっと疑問に思っている。

 ルインは一体、何を考えているのだろうかと。

 俺が無言になっていることを、告白の拒否だと捉えたのだろう。ルインはうんうん、と小刻みにうなずくと言った。

「そうだよね。冷静に考えたらこんな告白、絶対に受けたくないよね」

 彼女はチェアから腰を上げ、俺の方を見ずに続けた。

「私、考え直──」

 とまで言ったところで、彼女の言葉を遮るように俺は言った。


「いや、受けるよ」


 ととつに口にしてしまったのは、ほとんど衝動的なものだった。

 あえて理由を言語化するならば、もしもこの告白を断ったならば、俺はルインの内面を深く知る機会を永遠に失うのだ……というものだったけれども。

 でもそういった筋道だった思考から出た言葉という感覚はあまりなかった。やはり根本的には、衝動だったと思う。

 だからか口にした後に、やっぱり今のは失言で、訂正しようかなという気持ちにもなった。

 だが言い直す前に、ルインがニヤッと、わなにかかった獲物を見つけたみたいに笑って、

「ホントだね?」

 と言った。

 そしてさんさんと輝く直射日光のような視線で俺を見つめてきた。だから俺は照れてしまって、まごつきながら言った。

「ま、まあ……ルインが持ちかけてくれた相談だし、俺が力になれるなら──」

「私とエロいことができるかもと思ったわけだ!」

 ルインは真顔で言ってから、ふざけて笑った。あるいはふざけて真顔を作ってから、素の笑顔に戻った。

 俺は思わず「ちょっと」と口を挟んだが、ルインとエロいことをしたいというのが、自分でも自覚していない本心だったらどうしようとも若干思った。

「できるかもねー。だって恋人だもんねー。ワタって童貞だから、男女交際のことをセックスの許可証くらいに思ってそうだもんねー」

「お、思っとらんわい」

 と言いながらも、すこし恥ずかしくなってきた。付き合うということはエロいことをしてもいい許可を得ることだ、という短絡的な思考はたぶん高校生にとっては珍しくなく、もしかすると俺もちょっぴり思っていたかもしれなかったからだ。

 恥ずかしさはどんどん全身に広がっていった。くらげに刺されてしびれが体中に広がるみたいだった。俺の頰は熱を持ち、体の動きはどんどんぎこちなくなっていった。

 さっきまで普通に見ていたはずの、ルインの顔が見られなくなった。改めて見てみると、実にわいい女の子だった。目が大きく、まつ毛は海外映画の子役のように長かった。一方ですっと通った鼻筋と、形がよい唇には程よい大人っぽさがあった。歯並びがとても良くて、笑うと小さな白い花が咲いたような気分になった。そんな彼女は言った。

「ねー、ワタ」甘えるような声色だった。

「な、なんだよ」俺の声はふたたび、不自然なくらい裏返った。

「そんなに挙動不審になってたら困るよ」とルインは子猫のように目を細めて言った。「私たちはただ付き合うだけじゃなくて、青崎先輩の彼女から『付き合っている』と思われるような付き合い方をしないといけないんだよ? 君は私のれっきとした彼氏で、私は君のれっきとした彼女なんだよ? だから君は、私が恋人であることは当然といった様子で、どっしりと構えてないといけないんだよ」

 それはそうかもしれない、と俺は思った。

刊行シリーズ

宮澤くんのあまりにも愚かな恋の書影
宮澤くんのとびっきり愚かな恋の書影