2 セフレ -FWB-④
俺たちはただ付き合うだけではなく、恋人らしく振る舞わなければならない。恋人らしく振る舞わないカップルだって世の中にはいるはずだが、俺たちにはそういった付き合い方は許されない。もっとオーソドックスなカップルを、例えば人前で愛情表現を
愛情表現の細部を考え出すと、また頰が熱を帯びてきそうだった。だから俺はなるべく考えないようにしたが、目の前には満開のアサガオのように俺に笑いかけてくるルインがいた。思考の世界も実在の世界も、俺の平静を失わせるものでいっぱいだ。もう二度と冷静な自分には戻れないかもしれない。
その時だった。ルインは突然、俺の手を握った。
ルインの指が触れ、そこから氷が
「ちょ、ちょっと……ルイン」
俺は思わず口を
「手を
ルインはからかうように言った。それは軽口のつもりだっただろうけれども、そう言われると青崎先輩への対抗心が湧いてきた。俺が手を
その嫉妬に似た気持ちは俺の指を突き動かし、ルインの手をがっしりと握らせた。
「おお、力強い」
とルインは言った。彼女は急に手を強く握られたことに少し驚いていたが、俺がやる気を見せてくれたのだと
それからルインは俺の手を適切な強さで握り返した。それに合わせて俺も、彼女の手を握る力をすこし弱く、自分にとって自然だと思えるくらいの強さにした。
ルインは俺と
「なんか楽しくない?」
素朴な発言だった。いつもよりも無防備な、子供らしい
「うん、楽しいね」
するとルインはまた、
「ワタって意外と才能があるかもね」
「才能ってなんだよ。でもありがとう」
「あんまり照れてないね」
「手を
ルインと手を
ルインはふうん、と言った。恋人ごっこが円滑に進み始めたことはいいことだが、俺にはもっとドギマギしていて欲しい、そっちの方がからかいがいがあって面白い……という相反する思いを持っているように見える。
だからだろうか、ルインは俺の手を引き寄せると、ピンク色の舌を見せた。
何をするつもりだろう、と
彼女は俺の手の甲をぺろりと
「何何何!?」
「いや、手汗がすごいから、
と言ってルインは笑った。いたずら好きの子供が日常的に
ただ俺の心臓は激しく脈打ち、呼吸も浅くなっていた。先ほどまでの自然さは失われていて、さっきまで普通にできていた行動ができなくなった。ルインの顔が普通に見られなくなったし、
だからかルインはぱっと手を離して、
「はい、また挙動不審」
と言った。
手を離されると、なんだか大波の中に放り出されたような、寄る辺ない気持ちになった。
端的に言って寂しかった。でも手を離されただけで寂しい気持ちになっただなんて、そんなセンチメンタルな内心をルインには悟られたくなかった。だから逆に強い口調で言った。
「手の甲を
ルインはその言葉には返事をせず、全く別のことを言った。
「私、人の汗とか
「変態なの?」
「それくらいの変な趣味なら、きっと皆持ってるよ」知らないけど、とでも続きそうな、適当な口調でルインは言った。「青崎先輩の腹筋の汗を
俺はすこし
「そういうこと、恋人の前で言う?」
「お、早速恋人ヅラ?」
「……だって彼氏だもん」すこし恥ずかしくなりながら俺は言った。
「しょうがないな。今度ワタにも青崎先輩の体を
「俺が
とまで話したところで、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
ルインがふたたび、
「んー」
と言いながら手を伸ばしてきたので、俺はその手を握った。
今度は自然に握れた。
「うんうん、私がふざけない限り、恋人のふりは順調みたいだね」
「一応、ふざけている自覚はあったんだ」
「教室の近くまで手を
ルインはそう言って俺に笑いかけた。そして俺たちは中庭を出た。
手を
ルインはとても
彼女と話すのは二年ぶりで、長く話すのは小学生の時ぶりだったけれども、そうは思えないくらいに自然で、肩ひじを張らない会話ができたと思う。
もちろん内容的には引っかかる部分はあった……というか、ありまくりだったけれども、楽しさの方が上回っていた。否定しようもないくらいに、ポジティブな感情の方が上回っていた。
ルインはやっぱり、俺にとって魅力的な女の子なのだ。
高校生になっても変わりなく。
ただ──。
彼女にはセフレがいる。
日常的に性交を行う、体格のいいイケメンがいる。そいつにお掃除フェラを、たぶん常日頃から行ってあげている。
そう思うと、
恋というものはよくわからない。
だって俺が恋をしたのは人生で一度きりで、ルインが最初で最後だったからだ。
失恋についてもよくわからない。それも人生で一度きりで、ルインが最初で最後だったからだ。
ただ、その一度きりの失恋の経験から、俺が個人的に採っている説が一つあった。
それは、失恋というものはもしかすると、それだけでは、大して
本当に
俺はまだルインが好きなんだろうか?
わからない。
自分の感情は、自分でもわからない。
ただ、それにしたって、自分の中ではっきりと確信できている感情が一つある。
その感情は胸から引っ張り出して手に取れそうなくらいに具体的で、表面をなぞって感触を確かめられそうなくらいに確かなものだった。
俺は青崎先輩に、はっきりと嫉妬していた。
顔も知らない男のことが、とても羨ましく、憎らしく思えた。