3 イケメン -Hottie-①
小学六年生の春、俺がルインに告白した、その前後の
前もって断っておくが、これから話すのはとても
まず〈前〉。
小学六年生になるまで、俺はルインと話したことがなかった。
遠目に見て
小学六年生になって、俺は塾に通い始めた。塾の座席は指定されていて、俺はたまたまルインの隣の席だった。
塾の休み時間だとかに、ルインは頻繁に俺に話しかけてきた。学校の中だと男子グループと女子グループの間には溝があったけれども、塾の中ではなかった。だから俺の人生の中で、物心ついてから初めて親しく話した異性がルインだった。
だから俺はルインを好きになった。つまり彼女を好きになったそもそもの理由は「女子なのに俺に気安く話しかけてくれたから」でしかなかった。
本当に、自分でも嫌になるくらい浅はかな理由だと思う。ただ、きっかけはありきたりでも、
今となってはルインの魅力を、俺は色んな形で語ることができる。けれども根本には「ただ好きだから好きなのだ」のような、
人は人生において、たった三回だけ、本当の恋に落ちることができる──という与太話が本当か
俺はルインに恋をして、告白して、それを受諾してもらって、キスをした。ここまではどこにでもあるありきたりな、いやありきたりの中ではかなり幸せな、初恋だったと思う。
そして〈後〉。
ルインが告白を受け入れてくれた翌日から週末まで、俺は高熱を出して学校を休んだ。
俺はあまり風邪をひかない方だし、ひいても長引かない方だが、なぜだかその時ばかりは熱が下がらなかった。まるで不吉な予兆のように。
週明け、俺は小学校に登校した。
その日、俺はとても上機嫌だった。病み上がりの
なんたって学校には愛するルインがいるからだ。目がくりっとして大きくて、舌足らずなしゃべり方が
だが俺はルインと学校で話したことはなかった。繰り返しになるが、友達グループが違ったからだ。とはいえ塾で隣の席になってからは、彼女のことは時たま眺めていた。今日も様子を
しかし教室でルインの方を見ていて、ふと異変に気づいた。
ルインのそばに、男がいる。
レクの時間に『クラスで一番格好いい男子』を投票したところ、圧倒的に一位だった
慎重で思慮深い十七歳の俺ならば、遠目に様子を
だが十二歳の俺は浅はかで、機転も
何が起きているのか気になって──それからたぶん、ルインをけらけらと笑わせている風間くんへの嫉妬もあったと思う──ルインたちの方へ近づいていった。
俺がルインのいるグループと接触するのは初めてだったし、風間くんとも話したことがなかったから、俺がいきなり近づいてきたことに、彼らはちょっと驚いたようだった。ルインの反応は覚えていない。
だからか唐突に会話が途切れる形になった。
そうしてできた沈黙の中で、俺は言った。
「ルイン」
「何?」ルインはいつも通りの調子で俺に接した。
「話そうよ」
俺は言った。当時の俺は直球でしか物事を進められなかった。カーブを投げられない愚直な球児のように。
「え、なんで?」
と言ったのはルインではなく、ルインの周りにいるせっかちな女友達だった。
その時、俺はなぜだかみじめな気持ちになった覚えがある。勘の悪い昔の俺でも、この後に起きる出来事をなんとなく予想していたのだろうか?
俺はぐっと拳に力を入れてから言った。
「だって俺、ルインの彼氏だもん!」
すると最も起きて欲しくないことが起きた。
ひっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっのような声で、ルインの周りにいる男女が
「何冗談言ってんの!?」
と女子の一人が言った。
「
と女子の一人が机を
「宮澤ってオモシレーな!」
と風間くんは
「ルインの彼氏は風間くんだよ!」
と女子の一人が言った。
それからもルインの取り巻きたちは、長い時間をかけて、けたたましく笑い続けた。まるで壊れた汽笛がプラットフォームで鳴り響いているみたいに。相変わらずルインの反応は覚えていない。
それから数分かけて、俺は状況を把握した。
どうやらルインは俺からの告白を受けた二日後、風間くんから告白されたらしい。
そしてそれを受諾し、二人はカップルになったらしい。
俺は混乱した。深く深く混乱した。そもそも「恋人」というものの定義すらも曖昧な時期だ。だから当時の俺の混乱は哲学的と言ってもいいくらいに混迷を極めた。
だが、常識的に考えると、恋人というものは一人につき、最大で一人のものではないか。
つまり排他律が適用されるのではないか。
風間くんがルインの彼氏になった以上、俺はルインの彼氏ではなくなったのだ。
フられたのだ!
俺は泣きそうになった。恋人ができて一週間でフられるなんてひどすぎる。それも直接フられるわけではなく、別の男の彼女になることで、間接的に知らされるなんて。
俺は半泣きになり、なじるような口調でルインに聞いた。
「な……なんでルインは風間くんの告白を受けたの?」
するとルインはためらいがちに、しかしはっきりと言った。
「だって、風間くんってイケメンなんだもん……」
なんて身も蓋もないことを言うのだろう。しかしそれは否定しがたい事実だった。風間くんはイケメンであり、俺はイケメンではない。
それは火を見るよりも明らかな事実だったので、俺は言葉を失ってしまった。色々と言いたいことがあったはずなのに。
ルインのグループが騒いでいるのを見て、近づいてきた男子が言った。
「ねールイン、『恋人の
「えー、恋人の
「そうそう、先週もやってた
先週もやってた奴って何?
俺が学校を休んでいる間に、二人は何をしていたの?
何人かの視線が集まっているのを前にして、
「しょうがないなー」とルインは言った。
その声色は甘かった。彼女が空気を読んでそんな声色を作ったのか、実際に満更でもなかったのか、たまたまそんな声が出ただけなのか。今でも彼女の真意はわからない。
俺の目の前で、二人はゆっくりと抱き合い──、
熱烈なキスをし始めた。
それを見た瞬間、俺の心のどこかに、バキッと亀裂が入った感じがした。