第二章 鍛えろ! 魔力トレーニング!①

 俺が転生してから、ちょうど一年がった。

 赤ちゃんの成長とは早いもので首はわったし、ちょっとずつだが言葉もしやべれるようになった。一年、早いようであっという間に過ぎ去った。

 俺は何とか死ぬことなく一歳をむかえられることができたのだ。

 あれから何度もいにおそわれた。おそわれるたびにこの激痛に負けて死ぬんじゃないかときようした。世の赤ちゃんたちはみんなこんな痛みにえているのか、と思ったのだが、父親いわいにおそわれるのはふつの子ども、中でもりよくの多い子なのだという。

 ふつというのは使〟をはらうことを仕事にしている人を指す。

 そう、ほうだ。どうにも、この世界の日本にはほうがあるらしいのだ。

 ほうというのは、つまりかぼちゃを馬車にしたり、おで家を作ったり……と、発想が絵本に引っ張られ過ぎだが、とにかくそういうものがこの世界には存在しているのだという。

 最初は本当に日本かよと疑っていたのだが一年もてば分かる。ここはちがいなく日本だし、住んでいるのは東京だ。前世とのちがいはりよくが存在していて、ほうも実在していること。

 そして、あのおそろしいいはりよく身体からだうつわからあふれ出すことで起きるのだ。

 ちなみにだがりよくは全ての人間が持っており、それを〝〟……つまりはようかいとか、ものとか、モンスターとか、そういう化け物たちがねらっているのだという。

 俺が生まれたのは、ふつを家業にしているきさらぎ家。ちなみに長男だ。

 転生してすぐのころ、父親が数日ほど留守だったのはふつの仕事で出張していたのだとか。あのいかつい顔や指の傷は〝〟との戦いで負ったらしい。そんな武勇伝をる前に聞かされた。

 その〝〟……は、言いづらいな。モンスターと呼ぼう。

 このモンスターとやらは強い、らしい。それも、めちゃくちゃ強いのだとか。何でも一体たおすのにつうふつが何人も集まってとうばつする──はらう──もので、中には死んでしまう人もいるという。

 俺がハイハイしながらこの家の中をじゆうおうじんけ回っていたところ、やけにえいの並んでいるぶつだんを見つけてぎょっとしたのだが……後で父親から『ふつは死にやすい』という話を聞いてなつとくした。

 そして、えいの列にある真新しい赤ちゃんの写真を見て母親が熱心にいのっていた理由も。

 俺には……きっと、きようだいがいたのだ。兄なのか、姉なのか分からないけど。だけどいにえられずに、死んだ。だから俺が長男になった。

 だが、それも分かる。いは一歩誤れば簡単に死ぬ。死んでしまう。

 あのふつとうしたお湯をぶっかけられたんじゃないかと思うくらいの熱と、腹の中をずたずたに切りかれてしまうかのような痛み。

「や!」

 思わず口をついて言葉がれる。

 赤ちゃんの口だとうまく発音が出来ないのだが、そんなことはどうだって良い。

 俺はこのじようきようなつとくがいっていないのだ。

 あのしんしやされて生まれ直した。ここまでは百歩ゆずってなつとくするとしよう。本当は死にたくなんてなかったけど、それをいまさらなげいても後の祭りだからだ。

 ただ、それはそれとして、なんで生まれ直した先でも死にかけないといけないんだ。

 さらにこのまま俺が大人になった先に待ち構えているのは〝ふつ〟というじゆんしよく率の高い仕事である。当然、前世ではけんの一つもしたことがない俺はそんな危ない仕事にきたくない。もう痛いのも、死ぬのもいやなんだ。

 だが、最悪なことに俺には『ふつにならない』というせんたくが用意されていないのである。

 それはか。

 決まっている。俺が長男だからだ。

 どうにも父親と母親の話を聞いているにふつの家は前時代的というか戦前の昭和の香りが残っている。つまりは家父長制と、長男が家をぐという長男しんこうだ。

 だから俺はふつにならないといけないのである。

 おかしいだろ。どんな三段論法だよ。

「やぁ……」

 もう死ぬのはいやだ。

 どうすれば痛い思いも死ぬような思いもしなくて済むのだろうか。

 最初に考えたのは、大人になったら家からげ出すというものだったのだが、それはすぐにくいかないことに気がついた。

 モンスターは人のりよくねらう。それはつまり、りよく量の多い人間が優先してねらわれるということだ。ステーキでたとえるとしもりの多い場所が人気部位になったりするもんだと思ってる。

 いや、ちょっとちがうか?

 とにかく、りよく量の多い人がねらわれるのであれば、ふつの家に生まれた俺はその時点でモンスターたちから優先してねらわれることになる……らしい。らしいというのは、父親からの伝聞で、俺は実際には見たことはないのだ。そもそもこの家には結界が張られているから、モンスターには見つからないとかなんとか……。

 そういうわけで俺が家を飛び出しても、ねらわれるのは変わらない。むしろ、結界があるだけ家にいる方が安全だったりする。

 そして、家に残るのであればふつとして働くしかない。

 完全にんでる。

 どうしよう……と、俺は部屋の中で母親が買ってきたおもちゃのもつきんたたきながら考える。ぽんぽんと軽い音を立てるが、この家は俺が前世で住んでいたような集合住宅じゃないのでそうおんは気にしなくて良い。

「上手に鳴らすね、イツキ」

「うゆ」

 叩いていたらとなりすわっていた母親にめられた。うれしい。

 ……いや、そうじゃなくて。

 本当にどうすれば俺は死なずにすむのだろうか。

 もつきんたたきながら考える。考えて、考えて考えて考えて。


 ひらめいた。

 そうだ。強くなれば良いのだ。

 なんでこんな簡単なことに気がつかなかったのか自分でも不思議なのだが……ふつとして、モンスターと戦うことが決まっているのであれば、強くなれば良いのだ。

 前世では『られるまえにれ』という言葉があった。

 痛い目にうのは、モンスターに傷つけられるからだ。

 死んでしまうのは、モンスターに傷つけられるからだ。

 だとすればモンスターに殺されるよりも先に殺してしまえば……絶対に痛い思いをせずに済むんじゃないのか。死ぬこともなくなるんじゃないのか。なんでこんなことすら分からなかったんだろう。

 人生のレールがかれているのなら、その上でどうにか死なないためにくしかない。

 思えば俺は前の人生でいたことなんてなかった。高校受験も、大学受験も、就活でさえも努力せずに自分が入れるレベルのところを見定めて入った。何かを成すために必死に努力するなんてしたことがなかった。

 だから、思う。

 何かに必死になってみるのも……悪くないんじゃないか、なんて。

 あぁ、そうだ。せっかく二回目の人生を手に入れたのだ。努力しよう。前世で出来なかったことをしてみよう。そうすれば、きっと痛い目にわなくて済む。死ななくて済む。

 だから少しはがんってみようと思ったのもつかの間、俺は腹の底にある熱に気がついて冷静になった。

 、どうしよう。

 強くなると決めたは良いけど、それはモンスターのきように対するためであって、いの解決にはならないのだ。

 一年かけて確信したことだがりよくは息をしたりご飯を食べたり、つうに生きているだけで勝手に腹の下の方にまっていく。たとえるなら食べ物が消化されない胃に近いかもしれない。減らないのでりよくうつわまり続ける一方だ。

 そして増え続けるりよくうつわ容量キヤパえたしゆんかんに、一気にあふれ出す。

 俺はそうなる前にりよくを全身に回したり、あるいは力んで……りよくを外に出すことで対応してきた。あの痛みと苦しみからのがれるためには、なるべく急いでりよくはいせつするほかないのだ。間に合わなくていにおそわれたことも一度や二度じゃないけど。

 まだ一歳だから外に出すことで何とかなってるが、これから先のことを考えると早い段階でいをおさえないと、いずれ社会的にとんでもないことになってしまうことは必至。

 だから、俺は強くなる前に自分のりよくが収まるだけの『うつわ』を手にしないといけないのだ。

 では、何をすればうつわは大きくなるのか。

 答えはたった一つ。いにおそわれることだ。

刊行シリーズ

凡人転生の努力無双3 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影
凡人転生の努力無双2 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影
凡人転生の努力無双 ~赤ちゃんの頃から努力してたらいつのまにか日本の未来を背負ってました~の書影