「あたし貧弱で病弱な普通以下の女の子だし、そんなことされたら重篤な後遺症負っちゃうかもね。そしたら、あんた少年院行きかもね。しばらく、自殺できないね?」
「……捕まえられないだろ。俺の名前も知らないくせに」
「知らないけど、あんたの行方は追えるよ」
言っている意味が分からなかった。
俺の情報なんか何一つ知らないだろうに、この少女は何の迷いもなく告げた。
まるで、絶対の自信があるかのように。
「あたしは、未来が視えるからね」「……………………………………………………………………………………。はぁ?」
「あ、信じてないでしょ」
「信じるもクソも。未来の前にまず現実見ろよ」
「うわぁ辛辣。あのさぁ、あたしがどうしてここにいると思ってんの?」
彼女は、衣服の砂をぱんぱんと払い落としながら、
「あんたが自殺してる未来を、視ちゃったからなんだけど」
「……は?」
腹の底に、嫌な冷感がのしかかる。
そんなはずはないのに。噓に決まっているのに。
彼女の言葉に載った鋭い真実味が、俺の思考を一瞬だけ鈍らせた。
「だからここへ来た。そして、未来を変えたげたのよ」
彼女は、俺の左胸に手を添えてきた。
カッターシャツの上から伝わる柔らかい手のひらの感触に、少しだけ鼓動が高鳴った。
そう。心臓の拍動が。
生者を生者たらしめる、命の音が。
「あんたが死ぬっていう未来を、ね」
冷たい恐怖が背筋を駆け登り、反射的に彼女の手を払いのけた。
何なんだこの女は。
未来視なんて馬鹿げた虚言を吐いておいて、どうしてここまで真に迫った声が出せるんだ。
「あたしはね、本人かその私物に触れると、本人の未来が視えるの。マックで忘れられてたスマホを見つけて、未来視で行方を追って返してやろうと思ったら、視えたのが自殺現場だった。視ちゃったなら、止めるしかないでしょ。だから、タクシーすっ飛ばしてここに来たってわけ」
言いながら、少女はどこからかスマホを取り出した。
光源が星の輝きしかない暗闇の中で、小さな箱から溢れる人工的な光は痛いほど眩しかった。
そして、取り出されたスマホから放たれた光が、闇に隠されていた彼女の素顔を照らし出す。
ひっくり返るかと思った。
「ほっ、星宮未幸……!?」
「え、今気づいたの? 遅くない?」
思わず後ずさり。欄干に背中を強打。目の前でスマホをフリフリ弄ぶ少女を何度も見直す。
ぱっちり開いたハーフらしい瞳。まっすぐ通った鼻筋。ふわりと漂うさらさらの短髪──何度見ても、星宮未幸だ。中学生で女優デビューし、最年少で日本アカデミー賞の主演女優賞を受賞し、そして三ヶ月ほど前に電撃引退をした、あの星宮未幸だ。
「い、いや、考えてすらない……ですよ、そんなの」
思わず敬語になる。彼女は確か、一個上だ。
「声で気付きなさいよ」
「無茶言いますね。……ていうか、口悪いな」
俺はほとんどテレビを見ないけど、画面の向こう側の彼女はもっと、清廉潔白なイメージではあった。白い歯を見せてはにかむ姿で世の男子のハートを鷲摑みにしていたらしい星宮未幸の印象から、今の話し方はかけ離れすぎている。
「こっちが素だもん。良いでしょ別に」
「と、とりあえず、そのスマホは俺のなんですよね。助かりました」
「いやよ。返さない」
俺が摑む寸前で、星宮未幸はスマホを取り上げてしまう。
「あたし、まだ謝ってもらってないし。殴られかけたし、噓つき扱いもされた」
「……ごめんなさい。すみませんでした」
面倒くさい。そう思いながらも、波風立たせまいと素直に謝罪。
「唇も奪われた」
「そ、それは俺のせいじゃないだろ!!」
「冗談よ。それより、謝ったってことは、信じたってこと? あたしの未来視」
「それとこれとは話が別ですよ……ていうか、本気だったんですか」
「本気よ。あたし噓つかないもん」
「テレビの顔は噓じゃないんですか」
俺の反論に、わざとらしく視線を逸らす星宮未幸。都合の悪いところは聞こえないふりをするらしい。どうやら、非常に良い性格をしているようだ。
彼女は、何やら俺のスマホを片手に「うーん」と唸り始める。暗算でもしているかのような声だった。一体何を考えているんだろうか。
「えっ、おーすごい。……よし、じゃああんたに、あたしの未来視、信じさせてやるわよ」
「はぁ? もういいですってば。信じた信じた。さっさと返してください」
「うっさいわね。良いから、あとちょっと待ってなよ」
彼女がスマホの画面を暗くすると、再び辺りは真っ暗闇に包まれる。なまじスマホの光を浴びていたせいで、先ほどよりも闇が深くなったみたいだった。
「──今から、花火が上がるからさ?」
直後だった。五〇〇メートルほど向こうで、空気を裂くような甲高い音が空へ昇って行ったかと思うと、爆音とともに夜空で大輪の花が咲いたのだ。
真っ赤な輝きが、星宮未幸を照らす。妖艶に細まった瞳と、悪戯っぽい笑顔が露わになる。
「どう? 未来視信じた?」
意味深な星宮未幸の笑み。暗闇も相まって、触れたら傷つきそうな妖艶さが滲み出ていた。
花火が打ち上げられたことが偶然だったとしたら、それはつまり、花火が上がる事実を彼女は予見したことになる。そして当然、この演出のために花火を予め仕込んでいたとすれば、俺がこんなド田舎に現れることを予知していなければ準備もできないはずだ。
確かに、偶然にせよ、仕込んだにせよ、彼女は未来が視えるという結論に行き着いてしまう。
そんなこと、今すぐ信じることはできないけど。
「どう考えても、普通ではない……ですね」
「お。思ったより頭柔らかいね。よしよし、スマホは返してあげよう」
「ど、どうも。それじゃ」
「待ちなさいよ」
肩を摑まれ、引き止められた。半分以上イラつきながら振り返る。
「も、何なんすか、ほんと」
「何で自殺しようとしてたの?」
もう一度キスできそうなほど近づけられた顔面には、今までにはない真剣の色があった。
俺の行いを咎める目。命を手放そうとした行動を、心から批難するような表情だ。
「何でも良いじゃないすか、別に」
「良いわけない。あんた、未練とかないわけ? 笑って死ねるくらい、全力で生きたわけ?」
「……全力、だって?」
星宮の糾弾するような発言に、カッと血が上っていく。
「うるせぇな。他人が知ったような顔で綺麗ごと並べてんじゃねぇよ」