Chapter. 1 晩夏の星空、決別と約束と③

「あたしひんじやくで病弱なつう以下の女の子だし、そんなことされたらじゆうとくこうしよう負っちゃうかもね。そしたら、あんた少年院行きかもね。しばらく、自殺できないね?」

「……つかまえられないだろ。俺の名前も知らないくせに」

「知らないけど、あんたのゆくは追えるよ」

 言っている意味が分からなかった。

 俺の情報なんか何一つ知らないだろうに、この少女は何の迷いもなく告げた。

 まるで、絶対の自信があるかのように。

「あたしは、未来がえるからね」「……………………………………………………………………………………。はぁ?」

「あ、信じてないでしょ」

「信じるもクソも。未来の前にまず現実見ろよ」

「うわぁしんらつ。あのさぁ、あたしがどうしてここにいると思ってんの?」

 彼女は、衣服の砂をぱんぱんとはらとしながら、

「あんたが自殺してる未来ところを、ちゃったからなんだけど」

「……は?」

 腹の底に、いやな冷感がのしかかる。

 そんなはずはないのに。うそに決まっているのに。

 彼女の言葉に載ったするどい真実味が、俺の思考をいつしゆんだけにぶらせた。

「だからここへ来た。そして、未来を変えたげたのよ」

 彼女は、俺の左胸に手をえてきた。

 カッターシャツの上から伝わるやわらかい手のひらのかんしよくに、少しだけどうが高鳴った。

 そう。心臓のはくどうが。

 生者を生者たらしめる、命の音が。

「あんたが死ぬっていう未来を、ね」

 冷たいきようが背筋をのぼり、反射的に彼女の手をはらいのけた。

 何なんだこの女は。

 未来視なんて馬鹿げたきよげんいておいて、どうしてここまで真にせまった声が出せるんだ。

「あたしはね、本人かその私物にれると、本人の未来がえるの。マックで忘れられてたスマホを見つけて、未来視でゆくを追って返してやろうと思ったら、えたのが自殺現場だった。ちゃったなら、止めるしかないでしょ。だから、タクシーすっ飛ばしてここに来たってわけ」

 言いながら、少女はどこからかスマホを取り出した。

 光源が星のかがやきしかないくらやみの中で、小さな箱からあふれる人工的な光は痛いほどまぶしかった。

 そして、取り出されたスマホから放たれた光が、やみかくされていた彼女のがおを照らし出す。

 ひっくり返るかと思った。

「ほっ、ほしみやゆき……!?」

「え、今気づいたの? おそくない?」

 思わず後ずさり。らんかんに背中を強打。目の前でスマホをフリフリもてあそぶ少女を何度も見直す。

 ぱっちり開いたハーフらしいひとみ。まっすぐ通った鼻筋。ふわりとただようさらさらのたんぱつ──何度見ても、ほしみやゆきだ。中学生で女優デビューし、最年少で日本アカデミー賞の主演女優賞を受賞し、そして三ヶ月ほど前にでんげき引退をした、あのほしみやゆきだ。

「い、いや、考えてすらない……ですよ、そんなの」

 思わず敬語になる。彼女は確か、一個上だ。

「声で気付きなさいよ」

「無茶言いますね。……ていうか、口悪いな」

 俺はほとんどテレビを見ないけど、画面の向こう側の彼女はもっと、せいれん潔白なイメージではあった。白い歯を見せてはにかむ姿で世の男子のハートをわしづかみにしていたらしいほしみやゆきの印象から、今の話し方はかけはなれすぎている。

「こっちが素だもん。いでしょ別に」

「と、とりあえず、そのスマホは俺のなんですよね。助かりました」

「いやよ。返さない」

 俺がつかむ寸前で、ほしみやゆきはスマホを取り上げてしまう。

「あたし、まだ謝ってもらってないし。なぐられかけたし、うそつきあつかいもされた」

「……ごめんなさい。すみませんでした」

 めんどうくさい。そう思いながらも、波風立たせまいとなおに謝罪。

くちびるうばわれた」

「そ、それは俺のせいじゃないだろ!!」

じようだんよ。それより、謝ったってことは、信じたってこと? あたしの未来視」

「それとこれとは話が別ですよ……ていうか、本気だったんですか」

「本気よ。あたしうそつかないもん」

「テレビの顔はうそじゃないんですか」

 俺の反論に、わざとらしく視線をらすほしみやゆき。都合の悪いところは聞こえないふりをするらしい。どうやら、非常にい性格をしているようだ。

 彼女は、何やら俺のスマホを片手に「うーん」とうなり始める。暗算でもしているかのような声だった。一体何を考えているんだろうか。

「えっ、おーすごい。……よし、じゃああんたに、あたしの未来視、信じさせてやるわよ」

「はぁ? もういいですってば。信じた信じた。さっさと返してください」

「うっさいわね。いから、あとちょっと待ってなよ」

 彼女がスマホの画面を暗くすると、再び辺りは真っ暗やみに包まれる。なまじスマホの光を浴びていたせいで、先ほどよりもやみが深くなったみたいだった。

「──今から、花火が上がるからさ?」

 直後だった。五〇〇メートルほど向こうで、空気をくようなかんだかい音が空へ昇って行ったかと思うと、ばくおんとともに夜空で大輪の花がいたのだ。

 真っ赤なかがやきが、ほしみやゆきを照らす。ようえんに細まったひとみと、いたずらっぽいがおあらわになる。

「どう? 未来視信じた?」

 意味深なほしみやゆきみ。くらやみも相まって、れたら傷つきそうなようえんさがにじていた。

 花火が打ち上げられたことがぐうぜんだったとしたら、それはつまり、花火が上がる事実を彼女は予見したことになる。そして当然、この演出のために花火をあらかじめ仕込んでいたとすれば、俺がこんなド田舎いなかに現れることを予知していなければ準備もできないはずだ。

 確かに、ぐうぜんにせよ、仕込んだにせよ、彼女は未来がえるという結論に行き着いてしまう。

 そんなこと、今すぐ信じることはできないけど。

「どう考えても、つうではない……ですね」

「お。思ったより頭やわらかいね。よしよし、スマホは返してあげよう」

「ど、どうも。それじゃ」

「待ちなさいよ」

 かたつかまれ、引き止められた。半分以上イラつきながらかえる。

「も、何なんすか、ほんと」

「何で自殺しようとしてたの?」

 もう一度キスできそうなほど近づけられた顔面には、今までにはないしんけんの色があった。

 俺の行いをとがめる目。命を手放そうとした行動を、心から批難するような表情だ。

「何でもいじゃないすか、別に」

いわけない。あんた、未練とかないわけ? 笑って死ねるくらい、全力で生きたわけ?」

「……全力、だって?」

 ほしみやきゆうだんするような発言に、カッと血がのぼっていく。

「うるせぇな。他人が知ったような顔でれいごと並べてんじゃねぇよ」

刊行シリーズ

星が果てても君は鳴れの書影