第一章 医者はどこだ!①
ブレザーのポケットからスマホを取り出すと、桜の花びらが一枚画面に張り付いていた。
歩きスマホをしながら登校した記憶はない。であれば、風に
色は当然、桜色。しかし、桜色とは随分曖昧な色合いだと
たとえば、小学生のときの図工の時間。桜の絵を描きましょうという課題に、子供達は皆画用紙をピンクで塗りたくった。
だが、こうして
ならば、あの課題は白く塗るのが正しかったのか。……それも、正解ではない気がして。
視線を窓の外へと向け、三階の教室から正門付近に並び立つ桜の木々を見下ろす。
咲き誇る
(お前、本当は白いのに、ピンクを演じてたのか? 人間達の期待に応えようとして、さ)
「久方の 光のどけき 春の日に
ついに見失った少年が、ぼそりと
「……俺は、ピンクより白のほうが好きだよ。だって、ピンクは淫乱って言うじゃん」
らしくない言動を恥じた
窓を閉めて席へと戻り、登校前にコンビニで買ったパンを取り出す。スマホをいじりながら、一人で昼食を
気まぐれに食堂に誘ってくる知り合いがいないこともないのだが、今日その姿はない。
「
そんな日常は、突如聞こえてきた悲痛な叫び声によって崩されることとなった。
「せ、拙者の
言葉を詰まらせ、涙を
袋の中から
「……なんだこれ? 壊れた人形か?」
置かれた物体は、一〇代の少女を
だが、目の前のそれは無残なことに、左腕と左脚、頭部が欠損してしまっている。
失われた腕と脚、
もしも本物の人体であったのなら、このような惨状を目にして平静を保っていられる者はまずいないだろう。しかし、それは人の形を精巧に模した作り物にすぎず。
結果、
「
「その壊れたお人形さんを、なんで
「無論、
「え?
「治せるも何も、
誇るように胸を張る
「中学時代は、拙者のようなオタク達の願いを見事
「同中なのか、お前ら」
ぺらぺらと人の過去を明かすなよ、と
だから当然、いまの自分と結び付ける逃げ道は用意してある。
「達人なんてほどじゃねーよ。美術部だったから、課題代わりに粘土こねてやっただけだ」
まず、謙遜する。立体物など普通の人間は作らない。美術部だからできただけ、と。
「へえ、美術部。いまは?」
「一応、高校でも所属してるよ」と正直に答える。もはや幽霊部員と表現して差し支えない立場だが、高校生の
「高校の美術部ともなれば、ヌードデッサンくらいやるのかと思ったんだけどな」
初めて会話した新しいクラスメイトが「……はあ?」と首を
「男子部員のために女子部員が脱ぐとか、顧問の美人教師が
「はは、そんなんあるわけねーだろ」
「……え、
「そうだぞ。一見真面目くんっぽく見えて、こいつは《エロス大魔神》だぜ」
二年連続で同じ組となった男子が
「入学初日の自己紹介とか、ヤバかったぜ。『好きなものは歴史と巨乳です。胸が大きい女子はぜひ俺と仲良くしてください』とか言って、教室を凍り付かせたからな」
その過去なら明かされても問題ない。補足するように、
「俺は正直になっているだけだ。男子高校生として、当然の欲求にな」
これで今年も、
それでいい。下品なことばかり考えている、エロス大魔神。そう思ってもらえれば。
「中学までの
またも
「擬態してただけで、俺はずっとそういう人間だよ。リクエストに応えていた理由もいたってシンプルだ。美少女フィギュアがどんなものか、見りゃわかるだろ?」
「エロいよなぁ。太ももとかマジで柔らかそうじゃん。この衣装もちょっと動いたらズレておっぱい丸見えになりそう。いやぁ、これ作ったヤツは相当の変態だよな」
ありのままの事実を、極力下品に聞こえるように述べていく。
「だから俺も、リビドーをぶつけるように粘土をこねて女体を作った。それだけだよ」
エロス大魔神の自供に、クラスメイト達は
「……女子からの、動物フィギュアの依頼なども受けていたではござらんか」
「それは……好感度を上げてモテたかったからに決まってんだろ」
手にしたものを机に戻し、
「そういうわけだから、俺と
「や、お前と関わってたら、女子達に俺らも同類なのかと思われちまうだろうが」
こちらから友好を求めてみれば、後ろに下がって距離を置かれる。狙い通りに。
「まあでも……たとえ話だけど、このクラスだったらお前ら、誰派よ?」
ピクリと男達の肩が跳ねる。「
「
頭上から次々と降り注いでくる下卑た会話に、
(エロス大魔神とは、果たして俺だけなのかね)
「──《院長》は、どうだ?」