第一章 医者はどこだ!⑥

「何すんだよ!」

スィモースθυμός

「一体何に怒った!?」

「全然部活に来なかった。それと、今年と違うクラスになった。おとじやの不始末を戒めるのはあねじやたるエゴーεγωの務め」

「クラスは学校が決めたことだろうが! お前と家族になった覚えもねぇ!」

「そうよね、家族になるなら姉じゃなくて嫁よね、セレーネちゃん」

「横から会話に押し入って話をこんとんに導くのやめてください、ばな先輩」

「エゴー、カオス好き。エロース大魔神たるおとじやは、カオスの子供」

「俺の親は人間だよ……」

 女子二人のからみに頭が痛くなってきたおさむ

 その隣で、セレーネは自分の頭に手を乗せ、おさむの頂上と比べていく。

「やはり、エゴーのほうが高い。大きくなれよ、竹のようにニョキニョキと」

「始業式のあとの健診で測ったら、167になってたけど?」

「……測り間違えじゃないのか? どう見てもエゴーのほうが上。今年もお前はおとじや

 セレーネの身長が不自然に伸びた気がしたが、別に張り合う気もないのでどうでもよかった。

 ギリシャ人女性の平均身長は、出典にもよるが、おおむね165~6センチ。半分ではあるがギリシャの血を受け継ぐ彼女の風貌は、日本人のみの遺伝子にはないものを持っていて。

 欧州風の彫りの深い顔立ちの中に、丸みを帯びた大和やまとなでしこさが混在している。

 セミロングの髪はあまり整えられてはいないが、瞳はエメラルドのように輝く緑色。

 絶世の美女とうたわれたクレオパトラは、実はエジプト人ではなくギリシャ人だという。

 和洋折衷の美少女を、男子達はひそかにちゆうしゆうこうこうの《クレオパトラ》とささやいていた。

 だがそれは、セレーネの外見のみによって築かれたイメージにすぎない。実際は、いまこうしてうなりながら身長マウントをとってくるような残念系少女なのだと、おさむは知っている。

 そもそも一年前、二人が交流を持った切っ掛けからして異常だった。

 己の性質を誘導するため、クラス中がドン引きする下品な自己紹介をかましたのちに、

『……Dカップは巨乳に入りますか?』

 想定外にも、おさむの求めに応じて仲良くしようとする女子生徒が出現してしまったのだ。

 色白の頰をうっすらと赤らめ、もじもじと両手をこすわせながら交友を乞う隣の席のハーフ女子。口にしてしまった以上、しよくざいのつもりでおさむはセレーネの手を握ることにした。

 帰宅部を決め込むつもりだった放課後を、美術部を志望した彼女と共にする選択をしたのだ。

 だから、脇腹を攻められたくらいで、クラスが分かれてしまったくらいで、彼女との縁を切ったりはしない。もしも今年も昼食の誘いに来たときは、応じるつもりだ。

「セレーネ、ポリパテどこにあるか知らないか?」

「あっちの引き出し」

「ん。……お、あった。サンキュー。ついでにピンバイスは?」

 求める道具を、セレーネの案内に従って回収していく。

 結局幽霊部員と化してしまったおさむとは違い、セレーネは真摯に部活に取り組んでいる。

 彼女もまた美術の虫として青春を過ごす高校生なのだ。弟になるつもりはないが、その姿勢が姉御然としたものであることについては異論はないと、おさむは僅かにほほんだ。

「二人ともそんなに接近して、マジでキスする五秒前? てかもうしちゃった?」

 この部にはもう一人、残念な女子がいる。激しい落胆を禁じ得なかった。

 美術室に戻ると、他の部員達も顔をそろえていたが、特に挨拶などを交わすこともない。

 おさむは机をまどぎわの壁にくっつけて作業場所を確保し、持ち出した道具を並べる。

 すると、「おとじやおとじや」とセレーネにエプロンの裾を引っ張られた。

 彼女は左手に板を持ち、その上には不自然に膨らんだ布がかぶせられている。

「この前おとじやが作ったヤツ、エゴーが塗った」

(俺、なんか作ったっけ……?)

 おぼろげな二月一四日の記憶を遡ると、確かにその日はチョコをもらって即帰宅というわけではなかった。ばなに、チョコが欲しかったら何か課題を出せと言われたのだ。もちろん人形を作る気になどならなかったが、机に向かって何かを生み出した覚えがある。確か──

「ああ、パルテノン神殿を作ったんだっけ」

 作り上げた作品は、誰もが知るであろうギリシャの世界遺産。

 なんとなくセレーネが喜んでくれるかなと思い、それなりに気合を入れて粘土をこねた。

「もっと早く見せたかった」

「……悪かったな、サボり魔で」

「では──どぅるどぅるどぅるどぅる、だぁん」

 布が取り払われた瞬間、おさむの口があんぐりと開いた。四六本の柱が並び立った白の神殿、その一本一本が、あろうことか虹のごとく多彩な色に染め上げられていた。

「ゲーミングパルテノン神殿」

「歴史ある大国ギリシャに謝れ!」

 世界遺産を台無しにしたような暴挙を見せつけられ、即座に突っ込みを入れる。

「<画像>は笑って喜んでくれたぞ」

「無駄にいい出来に仕上がってるのが逆に腹立つんだが……」

「出来がいいのは、おとじやの腕。エゴーはただ塗っただけ」

 そう言うセレーネだったが、おさむが作った原型だけではここまでの完成度には到達しない。

 柱の凸凹を強調する陰影や、自然風化した汚れを表現するウェザリングの表現。

 セレーネの塗装技術が加わってこそ、現実にはあり得ないゲーミングパルテノン神殿が、まるで実際に販売されているミニチュアであるかのように存在感を放っていた。

おとじやは、神様だな」

「あ? そこまで褒められるほどすごい出来じゃねーよ」

「出来は関係ない。何かを生み出すことができる人間は、みんな神様だ」

 セレーネは美術室に飾られている生徒達の作品の数々を見比べていく。

くず部長も神様。ばな先輩も神様。エゴーも神様。神様はすごい。だから、偉い」

 一つ一つに熱心な視線を送るすいぎよくの目は、な子供のようにきらめいていて。

 セレーネとは創作というものを心から愛する少女なのだと、ありありと知らしめてくれた。

 そんな彼女にたたえてもらえたなんて分不相応で、猛烈に居心地が悪くなる。

 なんの虫にもなることなく青春を浪費している男が、神様などであろうはずもないのに。

「……ま、エロス大魔だからな」

 おさむは下品な返しをして、現状の立ち振る舞いを正当化させた。

「神が作りて、神が塗りしパルテノン神殿。これはもはや、パルテノン神神神殿」

「お前とは絶対に入れ替わりたくないな」

くろまつくん、知ってる? パルテノンって、未婚の女性って意味らしいの。ところで、セレーネちゃんのパートナーになるのはどんな人だと思う? いっそ立候補しちゃう?」

「クズ部長助けてェ! 学校に親戚のおばさんがいるよぉ!」

 ばなからの救済を求めてくずの姿を探したのだが、

「おいいいいい誰だよラボルトくんをレインボーに染めやがったのはあああああ!?」

 血相を変えて準備室から飛び出してきた男は、震える手でカラフルなせつこうぞうを掲げている。

「ラボルトはエゴーが虹の神イーリスへと昇華させたり」

「これじゃゲーミングせつこうぞうだよしいたけくんんんん!!」

 このカオス極まりない美術部に入部届を出す一年生は、果たしているのだろうか。

 そんな憂慮を抱えつつ、おさむは机に向かい、人形の破損状態を詳しく調べていく。

(頭のほうはぴったり合うな)

 頭部パーツは破断面がすんなりとった。これは不幸中の幸い。

 治すのに瞬間接着剤しか思い付かないとかぐやが言っていたが、実際修復に使用するのはそれだ。ただし、それだけでは済まない場合も当然あって。

(……腕と脚は欠けちまってるのか)

 続いて合わせてみた手足は破断面がれいにくっつかない。

刊行シリーズ

美少女フィギュアのお医者さんは青春を治せるかの書影