第一章 医者はどこだ!⑦
こうなると、欠けが生じた箇所を肉付けして埋めてやらなければ、元には戻らない。
穴埋め自体は
付け足した部分を、違和感なく周囲と一致する色に塗ってやらなければならない。
これがなかなか大変で。造形はともかく、着色にはそこまでの自信はない。
それでも、
「セレーネ、ちょっと手伝ってくれないか?」とイーゼルを用意していた少女を手招く。
「なんだそのフィギュアは」
塗装の腕ならばセレーネは
「──だから、手足を
四六時中何かを染めている彼女のことだ。二つ返事で承諾してもらえると思った、のだが。
「お断る。不良部員に貸す手などない」
ぷいっと顔を背けられてしまった。
「それは事実だけど、今回は人助けなんだし、頼むよ」
「それに
「食い逃げって、バレンタインチョコはあげるものだろ……」
「良識ある男子は、しかるべきときに代金を支払うものだ」
「わ、悪かった。購買で何かお菓子を買ってやるから」
「そうだな。
「よし、欲しいものを言ってみろセレーネ!」
三倍返しの
「
「俺は
「もとい、ドラチュウの着ぐるみパジャマがほしい」
大人気ゲームのキャラクターグッズをリクエストされ、
入部後、
そのリクエストに応えるつもりは当初はなかったのだが、期待に
セレーネが頼んでくるのはほとんど
だから──人形作りをするわけではないのだ。
そう己の心と手に言い聞かせ、
作り上げたものは、その後依頼者の手によって余すところなく塗装されていった。
「わかった。プレゼントするよ。じゃあ、手伝ってくれるな?」
「それはホワイトデーの分だろう。作業を手伝えと言うのなら、別途報酬をもらう」
さらにグッズを要求されるのかと
「
「はあ? そんなモンスターいたか?」
「……エゴーのチョコはどうだったのかと
味を尋ねているのだと理解し、
「ああ、普通にうまかったよ。甘すぎず苦すぎずの丁度いいバランスに仕上がってたし、見た目も華やかで
セレーネから渡されたチョコは食用色素を用いてカラフルに
「そうか。……よかった」
「セレーネは料理とか得意なのか?」
「できない。だから、
「へえ、気合入ってたんだな。そしたら、一番渡したいと思った人には渡せたのか?」
「…………ん」
もじもじと両手を
その相手が誰なのかは、わからないが。
「……さすれば、手を貸してやろう」
「え? 追加報酬はいいのか?」
「もうもらった」と一言返されたが、
セレーネはイーゼルを片付けると、机を持ち上げて
「別に、俺がくっつけ終わるまでは自分の課題をやってていいんだぞ」
「
「や、何も面白いことなんてないし。それに……めちゃくちゃ臭うぞ」
「それがエゴー達の青春の香りだ」
「……俺はシンナー臭がする青春なんてごめんだよ」
セレーネには届かない程度の声量でぼやいた。決して彼女の青春は否定しないように。
フィギュアとは、モチーフとなったキャラクターの外見にとどまらず、性格や考え方、境遇や決意などを色濃く反映させた芸術品だ。
たとえ見てくれが一見美しくとも、顎の引き具合や腕の角度、脚の開き方など、ポーズの一つ一つがそのキャラの人物像と
修復を
横から「エゴーにも見せろ」とせがまれたので、イヤホンの片方をセレーネに渡した。
隣人がスマホに首を伸ばすと、ふわりとココアのような香りが漂ってくる。
この優しい匂いを、有機溶剤臭で上書きしてしまうのが申し訳なくなった。
一五分ほどのシーンまとめ動画を再生する。
時間効率を考えて二倍速にしようとしたが、それはセレーネに止められた。
『こ、こんにちは。
声のトーンだけで、
大した取り柄のない女子高生が、ひょんなことから月の使徒と出会い、月のパワーを源にして魔法少女として変身。平和のために戦っていくという物語だった。
何事からも逃げていた引っ込み思案の女の子が、徐々に守りたいもののために立ち上がっていく姿は、声優の演技力もあって
「
動画を見終えてスマホをしまうと、セレーネが感想を
「別に
「創作のための下準備ということだろう」
「……作るんじゃない。治すだけだ」
「
その問いに、
(そんな創作、いくらお前でも、気持ち悪いって思うだろ)
両手にはゴム手袋をはめていく。パチンと裾を
まずは頭部の処置。ピンバイスを使ってミリ単位の穴を開け、胴体の首部分を掘削していく。
接着剤だけでもくっつきはするだろうが、接着面に補強となる軸を打ってあげるのだ。
『あ、あのう……お医者様。私、治るのでしょうか……?』
そのとき、頭の中に女の子の声が響いてくる。
『別に、俺は医者じゃねーよ』