第一章 医者はどこだ!⑧

 なんぴとたりとも立ち入れない、自分だけの世界の中で、おさむじゆうあかと会話を交わしていく。

『私、手も足も片方なくなって、頭まで取れちゃって、よくこれで生きてるなって……』

『ああ、人間だったら間違いなく死んでる。よかったな、人形に生まれて』

『人形……。そうですよね。この世界の私は、人形なのですよね』

 開けた細穴に補強用のしんちゆうせんを通していく。

 反対側はニッパーで適切な長さに切り落とした。

『こっちには、月の使徒も魔法少女が戦うべき相手もいないんでな。だからオタク達は刺激を求めて、画面越しにあんたが大変な目に遭う様子を楽しんでるんだよ』

『うう……皆さんドSです……』

 頭部パーツの破断面にも対となる穴を開ける。深さを確かめながら、慎重に掘り進める。

『でも、あんたが困難に立ち向かう姿が少なくない人の心をつかんだのも事実なんだろうよ』

『それは、二次元世界に生まれた者としては、ありがたいことなのでしょうが……』

『そこから飛び出してきた存在なんだぜ。人形としてのあんたは』

 一旦しんちゆうせんを抜き、開けた穴に接着剤を塗り込んでから再び差し入れる。

 しんちゆうせんが突き出た胴体に、同じように接着剤を塗った頭部をはめ込み、ぐっと押し付ける。

『だから、きっちりと治ってもらうよ。あんたを本人と信じて疑わない女の子が、友達の帰りを待ってるんだから』

 数秒待ってやれば、頭部は何事もなかったように胴体と接着した。

 次は上腕部。同様に双方の破断面に穴を開け、しんちゆうせんを入れていく。

 今度はそこに、欠けた部分を付け足してやる工程が必要だ。

「セレーネ、防毒マスクを着けろ」

 一般的な白マスクの上に、より保護能力が高い防毒マスクを重ねた。

 セレーネも同じように顔を覆う。これで二人は有害性物質から守られることになる。

 さらにおさむは、背後で課題に取り組んでいる部員達への配慮をみせた。

「ポリパテ使うから、下敷きで窓に向かってあおいでくれ」

「……なんだと? エゴーに肉体労働をさせる気か?」

 おさむの隣に居座ったのが運の尽きだった。不満の声が返ってくる前に作業を再開させる。

 欠けを埋める手段はいくつか考えられるが、今回はポリエステルパテを使うことにした。

 机にテープを貼り、その上にチューブから主剤と硬化剤をひり出していく。

 すると、直接嗅げば気分を害するほどの悪臭が発生してしまう。防毒マスクを着けるのはこのためだ。

 白い主剤とだいだいいろの硬化剤をつまようで混ぜ合わせると、黄色いペースト状のパテができる。

 食い付きをよくするために破断面を傷付け、適量を盛り付けて胴体と腕を接着した。

『あなたは、神様なのですか? 人形である私と言葉を交わせるなんて』

 パテが硬化していくのを待つ中、再びあかの声が聞こえてくる。

『あのなぁ。教えといてやるけど、あんたは、人形はしやべったりしないんだよ』

『ええ? では、このやりとりは一体?』

『俺が作業をしながら脳内で展開してる、気持ちの悪い妄想に決まってるだろ』

『なぜそんなことを?』

『……昔、少しでもいい出来のものを生み出してやろうと思って、手を動かしながらモチーフのキャラと対話するイメージをするようになった。そんな変人の思考回路だよ』

 しばらくつと、ペースト状だったパテは掘削ができる程度まで硬くなる。

 おさむはデザインナイフを握り、はみ出た余分なパテに刃を当てた。

『モノには魂が宿るなんて言うけど、俺はモノに魂を宿すつもりで粘土をこねてたんだ』

『素敵な考え方じゃないですか』

『やめろ。あんたが褒めたら、俺が自画自賛してるってことになるんだよ』

 絶妙な力加減でナイフを操り、不要なパテを削り取っていく。

『そもそも俺はあんたを作ってるわけじゃない。治してるだけだ』

『そうですよね。ありがとうございます。……でも、こうして私との会話をイメージしてるってことは、修復作業であっても、創作だと認識しているってことじゃないのですか?』

 その問いに、おさむが答えることはなかった。

 おおむね形を整えれば、あとはパテの硬化待ち。続いて脚部の治療へと移行する。

 三度、しんちゆうせんを打ち込むための穴を開けていく。……のだが。

『あっ……! や、やっぱり見てしまうのですね……』

 一〇代の少女が、おさむの脳内で顔を真っ赤にした。

 足にピンバイスを当てるために天地を返せば、必然、スカートの中の白があらわとなり。

 意識するな、焦点を合わせるなとあらがっても、その三角は人間の瞳を吸い寄せてしまう。

『う、ううぅ~……! 視聴者にも見せたことないのにぃ……!』

 罪悪感が湧き上がる。せめて早々に終わらせようと、おさむは処置を急いでいく。

『……あなたは、その部分を作ることに、葛藤はありましたか?』

『……そりゃ、あったさ。ないわけがないだろ。俺は男だ。女の子のそこがどうなってるのかなんて知らない。だけど、頼まれたキャラがスカートをはいていたら、作り込まないわけにはいかない。はいてないほうが問題なんだから』

『スカートごと中を埋めてしまうとか、手はあったのでは?』

『依頼してきたヤツがひそかに何を期待してるのかくらい、俺にもわかるんだよ。その期待を、無下にはできなかった。……最高に喜んでくれる顔が見たかったからな』

 開けた穴に軸を打ち、破断面にパテを盛り、欠けを埋めて胴体と脚をつなげた。

『何度脳内で、変態、セクハラ野郎とキャラクターに罵られたことか』

『……やっていることは確かに、そう言われても仕方ないでしょうが……』

『ま、それでも手を動かし続けたのは俺の意思だからな。結局、同じ穴のむじなってことだよ』

 パテが固まりだしたら、ナイフを沿わせて余計なはみ出しを除去していく。離断していた手足は接着剤とパテによって再度一体化し、それだけで一見元通りのようになった。

「よし、あとは硬化待ち。もういいぞ、セレーネ」

 あおぐ手を止めたセレーネは、防毒マスクを外し、ろうこんぱいの様子で机に倒れ込んだ。

「お疲れさん。サーキュレーターでもあればよかったんだけどな」

くず部長に頼んで速攻買ってもらう……」

 腕や肩をでさするセレーネの様子に、ついついいたわってやりたくなる。

「マッサージでもいたしましょうか、クレオパトラ様」

「なに? ……き、気軽に女子の身体からだもうとするな、このエロース大魔神!」

 伸ばした手を払われ、そっぽを向かれてしまった。無遠慮が過ぎたな、とおさむは反省する。

 もっとあかの動画が見たいというセレーネの要望を受け、再びスマホに映像を映した。

「やはり、あかはかわいい。気に入った」

「お前、モンスターだけじゃなくて人間キャラも好きになれたんだな」

「エゴーはかわいいものが好きなだけ。あかはかわいい、だから好き」

「セレーネが一番わいいよ。……って言うところよ、くろまつくん!」

「うわあ! 急に耳元でささやかないでください!」

 背後からばなの奇襲を受け、おさむは椅子から転げ落ちそうになった。

 気を取り直してセレーネと一緒に画面を眺めながら、時折パテの様子に気を配り、硬さを確かめていく。数十分もすれば、次の工程に移れる程度にまで硬質化していた。

「こんなもんか。ヤスってくぞ。マスク着けろー」

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