第1章 深窓の令嬢の夜の顔①
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それは新年度の一学期がはじまってすぐのことだ。
新年度といっても二年生ともなれば新鮮味はほとんどない。ここ私立桜ノ塚高校は進学校なので始業式の翌日からさっそく授業がはじまる。自己紹介と鉄板ネタで最初の授業を潰してくれるような先生はごくわずかだ。
その日の授業と終礼がつつがなく終わると、僕はノートや筆記用具をスクールバッグに放り込んで帰り支度をする。席を立つと
自分とは大違いだな──と、僕は内心で自嘲する。
誰にも声をかけることなく、そして、誰からも声をかけられることなく教室の出口へと歩を進めていると、
「ね、
「いいえ、まだですが」
答える
「いいのあったんだー。……あ、これこれ。これなんか
「どうでしょうか」
「ほら、春休みにみんなで遊びにいったときもこんな感じだったし、絶対に似合うって」
相手はなおも勧めてくる。きっと彼女の中ではその服を着た
「あ、これ……」
ふと
「ああ、それはセラがナチュラブとコラボするって記事ね。……
「ええ、少し……」
僕の記憶によれば、ナチュラブは十代の少女をターゲットにしたギャル系ファッションのブランド『ナチュラル・ラブ』のこと。セラは確か、高校生モデルの名前だったはずだ。
話を総合すると、セラがデザインしたアイテムがナチュラル・ラブから発売される、ということのようだ。……我ながら妙な知識が身についているな。この分野が趣味というわけでもないのに。
「はいはい。あたしも興味あります」
「やっぱセンスいいよねー、セラは」
そこにさらに何人かの女子が加わり、一気に
「出たら絶対ほしいんだけど、似合うかどうか自信がなくて」
「わかるー! 自分が着ると何かちがうってなるよね」
一方、僕はまだまだおしゃべりが終わりそうにない女子たちの横を通り、教室の出入り口へと向かう。
と、その途中、
§§§
家に帰り、本を読んで過ごす。
気がつけば時計の針は午後八時少し前を指していて、少々腹が空いていた。残念ながら食べるものがろくになく、夕食を求めて近くのコンビニに行くことにする。
僕はひとり暮らしだ。高校に上がるタイミングで家を離れ、今の学校に入学するためにこの地にきた。そのため生活に必要なことはすべて自分でやらなくてはいけないし、それを怠れば自身に返ってきて、その尻ぬぐいをするのも僕だ。
家を出て、五分ほど夜道を往く。
そうして
そして、何よりその表情が印象的だった。
どうしても服に目がいきがちだが、彼女はとてもいきいきとしていた。僕は彼女が自分の思うまま、心のまま好きなことをやっているのだろうと感じた。
好きなこととは何だろうか? 服か、メイクか。それともこうして夜のコンビニに買いものにきていることだろうか。それはわからない。だけど、確かに彼女はいきいきとしていた。表情だけではない。在り方そのものがいきいきとしていて、とても印象的だった。
そんな彼女にギャル系の服はよく似合っていた。
少女は目当てのものを買ったからか、上機嫌な様子で店から出てきた。だが、そこで僕の姿を見つけ、わずかに目を見開いた後、すっと視線を
浮かれている姿を見られて恥ずかしかったのだろう──と、最初は思った。
だけど、彼女とすれちがってから気づく。
「ああ、
「えっ」
僕はそのまま通り過ぎるつもりだった。でも、彼女が想像していた以上に大きな反応を示したので、思わず振り返ってしまった。彼女もこちらを見ていた。
僕たちは見つめ合う。
「
「い、いえ、人ちがいです……!」
どうしたのだろうと思い、呼びかける。と、彼女は慌てたようにそう言い、ぱたぱたと小走りに駆けていったのだった。
「
店舗の前の駐車場を横切り遠ざかっていく彼女の背中を見ながら、僕はつぶやく。
今のが
僕は首を
拾い上げて裏面を見ると、そこには『
「何か落ちてましたか?」
「いえ、僕が落としただけです」
聞いてきた店員にそう答える。見ず知らずの他人のものなら店に預けるつもりだったが、これが
拾ったカードをポケットに押し込み、代わりに財布を引っ張り出す。そうして会計を終えると、僕は家に戻った。