第1章 深窓の令嬢の夜の顔④


 それから数日、何ごともなく時間は過ぎていき──、

 ある日の昼休み。

 このクラスでは時々珍しい光景を見ることができる。それは女子のグループの中にひとりだけ男子が交じって、楽しそうに盛り上がっているシーンである。

 今も教室の一角ではそれが展開されていた。

 輪の真ん中に置いてあるのはいくつかのファッション雑誌。それが話題の中心のようだ。

 にぎやかな女子たちに交じっているのは、かみりゆうすけという名の男子だった。

 りゆうすけは小柄で中性的な容姿をしている。そのうえファッションやアクセサリに興味があり、並の女子より詳しいほどだ。だから、ああやって女子の輪に交じって話ができる。最初は気持ち悪がる女子も多かったのだが、今ではおみの光景となっていた。

 そこに学食に行っていた男子のグループが帰ってきた。

「お、なんの話なんの話?」

「俺らも交ぜてよ」

 りゆうすけを含んだ女子のグループが盛り上がっているのを見て、彼らが寄っていく。ふたつのグループが合体して大所帯となった。

 だが、少し遅れてそこから抜け出す影がひとつ。……りゆうすけだ。

 彼は不満がありありと表れた顔で僕を見つけると、こちらに寄ってきた。

「よっ」

 片手を上げて、挨拶代わりの発音。

「あいつらさ、オレが女子と話していると、すぐに入ってくるんだよね。チカ、どうにかしてくんない?」

「僕に言ってどうする」

 チカ──あかざわきみちか。僕のことだ。

「あいつら、普段クッソ下品な話ばっかりして、ぜんぜん面白くないんだよな」

「その言い方も品がないと思うけどね」

 ただ、りゆうすけの不満もわからなくはない。

 連中はいわゆるリア充グループだ。ただし、人として品があるとは思えなかった。女子のいないところで男子らしい品のない話をしているのを何度も聞いているし、りゆうすけが女子に交ざりたいから中性的な容姿を利用しているのではないかと疑ってもいた。

「あいつら一回、ひとりずつ闇討ちしてやろうか」

 僕はりゆうすけの言葉に苦笑する。

 彼は見た目に似合わず好戦的だ。格闘技の有段者だと聞いたこともある。むしろ名は体を表すで、名前の通り男らしいのだ。ファッション関係の知識が豊富なのは純粋に趣味であり、決して女子に近づく口実などではない。そして、僕がちゆうはんにそのあたりに詳しいのはりゆうすけの影響でもあった。

「で、チカは今日もひとり寂しく読書?」

「まぁね」

 まぎれもない事実だった。僕は昼休みのけんそうをどこか遠くのものに感じながら、ひとりで本を読んでいる。これが僕の平均的な学校生活だ。

「気楽でいい」

 というのは半分本当で、半分うそだ。

 僕が一年のときのクラス担任であるごろの不興を買い、ごろに目をつけられたくなかったらあかざわと関わるなと言われるようになった後、それでも僕をほうっておかなかったクラスメイトがいた。それがここにいるりゆうすけと、セレナだ。

 最初は物好きなと思っていたが、僕が今の状況を気楽だと言っていられるのもこのふたりがいるからなのだろう。本気で孤立していたら精神的に参っていたかもしれない。

「最近何か面白いことあった?」

「こんな学校生活を送ってる僕に何を求めてるんだ」

 りゆうすけの問いに、僕は苦笑して答える。

 正直、この環境自体が面白いと言えば面白いのだが、たぶんこの答えでは彼の期待には応えられないだろう。

 気まぐれに僕は教室内を見回した。

 女子のグループのひとつが目にとまる。ぞえの周りに集まった集団だ。さっきまでりゆうすけが交ざっていたグループに比べるとにぎやかさには欠けるが、それでも話はたいそう弾んでいるようだった。

 その中心でぞえはいつものように深窓の令嬢然として、微笑を浮かべながら周りの話を聞いている。

 視線を感じたのか、ぞえがこちらを見て──僕に気づいた。わずかに目を丸くしてから、逃げるように顔を背ける。頰が少し赤い気がした。僕が彼女の趣味を知ってしまったからかもしれない。

「あれ? 今、ぞえさん、チカを見てなかったか?」

 不意に横から声。

 見上げると、いつの間にか横にひとりの女子生徒が立っていた。長い黒髪をポニーテールにした、背の高い女の子だ。名をはいばらセレナという。りゆうすけ同様、クラス中から邪険に扱われている僕に関わってくれる数少ない友人のひとりだ。

「そうか? 気づかなかった」

「おかしいな? そんなふうに見えたんだけどな」

 彼女の顔には何やら納得しかねる感じの複雑な表情が浮かんでいた。

 確かにぞえは僕を見たのだが、ここは知らない振りをしておこう。言えば夜のコンビニで彼女と会ったことも話さなくてはいけなくなるし、そうすると深窓の令嬢らしからぬ服の趣味にもふれざるをえなくなる。

かみは? 見なかったか?」

「いや、オレも気づかなかったよ」

 セレナが男のような口調で聞くが、りゆうすけも首を横に振るばかり。

 りゆうすけは小柄で、背も男子の中では高いほうではない。反対にセレナは女子の中でも一、二を争うくらい上背があるので、このふたりが並ぶと少し面白い。

「ま、そういうこともあるさ」

 僕はそう言ってこの話を流してしまうことにした。

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孤独な深窓の令嬢はギャルの夢を見るかの書影