第1章 深窓の令嬢の夜の顔⑥
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約束はその週の週末だった。
どうやってその約束をするに至ったかというと──先日と同じで、学校で不意に
どうにも要領の悪いことをしているように思えてならない。話があるならセレナをメッセンジャーにすればいいのにと思うし、実際にそう言ったのだが「いやです」ときっぱり断られてしまったのだった。
今回のこの件といい、責任をもって出かけるのにつき合えと言ったことといい、
そうして今日、土曜日。
待ち合わせに遅れないよう、そろそろ出るかと着替えを終えたときだった。
玄関チャイムが鳴った。
このタイミングでいったい誰だろうか。そう思いつつインターフォンに出る。
「はい」
と、いつもと同じ調子で言ったものの、通話ボタンを押すと同時に
『あ、の、
「……ちょっと待ってろ」
通話を切り、玄関ドアを開ける。
そこには当然、
「どうした?」
そう尋ねた僕の言葉にはいろんな意味が含まれていて、僕自身もどこにフォーカスしているのかわかっていなかった。なぜうちにきたのか? なぜその服装なのか? などなど。
「ここで着替えさせてほしいんです」
「着替え?」
僕は聞き返す。なぜわざわざここにくる必要があるのか。自分の家で着替えればいいだけの話だと思うのだが。
「家族や近所の人に見られたくないので……」
「なるほど」
納得できる回答ではある。夜なら
「とりあえず入って」
僕は後ろに下がり、上がるように促した。
「来客用のスリッパなんて気の
「あ、はい。おかまいなく」
むしろいきなり訪ねてきたからか、
「お邪魔します……」
おっかなびっくり部屋に上がった
「
「見ての通りだよ」
ここは単身者向けのワンルームマンションだ。おそらく
「ご家族とは──」
「
僕は彼女が最後まで言い終えるよりも先に発音した。自分でも少し驚くほど強い口調だった。
「それは家庭の問題だ」
「す、すみません」
続く言葉は落ち着いた話し方に努めたものの、
ここがワンルームマンションである以上、僕はひとりで生活している。高校に上がると同時にひとり暮らしをするなど、よほど強い志望動機で家から離れた学校を受験しないかぎりは、後は家庭に問題がある場合しかないだろう。
うちは後者だ。父は僕を家から追い出すみたいにしてこの桜ノ塚高校の受験を勧め、僕はそれに従った。地方都市にある名門校なら僕もまっとうな人間になるかもしれないと、父が淡い期待を抱いたのだ。
「それにしても──」
と、
「もしかしてミニマリスト、ですか?」
「まさか」
僕は苦笑する。
とは言え、そう思うのもむりはない。何せこの部屋にはあまりものがない。あるものと言えば、
ここまでならギリギリ男のひとり暮らしと言えるかもしれない。だが、ここには娯楽の類がほとんどない。テレビはあっても録画再生機器がないし、書架に並んでいるのは教科書だけ。読みものは市の図書館で借りることにしている。
こんな部屋できれいに片づいている、というか、散らかしようがないものだから、まるで生活感のないショールームのようだ。
「ちゃんと食事はとられているのですか?」
心配そうに言う
そこにはコーヒーメーカーに炊飯器、電子レンジ、トースターと、ひと通りのものがそろっていたが、コーヒーメーカーと電子レンジくらいしか使われていないことが見て取れる。それくらい新品同様にきれいだった。
「この前、パスタを買って帰ってましたが、まさかあれが……?」
「あの日の夕食だな」
僕は彼女の言葉を引き取って答える。
「基本的に食べたくなったら食べるだけだからね」
「食べたくならなかったら?」
「食べない」
おそるおそるといった調子の
「そんな食生活では──」
「まぁ、正しくはないだろうな」