#3 「隠れ○○」な町野さん
高校生活が始まってそろそろ一ヶ月、という四月の終わり。
「えー、八木選手。球技大会お疲れさまでした。今日は招集されてすぐの試合で、練習どころかチームメイトの顔すら覚えていない状況でしたね。その辺りはいかがですか」
僕はドミノ部の部室で、マイクに見立てたスマホを相手に向ける。
「そうですね。監督は『我々のサッカーを貫け』と言っていましたが、選手はみんな『我々のサッカー……?』という感じで、終始きょとん顔でプレーしてましたね」
アフロ気味のもっさりした髪の少年が、椅子に座って神妙な顔で答えた。
八木は僕と同じクラスで、放送部の所属。体育の授業で柔軟体操をする際、余りもの同士でペアを組んでから話すようになった。部活も同じ文化部だからか馬があう。
「なるほど。それは入学して三週間で球技大会を行うという、大はしゃぎスケジュールを組んだ学校サイドへの批判でしょうか」
「ええ。十月に体育祭があるんだから、そもそも球技大会いらねーだろっていう」
「どんだけ運動部を優遇するんだっていう」
そんな愚痴を言いあう、むなしくも楽しい文化部男子の放課後。
四月の自己紹介ですべって以来、僕はクラスでうっすら浮いている。
こんなぼっち男子とからんでくれる八木は、見た目も中身もユニークな友人だ。
「こういうの、バカ楽しいな。もっとくれ、二反田」
「では八木選手。試合を振り返ってはいかがでしたか」
「サイドバックで出場した二反田は、天才の片鱗を見せていましたね」
「僕……? じゃなくて、二反田選手ですね。それほど目立っていないようでしたが」
「でしょうね。あいつは運動神経3のゴミです」
「言いすぎだ!」
「そのくせライン際でプレーするから、タッチラインを割りまくる」
「うっ……」
「でもそれも、『敵にボールを取られるよりはましか』と味方に思わせる、ドンマイ感の演出ですよ。彼は『下手なりにがんばろう』というスポーツマンシップのかけらもない、ゲームの流れを止める天才です」
「単に下手なだけなのを粒立てないで!」
「ちなみに俺は、サッカー部の選手が活躍した際、真っ先に肩を組みにいくことでモテバフの効果範囲に入れたのがおいしかったです」
「どの口がスポーツマンシップを」
「しょうがないだろ。俺たちは文化部だ。スポーツの話題には事欠くっ……!」
たしかにその通りなので、インタビューはやめて普通に話そう。
「八木は、女子の競技とかも見たの」
「ああ。女子バスケの雪出さんは最高だった。身長140センチ台でバスケには不向きと思われがちだが、昨今はスリーポイントが主流だから身長は関係ない」
雪出さんは八木と同じ放送部員で、北欧にルーツを持つ美少女だ。
「でも雪出さん、スリーポイントも打ってなかったけど」
「あの『ちっちゃいけどワタシがんばってます感』とかブフッ、わたわたと躍動する金色の髪とかフヘッ、おどおどと周囲をうかがう青い瞳ブッフフ」
「キモ早口であまり聞き取れなかったけど……僕も雪出さんには庇護欲を覚えたよ」
ギャルピースをしたら手首をつるレベルの、運動心底苦手勢。
そんな雪出さんの健気な奮闘ぶりは、敵チームすら「(がんばれ……!)」と、声を出せないながらに顔芸で応援してしまうレベルだ。
「知ってるか、二反田。雪出さんはパスをするときに、『えいっ』って言うんだ」
「言ってたね。聞こえないくらいの、ちっちゃい声で」
「そう。その『聞こえないくらい』というのがすべてだ。雪出さんは狙っていない。いまから世界に不都合な真実を告げよう。『かわいいは、作れない』。すべては素質だ」
「女子バスケと言えば、町野さんが活躍してたよね」
僕は感想を差し控えるべく、別の話題にすり替えた。
「町野さんか。クラスではウェイウェイして見えるが、イベントのときはガチなのが運動部って感じだよな。俺はその躍動を見て初めて気づいたよ。実はけっこうな隠れ──」
「待って、八木。そういうのはやめとこう」
「なんだよ、二反田。犬歯はきらいか?」
「隠れ犬歯ってなに!?」
「要するに、八重歯だな。町野さんはきっと小学生時代、真っ黒に日焼けして鼻の頭に絆創膏を貼っていたと思うんだ、たぶん。立派な運動部キャラになるべく、八重歯もすくすく成長していたはずだ、たぶん」
「偏見と憶測以外の情報がない」
「しかしいまの八重歯は、明らかに伸び悩んでいる。それは高校生になった町野さんの見た目が、運動部キャラというにはけっこう色白で、体の一部がすこぶる──」
「八木。それ以上は本当にだめだ」
僕がさえぎると、八木がいぶかしむようにこちらを見る。
「さっきからなんだよ二反田。町野さんの後方彼氏ヅラか?」
「自分を彼氏とは思いこんではないよ。そうじゃなくて、もう──」
町野さんがきちゃうからと言う前に、勢いよく部室の引き戸が開いた。
「彼女のことを『相方』って言う男、自分に説教してくれた人を『師匠』って呼びがち」
現れたのは、制服スカートにジャージを羽織ったポニーテールの女子生徒。
謎の「あるある」を言ったその口には、かすかに八重歯がある気がする。
「げえっ、町野さん!」
「八木くんが、関羽を見た曹操みたいなリアクション!」
あははと笑う町野さんを横目に、僕は脳内で会話のバックログを確認した。
きちんと八木を止めていたので、致命的なことは言っていないはず。
「なんでこんな文化部男子の掃きだめに、運動部女子のヒロインが……」
「なんでって、八木くんと二反田を呼びにきたんだよ。球技大会の打ち上げにいくのに、教室にふたりともいないから」
「「球技大会の、打ち上げ……?」」
僕も八木も首を傾げる。そういうのって、文化祭とかだけじゃないの?
「今日は部活休みだから遊べるでしょ。クラスLINEで言ってたの、覚えてない?」
「「クラスLINE……?」」
そんなものがあることを初めて知った、ということはないけれど、ぺけぽんぺけぽんうるさいので、僕も八木も通知は切っていた。
「文化部と運動部の違い……ってわけじゃないよね。ベニちゃんもくるし」
町野さんが言う「ベニちゃん」は、雪出さんのことだ。
「こうしちゃいらんねえ! じゃあな、二反田。俺の球技大会はこれからだ!」
ガタッと椅子から立ち上がり、八木は逃げるように去っていった。
「さて、二反田」
町野さんが、腕組みしながら僕をじっと見る。
「ま、町野さん。バスケの活躍すごかったね」
なにか不都合なことを聞かれる前に、僕はこちらから話しかけた。
「見てくれたんだ。ありがと。でも負けちゃったから、超くやしい」
町野さんは笑っていたけれど、眉の辺りに本当のくやしさが出ている。
「なんか……ごめん。来年は僕も、みんなの足を引っ張らないようにがんばるよ」
「『そんなことないよ』を期待してたら悪いけど、ボケなしのガチ説教するね」
町野さんが片頰を膨らませた。
「す、すみません。来年は、ちゃんと運動神経にもステ振りします」
「問題はそこじゃないよ。入学してすぐに球技大会をやる意味って、明らかレクリエーションでしょ。みんなでわいわいが目的なんだから、がんばるのは打ち上げじゃないの」
「あ……」
僕が足を引っ張っているのはいまだと気づいた瞬間、恥ずかしさで顔が熱くなる。
「『どんだけ運動部を優遇するんだ』なんて考えてるの、きみたちだけだよ。『ゲームの流れを止める天才』のプレーも、誰も気にしてないから。はい、お説教終わり」
「『師匠』。もしかして、八木インタビューの最初から聞いてました……?」
むふっと噴きだし、口を「ω」の形にする町野さん。
「二反田は絶対、彼女のことを『相方』って呼ぶタイプじゃないでしょ」
「どうなんだろう……二十年後に婚活を始めるまでわからないかも……」
「高校生が描くライフプランじゃないよ! もっと自分に期待して! ほら行こ」
かくして僕は、球技大会の打ち上げなるものに初めて参加した。
予約したというカラオケボックスにはクラス全員がいて、僕は特にいじられたりせず、誰かと仲が深まったりもしなかったけれど、けっこう楽しい気分ですごせたと思う。
町野さんは離れた席で「KP!」なんて陽キャっぽい乾杯の音頭を取りつつ、僕と目があうと、にやりと笑ってかすかに尖った犬歯を指さしていた。
八木が胸元のほうの「隠れ」を言いださなくて、本当によかったと思う。