#12 炎上リスクに敏感な町野さん

 ファストフード店の窓ガラス越しでも、七月を感じる陽射し。

 テスト終わりの昼どきに、僕は紙ナプキンの上にポテトを立てていた。


「二反田それ、ツッコミ待ちなの? 『ドミノ部あるある』的な?」


 向かいの席から僕に冷めた目を向けるのは、ポニーテールの町野さん。


「触っちゃだめだぜ、町野さん。二反田みたいな陰キャは受け身のコミュニケーションしかできないから、変なことをしてかまわれるのを待ってるんだ」


 隣の席で僕を嘲笑うのは、アフロみたいな毛量の八木。


「ということは、すごく面白い返しを考えてるんデスネ」


 斜め向かいで悪気なくハードルを上げたのは、北欧系美少女の雪出さん。


「端っこが平らだったから、普通に立ちそうだなと思って……」


 事故を恐れて、なんともつまらない答えをしたのが僕。

 今日はこの四人で、念願の下校マックでテストの終了を祝っていた。


「やー、ほぼ終わったね、一学期。高校生になって、ベニちゃんはどうだった?」


 町野さんが場を回すと、雪出さんがうつむく。


「ワタシ、最初は電車に乗るのが怖かったんデス。自動改札、たまに引っかかるカラ。だから余裕をもって家を出て、学校に七時半に着いてマシタ。でもいまは……八時半デス!」


 雪出さんが顔を上げてはにかむと、八木が立ち上がった。


「悪い。俺ちょっと、タトゥー彫ってくるわ」

「八木、落ち着こう。かわいいエピソードだけど、七十七文字は多い」


 僕のツッコミに、雪出さんがくすくすと笑う。


「ふたりとも、面白いデスネ。スズリはどうデス?」

「うーん……高校生は自由だけど、それは問題を起こしたら自分で責任を取るっていう、今後の人生と引き換えの自由でしょ。それでいてノリも重視される年齢だから、毎日の一瞬一瞬で炎上案件か否かを見極める、リスクの高い三年間が始まったって感じ」


 町野さん以外の僕たちは、思わず顔を見あわせた。


「たしかに自分が気をつけていても、巻きこまれる機会は多いもんな……」


 八木がぶるりと松ぼっくり頭を震わせると、町野さんが笑う。


「普通に生きてれば大丈夫だよ。わたしが二反田と同じくらい、骨なしチキンってだけ」

「さっきから、僕の評価がうなぎ下がりなのはなぜ?」


 まあ不安そうだった雪出さんが笑ってくれたし、今日は甘んじて受け入れよう。


「俺は正直、中学とまったく一緒の感覚だわ」

「そういえば八木と雪出さんって、同じ中学だったんだよね」


 僕が素朴な疑問を口にすると、八木は「……ああ」と言葉少なに返した。

 雪出さんもうつむいて、どこか気まずそうにしている。

 なんだこの感じと思っていると、靴のつま先を軽く蹴られた。

 向かいの席で町野さんが、「ね?」とばかりに眉を動かしている。

 八木と雪出さんが両想いだという、トンデモ持論のことを言いたいらしい。


「ねね、ベニちゃん。八木ちゃんって、中学ではどんな感じだったの?」

「わっ、ワタシ、よく覚えてマセン……!」


 雪出さんが顔を真っ赤にしたところで、またつま先が蹴られた。

 向かいの席で町野さんが、鼻を膨らませてふんすふんすしている。


「……ちなみにドヤ野さんは、どんな中学時代だったの?」


 それからしばし、八木と雪出さんだけが直接の会話をしない、不自然なようで自然な、でもちょっとだけ不自然な状態で、おしゃべりが盛り上がった。


「やっぱみんなでいると楽しいね。ベニちゃんと八木ちゃんの放送部って、夏休みはあんまり活動ないんでしょ? だったらこの四人で、どっか行かない? 恐竜展とか」


 テーブルの下で、町野さんのスニーカーが同意を促してくる。


「恐竜展は、子どもっぽすぎるかも。無難にいくなら、海とか花火大会じゃないかな」


 僕は話をあわせつつ、どうにか高校生らしいプランへ修正を試みた。


「海は……水着が恥ずかしいデス」


 雪出さんがもじもじと難色を示すと、町野さんがすかさずフォローする。


「わたしも久しぶりに、ベニちゃんの浴衣姿が見たいな」


 かくして四人でスケジュールを調整し、僕たちには夏休みの予定ができた。

 今日はとりあえずおひらきとなり、帰り道を駅まで歩く。


「なあ二反田。俺たちは、分不相応な青春を送っている気がしないか」


 前を歩く町野さんと雪出さんを気づかいながら、八木が小声でささやいてくる。


「うん。僕は三年間、女子と話せずに卒業する覚悟をしてたよ」

「これってやっぱ、町野さんのおかげだよな」

「そうだね。米三俵くらい奉納していいと思う」

「二反田。大事にしろよ、町野さんのこと」


 八木がふいに、目つきを鋭くして言った。


「急にどうしたの。ラブコメ主人公の親友ポジションみたいに」

「おまえはそうやって、すべてを俯瞰で見ているんだな」

「急にどうしたの。ループもの主人公の親友ポジションみたいに」

「俺もそうやって、適当に茶化せばよかったんだろうな……」


 八木はふっと悲しそうな顔をして、「じゃあな」と駅の改札へ消えていく。


「三話の終盤で異形の怪物に変身する主人公の親友ポジションが、平和な日常シーンで唐突に放つ伏線セリフを、八木が……?」


 なんて俯瞰で適当に茶化す僕は、面倒を避けようとしているのだろうか。


「二反田サンは、反対方向ですよね? どうしよう……」


 雪出さんがおろおろと、僕と改札の間で視線を往復させている。


「ベニちゃん。たとえひとこともしゃべらなかったとしても、八木ちゃんと一緒に帰ったほうがいいよ。少女マンガだとそうするから」


 町野さんの根拠が心許ないので、僕も少し援護しよう。


「どういう理由でふたりがしゃべらないのかはわからないけど、八木は雪出さんを待ってるみたいだよ。いつも自転車通学なのに、今日は電車だし」


 僕が指さした改札の向こうで、八木は両手の親指だけをポケットに入れて立っている。首は九十度の横向き。それがかっこいいと思っているのだろう。


「ベニちゃん、知ってる? 最近この辺りで、人の後頭部を馬のお尻として愛でる妖怪が出るんだって。急いで帰ったほうがいいよ」

「えっ、キモチワルイ……うん、じゃあ帰るネ。スズリも気をつけてデス」


 町野さんに小さく手を振り、雪出さんが駆けていった。


「いやあ、青春ですなあ」


 町野さんは腕組みして、うむうむと満足そうだ。

 一方で僕は、「キモチワルイ」のダメージから立ち直れない。


「異形の怪物は、八木じゃなくて僕だったんだ……」

「ね、二反田。ベニちゃん、恋しちゃってるでしょ?」


 町野さんは僕へのフォローもなく、友人の恋バナに夢中だ。


「……今日の様子だけじゃ、まだわからないけどね」

「二反田、男の嫉妬はみっともないよ(※女の嫉妬はみっともいいと言っているわけではありません。※「みっともない」の感じかたには個人差があります。※嫉妬はスタッフがおいしくいただきました。※「おいしく」の感じかたには個人差があります──)」

「町野さんが炎上リスクに気を配りすぎて、コンプラ無間地獄に陥ってる」

「ベニちゃんと八木ちゃん、電車でおしゃべりすると思う?」

「しないというか、できないんじゃないかな。一駅だし。でもそれでいいと思うよ」


 以前に町野さんは、ふたりを無理にくっつけたいわけじゃないと言っていた。

 それなら八木と雪出さんが自然に話せるまで、少しずつ緩衝材を抜くだけでいい。


「さておき残念だね、二反田。水着回にならなくて」

「浴衣の非日常感も貴重だよ。僕はどっちかっていうと、恐竜展が残念です」

「お? じゃあ今度、ふたりで行っちゃう?」

「行く」

「からかうつもりが即答……そっか、恐竜も動物だもんね……ここ最近の学説では、ふさふさの毛が生えていたらしいし……」


 町野さんが、異形の怪物を見る目を僕に向けた。


「ふさふさは求めてないけど、町野さんの案を修正したのは僕だから」


 というか町野さんと行くのは楽しそうだし──そう言える素直さをいつか身につけたい。


「じゃあ詳しくは、夏休みの部活で話そ。また学校でね」


 町野さんは地元なので、駅とは違う方向に歩いていく。


「『一学期編』が終わって、『夏休み編』が始まるって感じの一日だったな……」


 僕は八木たちと反対方向の電車を待ちながら、俯瞰で適当に茶化してみた。

 花火大会の予定に、八木の思わせぶりなセリフ。

 唐突に決まった、町野さんとの恐竜展。


「まあ僕は休み中も部活に出るから、そんなに変わることもないだろうけど……」


 それでも久しぶりに、「なにもなくない夏」になりそうな気がした。