一方的運命の出会い ①

───● 幼馴染系JDはたまに怖い ●○●



 それは、春にしては暑い日差しが降り注ぐ日の事。

まさ! もう朝通り越してお昼よ~!」

「はいは~いもう出ますよ」

 この世界に転移してから早1ヶ月。

 しばらくってからわかったのだが、ここはどうやら異世界というより、パラレルワールドみたいなものに近いらしい。

 か戸籍があって、『かたさとまさ』という存在は、最初からこの世界にいたことになっているし、もといた高校も卒業したことになっていて、ちょうど春から行くはずだった大学の入学手続きも終わっていた。

 そりゃあ最初は普通に生活していけるか不安だったけれど、今は特に不便を感じることもなく生活させてもらっている。

 で、それが一体誰のおかげかと言われれば。

まさあんた今日シフトだからね! 18時にはお店きといてよ!」

「はーい了解でっす」

 さっきから家の外で俺に声をかけてくれている、つくあいさんに他ならない。転移直後に路地裏で倒れていた俺を助けてくれて、成り行きでそのまま俺の保護者となってくれた女神のような人だ。ちなみに既婚者だけど、夫とはもう会ってないらしい。闇が深い。

 あいさんは保護者になってくれただけでは留まらず、なんなら大学に通うことも許してくれた。もちろん、奨学金を使ってであるから、自分で働いて返すけど。

 とにかく俺はこの人に頭が上がらない。今生活できているのは間違いなくあいさんのおかげだった。

 玄関のドアを開ければ、あいさんがひらひらと手を振っている。

「おはようございます」

「ん、おはよ。けどさっきも言ったけどもうお昼よ?」

 ゆるくウエーブがかかった茶髪を片方だけお下げにまとめている。初めて会った時と、同じ髪型。もうすぐ30になるっていうのにれいな人だ。職業柄もあって、身なりには気を使っているのかもしれない。

 俺が住んでいるこのアパートは、あいさんが借りてくれている建物。

 あいさんがやっている店のすぐ近くということもあって、朝はこうしてたまに声をかけにきてくれるのだ。

「どうなの? 大学では友達できた?」

「あ~……そうっすね、一応……?」

「怪しいわねえ。変な女にだまされちゃだめよ。外泊するときは私にちゃんと連絡すること! あと敬語もやめる!」

「はーい! 行ってきまーす!」

 気恥ずかしくなった俺は会話を切り上げてそそくさと退散することにした。背後から聞こえてくる、「結局敬語じゃない!」という非難から逃げるように。

 これでも、短い期間の割にはちゃんと親しみを感じている方なのだ。とはいえ敬語をやめろと言われてもまだ出会って1ヶ月の、それも恩人である人に敬語を外すことは難しい。固い人間なんです、俺。

 それにしてもここで「変な女にだまされるな」というワードが出てくるあたり、やはり元の世界とは違うんだなあと痛感させられる。あいさんから見た俺は、元の世界風に言うと危なっかしい女の子に見えているのだろうか。


 あいさんと別れて、大学へ。時刻は11時。お日様が容赦なく地面を照り付けている。

 季節は夏を迎えようとしていることもあり、この時間帯は気温がアホみたいに高い。

 額に流れる汗をハンカチで拭いながら、お気に入りの腕時計をちらりと見る。

「やべ、2限間に合わね……」

 2限目の開始時刻は11時10分。このまま歩いていたら、開始時刻には間に合わなそうだ。とはいえこの暑さのなか走るのはかなりキツイけど……。走るしかない、か。

 仕方がない、と決心したその時。ピロン、という音と共にポケットに入れておいたスマートフォンが振動する。ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出してみれば、SNSの通知が一つ。

うみ》『まさ今日2限104教室だよね? 席取っておいたよ♪』

「助かる~持つべきものは友だな!」

 走り出そうとしていたのを中断し、早歩きに変更。ありがとうと感謝の意を伝えるスタンプだけ送信して、スマホを再びポケットに突っ込んだ。席を取ってくれているのなら多少遅れても問題ない。

 一番地獄なのは席をとれてないのに遅刻してきて、教授の目の前で授業を受け始めることだからな!

 俺は心の中でうみに感謝して、大学への道を進むのだった。


「であるからして、ここの文章の意味は──」

 教室に入ると、既に授業は始まっていた。

 10分ほどの遅刻だけど、大教室だから問題ない。うちの大学は、そのへんが緩いのだ。とりあえず、席を取ってくれたうみを探さなければ。

まさ! こっちこっち……!)

 出席を示すためにカードリーダーに学生証をかざした後、振り返って教室を見回してみれば一番後ろ奥の席でぴょこぴょこと揺れる亜麻色の頭を発見。

 ささっと後ろを通って、うみが自分のバッグを使ってとってくれておいた席を無事確保した。

「マジサンキューなうみ

「にしし……まさのためならこれくらいちょろいもんだよ♪」

 無邪気な笑顔をこちらに向けるショートボブの女の子……五十嵐いがらしうみは、この大学で俺の唯一の友達と言って差し支えない。にししと笑った表情は小悪魔的でわいく、真紅の瞳はビー玉のようにきらきらと光っている。

 転移でごたごたして大学入学が遅れてしまった俺は、普通の新入生よりも1ヶ月ほど遅れて授業に参加することとなった。

 大学1年生の入学最初の1ヶ月は、あまりにも大きい。皆それぞれ友達のグループは完成し、所属サークル等も既に決まってしまう。

 出遅れた俺は学生生活ぼっちを覚悟していたのだが……そこで現れたのがうみだった。

 うみ自身は明るい性格もあってかいくつかのグループに所属しているはずなのに、かぼっちの俺に特別優しくしてくれる奇跡の存在。

 でもやっぱりそんな都合のい展開が起こるのも、貞操逆転世界だから、なのだろうか。……はっ、ひょっとして、こ、この子もしかして俺にひとれ!?

 ……危ない危ない。勘違い童貞がログインするところだった。

 なんてことを思っていたら、半袖Tシャツの袖をぐい、と引っ張られる。

「……ね、せっかく席とってたんだから、今日こそ一緒にご飯行ってよ」

 ……なんだこのわいい生き物。

 にへらと無邪気な笑みを浮かべてデートのお誘いをしてくるこの少女の破壊力たるや。

 ショートボブにそろえられた亜麻色の髪からそっとのぞく小ぶりなパールのピアスが彼女の無邪気さとギャップを作り出していてわいらしい。

 彼女の着ている白いシャツがオフショルダーなこともあって、身体からだを寄せてきた際にいやおうなしに肌が見えてドキリとしてしまう。……冷静に冷静に。こういう時こそクールにいかねば。俺はクールな男なんだ。

「あ~……ま~じでごめん、今日はバイトなんだよね」

「え~。もしかしてまさ金曜日は確定でバイト?」

「そーね、ほとんどそうかな」

「そっか~じゃあ来週の月曜日とか!」

「それならいいよ全然」

「やった」

 小さくガッツポーズをしてから、身体からだの位置を元に戻すうみ

 いやわいすぎんか?

 狙ってやってるだろ! いい加減にしろ!! でもわいいから許す!

 ……ふう、と一つ息をついて、授業に集中。実はうみとは、授業がほとんどかぶっている。

 というのも、遅れて履修登録(受ける授業を選んで登録すること)をする際にうみが手伝ってくれたからなのだが。

 学部も一緒だったこともあり、親切にとらなきゃいけない授業を教えてくれた上で、一緒にとれるものはとってくれたのである。女神すぎんか?

 ……でも冷静に考えて申し訳なくなってきたな。

 こんなわいい子なんだし、同じグループの友達とかと一緒に授業受けたかったろうに……。

「……なあ、本当によかったのか? 俺と授業とるより、友達と授業とりたかったろ……?」

「……んー? 全然そんなことないよ。友達とは、サークルとかで会えるしね」

 ヒソヒソと小声で話しているから俺達の声は教室に響いたりはしない。教授の声にかき消されるくらいの音量なのを確認して、俺は続けた。

「もしあれだったら、たまには友達と受けてくれてもいいからな。なんなら俺は1人でもいいからさ」

 これだけ人望のある子なんだ。きっとこの授業を受けている中でも友達の1人や2人いるだろう。

 俺はそう思ったのだが。


「なんで?」


 瞬間、気温が10度くらい下がった気がした。

 うみは変わらず笑顔だが、なんか目が笑ってない。

 ──え? なんか俺地雷踏んだ?

「え、いや、うみがほら、他の子と受けたいかな~って」

まさは私と授業受けるの、嫌? もしかして、他の女の子と授業受けたい?」

「いやいやいや! そんなことない。マジでありがたいし、うみみたいな美少女と授業受けられるならこんなにうれしいことはないようん! ってかうみ以外に友達いないし!」

 よくわからないがヤバイ気がしたので音速で弁明してみる。

 え、女の子わからん。なにが悪かったの? 怖いんだけど?

 しかし俺の「美少女」という単語あたりから次第にうみの表情が明るくなっていって。

「び、美少女? そう? かな? まさから見て、わいい?」

 なんか急に恥じらいだした。

「お、おう。そらわいいだろ。自信持っていいと思うよ?」

「そっかーえへへ……わいいかあ……」

 ほっ……どうやら難を逃れたらしい。

 最近の女の子はわからんなあ……最近、というかこの世界の、といった方がいいか。

 いったいなにがいけなかったのか。

 溶けたように、にまにまと笑うわいうみを見て、俺はとりあえず胸をなでおろすのだった。

刊行シリーズ

男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(3) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(2) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った? ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影