一方的運命の出会い ②
───● 幼馴染系JDは自覚する ●○●
その人を文字通り一目見て、顔が、雰囲気が、スタイルが好みで
もしそれこそが
──けれど、初めて会って、会話をして、少しだけ行動を共にして。その日の
その瞬間に胸の高鳴りが抑えられずに自覚したこの恋は、もはや
生まれてから今日まで、そこそこな数の男の人と会ってきたし、好きになることはなかったけれど知り合った男子は何人かいた。
数は少ないものの、クラスには3~4人くらい男子がいたし、趣味でやっていたオンラインゲームにも、男性のプレイヤーがいたりもした。
けれどその内面に触れるたびに、「自分が選ぶ立場」みたいな空気を出している男連中に嫌気が差した。
男の大多数は、自分達が希少で、大切に扱われてるのが当然だと思っている。だから私達女に対して強気に出てくるし、傲慢な態度をとる。
それが、私は納得いかなかった。自分の容姿に投資もできない。特別
なのに、「選ぶのはこっちなんだ」と言わんばかりのねめつけるような視線。
「付き合ってあげてもいいよ」なんて言われた日には寒気がした。
「友達でいてやるよ」と言われた日にはムカついた。
どうしてそんな譲歩なぞされなければいけないのかが、私には全然わからなかった。
「はあ……」
大学の1限目の授業が終わって。机の上に突っ伏した私──
「どしたの
「もつ気がしないよ……」
一緒に授業を受けていたみずほ……
「せっかくそんな
「朝からテンション高いねみずほ……」
「そりゃそーよ! この入学したてがチャンス……! イケメン捕まえるぞ~!」
私の友人であるみずほは、いわゆる面食いだ。
イケメンが好きで、イケメンを見つけるとすぐにコンタクトをとりにいくタイプ。それで良く玉砕もしている。同性として仲良くしている分には本当に良い子なんだけど……。
だいぶ教室内も人が減ってきたので、そろそろ教室を出ようかと重い腰を上げたその時。
一瞬だけスマホを見ていたみずほがちょいちょいと手招きしてきた。
「そういえば
「え……?」
「え? って。いやほら狙いくらいいるでしょ?」
みずほと私は同じバドミントンサークルに所属している。確かに素敵な人がいれば良いなと思ってサークルには入ったから、下心がまったくなかったかと言われれば否定はできない。
けれど。
「あー……今んとこ、いない、かなあ」
「えー!? マジ? けいとさんとか結構イケメンじゃない!?」
「そう、だねえ……」
「
『余る』、か。
みずほの言う事はたぶん間違っていないのだと思う。男の人の方が少ないわけで、国は一夫多妻制を導入するとか言っているけれど、世の中の人たちがはいそうですかと自分の価値観をすぐに変えられるとも思えない。
であれば、私みたいな人間は文字通り余るのだろう。「選んでもらおうと努力しない女」は。
またなんとなく、ため息が出た。
「げっ」
2限の教室に向かうべく、校舎内を歩いていると、スマートフォンに大学からメールが来ていることに気付く。
『2限の104教室の授業は本日教授が体調不良のため休講となります』
随分と急な連絡だった。
「休講かあ……誰か今空きコマの友達いたかな……」
さっきまで一緒だったみずほは違う授業に行ってしまった。
他の仲の
お昼にするには、まだ少し早いし……どうやら1人で時間を潰すしかないようだ。
「あっつ……ん?」
外からの日差しが
今日はショートパンツにして正解だったな、と思い、用意しておいたお気に入りの黒いキャップをリュックから取り出そうかと思ったその時。
「やべ──……マジでどの授業とったらいいかわからん……大学生活もう終わりや……」
ふと、校舎の廊下に設置された長椅子が目に入った。そこには、ノートパソコンを開きながら頭を抱えている青年が1人。
特別、顔が
「あのー……もしかして履修登録、ですか?」
「え!?……あ、そうなんです。ちょっとワケあって入学手続きが遅れちゃって……」
ドキっとした。この男性はあまりに自然にこちらに笑顔を向けてきたから。こんな純粋な男性の笑みを見たのは、いつぶりだろうか。
身長は高すぎるほどではないが、平均以上くらいにはありそうですらっとしていて。
髪型は黒髪の緩いパーマ。半袖の白いシャツの上から、小麦色のベストを着ているのがとても清潔感がある。
それにこの、人の良さそうな笑み。
自然と心臓の鼓動が少し速くなった。
「も、もしよかったら、お手伝い、しますよ?」
ヤバイ! ちょっとどもっちゃった!
キモがられても全然おかしくない。私の顔からサッと血の気が引く。
急に話しかけられて手伝いましょうか? って冷静に考えたらナンパ以外のなにものでもなくないか……?
「え! いいんですか? あれ? けどもう2限始まっちゃう……」
……引かれて、ない? というかもしかして、承諾された?
慌てて私は会話を続けた。
「あ、いえ! 私、2限休講になったんで、ちょうど暇だったんですよー」
「マジですか! めちゃくちゃ助かります! ありがたい~」
その瞬間。彼が座っていた長椅子の位置から、ひょいと横に移動した。
……え? 隣座って良いってこと? ……え?
あまりのことに思考回路がフリーズする。
「俺学部学科ここなんですけど~」
え、なんか普通に話始まってるんだけど? え、座って良いってことだよね? 私なんか致命的な勘違いとかしてないよね?
いざ隣に座ったら、え? みたいな顔されないよね? そんなことになったら
「……あれ? どうしました?」
「あ、あああ! なんでもないです! いま、いま座りますねあはは」
き、緊張する。こんな近くに男の人がいるなんて、何年振りだろう。
心を落ち着かせるために深呼吸してから隣に座り……そして、パソコンの画面を見て気付く。
「あ……学部学科一緒です」
「え! そうなんですか? 直接の先輩に助けてもらえるとかありがたすぎるー」
ん? 先輩……?
あ、そっか、私声をかけたから、上級生だと思われてるのか。あれ? じゃあタメ語の方がいい?
けど初めましてでタメ語とか使ったら
「あ、ごめん、私も、1年なんだ、けど……」
っていうか1年のくせして履修登録手伝うよとか生意気すぎた? 下心で声かけたって思われるかな……。
ダメだ、頭がぐるぐるしてきた……。
「な──」
ぽかん、とした彼の表情。
あ、終わったかも──。
「なんだ1年だったのか! いや同級生の知り合いいなくてさ! めちゃくちゃ助かるよ! 俺
彼は、心の底から
わからない。彼がとんでもない演技の天才とかであればわからないけれど、少なくとも私にはそう見えた。
彼に見えないように、太ももをつねる。
これ以上醜態は見せられない。早鐘を打つ心臓を無理やり抑えつける。ここからは、好印象上げていかなきゃ……!
「私は
笑顔も忘れない。他の皆に見せるよりも、より一層
「
彼……
時間割は確かに真っ白のままだった。
(……え、ちょっと待ってこれめっっっちゃチャンスなんじゃない?)
じゃあもう、全部私と同じ授業をとってもらえば、毎日、彼と授業を受けることができる……?
「……
「ッ……!」
横に座る彼を見たら、あまりの距離の近さに目が
胸は焼けるように痛いし、さっきから汗が止まらない。
けど今は我慢だ。
これから先の輝かしいキャンパスライフのためにも……!
「あー……
え? でもこれヤバくない? 普通に考えたら固定で1人の女と毎日会わなきゃいけないのってもしかして地獄?
まずい、言い訳を、言い訳を考えないと……!
下心ないですアピールをしないと……!
「あっいや、ほら! 私さ、他の授業とかあんま詳しくないケド、自分のとってるのはだいたいわかるから? それにもう授業2回くらいやってるやつもあるし、前回の配られた資料とかそのへんも見せられるかもしれないし色々お得かなって思って」
お得かなってなんだよ!
私は自分の早口の気持ち悪さに若干引いた。そしておそるおそる、彼の表情を
「
あ、終わった。今度こそ終わった。
俺のこと狙ってるの? とか言われて終わりだ。対戦ありがとうございました。終戦。しゅうまい。まいまい。短い間だけど夢が見られてわたし幸せでした。
「天才か?」
ゑゑ?
「え、ほんっとたすかる。でもいいの?
「い──いやいやいや! めちゃくちゃある! めちゃくちゃあるから大丈夫!」
あなたと過ごせる大学生活! もうそれだけでメリット通り超えてラックスだから。は? 意味わからないけど?
多分私の目は今漫画化できるならぐるぐるおめめになっているはず。自分で何言ってんのかわからなくなってきちゃったよ!
「そ、そう? それならいいんだけど……え、じゃあ時間割見せてもらってもいいかな?」
「うん! もちろん!」
すぐさまスマホを開いて、時間割を出す。
「え~っと、月曜日1限がこれで、2限がこれ、3限が……」
目の前で、授業がどんどんと埋まっていく。私と同じ時間割。
え? もう実質これおそろっちってこと? ペアルック始まった?
ダメだ本当に頭おかしくなる……。
「いやー助かったよ! ありがとう!」
「いえいえ! 助けになれたならよかった!」
30分ほどだっただろうか。私にしてみれば一瞬だった。
それだけ彼……
「じゃあ俺は一旦帰るわ! まだ学生証届いてないから、授業出ても意味ないしね」
「そっか! じゃあまた授業出られるようになったら、教室で会おうね」
そっかーこれから毎日会えるのか……ヤバイ、自然とにやついてしまう。
こちらに背を向けて歩き出したはずの彼が、
どうしたんだろう。忘れ物……?
「どうしたの?」
「あ、いやーそのーなんと言いますか……
頰をかきながら、何かを言いにくそうにしている。
お願い? 私にできることならなんでも聞きますよ?
既にるんるん気分だった私は、そんなことを思っていた。
しかし彼は次の瞬間、意を決したように、私の目を真っすぐに見たのだ。そして私は多分、この時言われた言葉を一言一句、生涯忘れないと思う。
「よかったらさ、俺と友達になってくれないかな」
『付き合ってやってもいいぞ』
『友達でいてやるよ』
『友達になってやろうか?』
『話してやってるんだから感謝しろよ』
過去自分が男から投げられた言葉が頭の中をリフレインする。そしてそれら全てが、はじけて、飛んだ。
自分の中が何か一色に塗り替えられていくような、そんな感覚。周りの景色も。音も。なにもかも聞こえなくなって。
今目の前にいる彼から、目が離せない。
「もちろん、だよ」
やっとのことで絞り出した、声。
すると目の前の彼は、またあの人の
「やった! ありがと! 友達1人もいなくてさー! じゃ、行くね!
楽しそうに去っていくその背中を目で追って。
見えなくなって。
私はその場にうずくまった。
ぎゅう、と強く胸の辺りを押さえる。
けれど、抑え込めたりなんかできない。
(無理。なにこれ。王子様じゃん、こんなの)
理想そのものだった。
内面も、外見も、雰囲気も。要素全て。
私の中の優先順位が、ものすごい勢いで変わっていくのがわかる。
鼓動が、鳴りやまない。
「は──っ……! は──っ……!」
絶対に欲しい。
もう彼以外考えられない。彼の全てが欲しい。
「
運命の人の名前を、私は何度も何度も頭の中で繰り返した。