一方的運命の出会い ③

───● バスケ部JCはたまに変 ●○●



 大学の授業を終えて。

 今日は2、3限だけだったので時刻は15時過ぎ。

 もう夕方に差し掛かろうかという時間なのに、春らしからぬ日差しは容赦なく地面を照り付けている。丁度い春の気候はいったいどこに行ってしまったのだろうか。

 まだバイトには時間があるし、俺は金曜日のルーティンを行うべくいったん帰宅してから近所の公園へと足を運んでいた。

 暑さのピーク時刻を過ぎたとはいえ、まだまだ暑い。

 黒地に青色のラインがあしらわれたリュックからタオルを取り出すと、軽く汗を拭いた。

 目的地まで、あと少し。

「うっし。着いた着いた」

 草木が生い茂り、いつ来ても空気がしい公園。その一角にポツンと置いてあるのは、バスケットボールのゴールリング。

「この世界、あんまり気軽にスポーツできないのが難点なんだよなあ……」

 転移前から俺はスポーツがそこそこ好きだった。

 身体からだを動かすのが好きだし、中でもバスケと野球は割と本腰を入れてやっていた節もある。

 だからこっちに来てからもたまにやりたくなるのだが……。

「地域開放は女の人だらけでちょっと入りにくいし……サークルもちゃんとスポーツやってんのか怪しいし……」

 うみが入っているバドミントンサークルを以前見学させてもらおうかと思ったのだが、うみからやめておいた方がいいと強く言われてしまった。

 大学で彼女以上に仲のい友人はいないし、彼女にやめた方がいいと言われたら従うほかない。

「まあここでなら気にせずできるし、なにより人が少ないのがいいな」

 休日は先客がいることも多いこの公園だが、平日であれば人は少ない。リュックをベンチに置いて、バスケットボールを取り出す。

 2回、3回ほど地面に落として、空気が抜けていないかを確認。

「……よし」

 しっかり家で空気を入れてきたから、問題なさそうだ。地面に弾んで返って来たボールが、良く手にんだ。

 リングに向けて、今日1本目のシュートを打とうとした、その時。

「お、お兄さん!」

「んあ?」

 今まさに〝左手は、添えるだけ〟のフォームをとっていたのだが、後ろからかけられたわいらしい声に、動きを止める。

 そこには、いかにもバスケをやりにきましたというかつこうの少女がボールを脇に抱えて仁王立ちしていた。

 みずみずしいショートの黒髪に、青いれいな花柄のヘアピンがコントラストとして効いている。

 黒を基調とした動きやすそうなシャツに、ピンクのラインがわいらしさと女の子らしさを演出していて。

 俺の胸のあたりくらいしかない身長なのに、頑張ってこちらを見下ろそうとしているかのような、わいらしい立ち方。

「きょ、今日こそは勝ちます! そして、この場所を……渡してもらいます!!」

「来たな~ちびっこ」

「ちびっこじゃありません! は中学生になりました!!」

 このちびっこ……まえとの付き合いは、俺が転移してきた直後までさかのぼる。

 どうしてもバスケがしたくなった俺が、ボールを購入し近所でバスケができるところを探していて、ここを見つけた。

 それから頻繁にここに来るようになったのだが、どうやらはだいぶ前からここでバスケをしていたらしく、同じく夕方に利用する俺と、時間がバッティングすることが増えたのだ。

 最初は、「良かったら使って、もう帰るから~」といった俺からの一方的なコミュニケーションだったのだが、ある時「一緒にバスケしませんか?」と向こうから声をかけてきてから、距離がだいぶ縮まったように思う。

 そしていつからか、か「勝負に勝ったらこの場所の所有権を得る」という話になってしまったのだ。……いやここ公共施設なんだが。

「きょ、今日こそはこの場所を返してもらいます……!」

 けれどこの少女とのやりとりが、俺は嫌いではなかった。

「はっはっは、俺に一度でも勝ったことがあったかな少女よ~」

「きょ、今日は秘策があります!」

 初めて会った時は小学6年生で、今は中学1年生。

 流石さすがに大学1年の俺が負ける理由はない。

 そもそもバスケットボールは『身長』という絶対的な壁がある以上、が俺に勝つことは基本的に難しいだろう。……だが。

(この子マジでめちゃくちゃいんだよな……)

 この世界の基準はよくわからないが、はとにかくバスケがい。

 プロスポーツも女子の方が盛り上がっているような世界だから、女子の方がいという認識がもしかしたらあるのかもしれないが、この子はそれを抜きにしてもすぎる。

 今は身長差というとんでもないズル要素を使って勝ちを拾っているが、成長期を終えて身長が平均位までが伸びたらもうわからないだろう。ってか間違いなく負ける。

「な、なにをボーっとしてるんですか! 1on1や、やります、よね?」

 はよく強気なんだか弱気なんだかわからない姿勢になる。すい色の瞳が、力なく揺れていた。おそらく、年上の異性との距離感をつかみかねているのだろう。まあそこがわいいんだけど。

「いいぞ~。けど、ちゃんと準備運動しろよ? するぞ?」

「あ、当たり前です。それくらい、もう終わってます」

「え? 君今来たよね……?」

 いったい彼女はどこで準備運動をしてきたと言うのだろうか。

「いいから、や、やりますよ!!」

 彼女は持ってきたボールを手に取り、こちらにバウンドパス。

 と同時に、ディフェンスの姿勢を取ってきた。どうやら先攻はこちららしい。

 ボールのサイズは流石さすがに合わせて、彼女のものを使っている。

 大人用だと、ちょっと中学生女子には大きすぎるからね。

「急だなあ……んじゃいくぞ~」

 俺はボールを受け取り、ドリブルでとの距離を詰める。多少ボールが小さくなったところで、ハンドリングに問題はない。

 すぐさま俺は、の左側にカットイン。

「行かせません……!」

 彼女の驚くべきところは、そのアジリティ。

 左に進路をとった俺の目の前へ、素早く移動。進路を塞いでくる。

「ここまでで大丈夫ですっと!」

「あっ!」

 しかし俺は彼女がこの程度ならついてくることをわかっていた。それなりに1on1してるし。

 俺が選択したのは急加速からの急ストップ。そしてそこからのシュートだ。俺は即座にシュートモーションに入り、ミドルレンジからシュートを決めた。

「よーしこれで先制な~……ん? ちゃん?」

 無事ゴールに入ったボールを拾ってに返そうとすると、がその場で固まっていた。

 そういえば目の前でジャンプシュートを打ったのだから、止められないにせよジャンプしてブロックに来るかなと思ったのだが、そういった動きもなかったように思う。

「……どした?」

「はぇ……」

 心なしか顔が赤い。ん? もしかして体調悪いのか?

「おい、顔赤いぞ? 熱中症なんじゃないか? ベンチで休むか?」

「あ、ああああ!? 違います違います! 大丈夫です! は、はやくボールをください! すぐ同点にしますから!」

 パタパタと急ぎ足でスタート地点まで戻る。いったいなんだというのか。

 ボールをバウンドパスでに渡し、今度は俺がディフェンス。

 油断してるとマジで簡単に抜かれかねないので、姿勢を低くしてのドライブに備えた。

「いきますよ……っ!」

 そう言うが早いか、は俺の左側に鋭角に切り込んできた。

 の得意とする、側のドライブ。

「それは知ってるよっと」

 迷いなく俺はその進路を塞ぐ。が得意なパターンなぞ、何度もやられて頭に入っているからだ。

 しかし。はその右手側のドライブから、一気にクロスオーバー……左手側に重心を動かした。

(やっぱり、速い……けどそれもまだ知ってる!)

 が一度で抜けなかった場合のテクニックの一つ。それがこのクロスオーバーだった。

 いきなり逆側への重心になるのだから、初見での対応はかなり難しい。

 けれど、これも俺は見たことがあった。

「それでこそお兄さんです……!」

 しかし今日のには、その先があった。

「なっ……!」

 クロスオーバーで切り返した後、は俺に既に背を向けていた。

(……ロールか!)

 相手を背にして、回転を利用して抜き去る技術……ロール。

 は見事にそのクイックネスで俺を瞬時に抜き去る──はずだった。

「あっ……!」

 やっぱり、準備運動不足だったのだろうか。

 ロールした際に足がもつれ、の体勢が崩れる。

「……よっと!」

 我ながらい反射神経だった。

 倒れそうになるを横から飛び込むように支えて、彼女が地面に激突する前に、俺がクッションになることで彼女を衝撃から守る。

 視界が反転して、ぐっ、と目を閉じる。

 背中に感じた重い衝撃に思わず顔がゆがむが、それも一瞬。

「ってて……大丈夫か? 

「……」

 てんてん……とゴールの方に転がっていくボールが弾む音だけが響いた。

……?」

 今の体勢は、非常によろしくない。

 完全に俺の上にが乗っかってしまっている。

 ……こいつい匂いすんな。

 はっ! まずい! これでは俺がロリコンの性犯罪者みたいじゃないか!

「はわ……」

「……はわ?」

 彼女は軽いので全然苦ではなかったものの、そろそろどいてくれないとまずいのだが……と思っていたら、ようやくが反応を示す。

「はわわわわわわ」

「え、どうした!?」

 の顔が真っ赤になったかと思うと、なんかショートした電子機器みたいになってしまった。

 俺に乗っかったまま。

「なんだってんだ……」

 仕方なくをそのまま背負い、木陰のベンチへと運ぶ。

 仰向けに彼女を寝かせて、枕代わりにタオルをたたんで置いてあげた。

 こうしてみると、本当に顔立ちが整っている。まつ毛は長く、きめ細やかな肌がみずみずしい。

 今はまだ幼さが先に出るが、将来とんでもない美人になるんじゃないかと思わせるくらいだ。

(って、何冷静に分析してんだ……)

 彼女のことを俺はまだあまり知らない。

 もしかしたら彼氏がいたっておかしくない年齢なんだ。最近の中学生、ませてるからな(確信)。

「……シューティングするか」

 しばらくはリュックに入っていた下敷きを団扇うちわ代わりに彼女に風を送っていたものの、そのうち顔の赤いのも治ってきたので、俺は1人シューティングに向かうことにするのだった。

刊行シリーズ

男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(3) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った?(2) ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影
男女比1:5の世界でも普通に生きられると思った? ~激重感情な彼女たちが無自覚男子に翻弄されたら~の書影