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人間の居住空間というより時代劇のセットじゃねえかと思われても仕方がねえ、かやぶき屋根のデカいお屋敷。その玄関の戸を開けると、何とか職業フリーターが許されそうな年齢の青年系泥棒さんと目が合った。
「え、ちょ、ば……!?」
思わず心臓が跳ね上がり、傘立てに突っ込んであった京都土産の木刀を引っこ抜くと、
「どーなってんだ我が家のホームセキュリティはー!!」
ビビり半分の心臓を押さえつける目的もあって、必要以上に大声で叫ぶ。割と本気モードで木刀を振り上げると、泥棒さんの方も体の硬直を解いて動き出した。逃走の構え。ばたばたばたばたーっ!! と大きな足音を立て、開きっ放しの縁側から無駄に広い庭へと飛び出していく。
庭石に躓いて盛大にひっくり返った泥棒さんは、背負ったリュックの中から人ん家の財布やら熊の置物やらをばら撒いている。拾うかどうか迷ったようだが、結局逃走を優先させたようだ。
ようやく騒ぎに気づいたのか、全体的にこぢんまりとした婆ちゃんが縁側へやってきた。線香臭いので仏間の掃除でもしていたのだろうか。
「なんね忍。野良猫でも入り込んだかね」
「泥棒だよ泥棒。ったく我が家のセンサーはどうなってんのさ」
「すまんねえ。婆ちゃん、風通しを良くするために窓を開けていたから、スイッチが切れとったんじゃよ……」
「いや、婆ちゃんが悪いってんじゃないよ。ついでにセンサーってのは警備会社の事を言っているんでもない」
「インテリビレッジの農産物はブランド品ばかりだからねえ。泥棒さんも多いんじゃろう。ブドウが一房三万円って話を聞くと婆ちゃんもおったまげるよ」
「いやあのね。裏手の施設で父ちゃん達が作ってる純米大吟醸だって、コップ一杯で五万円はくだらないんだよ?」
泥棒さんは戦利品を庭にばら撒いたようだが、念のため、婆ちゃんには家の中の物がなくなってないかチェックしてもらう事にする。最近の泥棒さんは屋根のソーラーパネルとかまで盗っていくから面倒臭せえ。
俺はと言うと、京都土産を傘立てに突っ込み直し、一応スマホで警察に通報。でも、まぁ、駄目だろうなあ。村の交番は警官が超少ない上、昼間はヘッドフォンで音楽を聞いてるせいで一一〇番のオペレーターからの呼び出しに応じず、夜は居眠りのオンパレードという大変ガッツのある方だ。しかも頑張ったところで、本物の武装窃盗団など相手にできる訳ない。そもそも警察の実力を信じているなら自腹切って警備会社と契約なんてしないのである。
『一応』の手順を終えると、俺は板張りの廊下を歩いて屋敷の奥へと進んでいく。
年季以外に一切の取り柄がないようなかやぶき家屋だが、いくつかの利点だってある。
その内の一つ。
この屋敷には、本物の座敷童がついているんだ。
「……ったく、そもそもこうならねえように家を守るのが座敷童の仕事なんじゃねえのか……」
ブツブツ言いながら、目的の部屋の前まで辿り着く。
目の前の襖をノックもせずに(いや襖をノックするもんかも知らんが)勢い良く開け放ち、俺は腹の底から声を張り上げる。
「オイこら座敷童!! サボってねえで仕事しろッッッ!!」
が、当の本人がいねえ。
もぬけの殻になった部屋を眺め、それから行き先を変更。ここにいないとなれば、後はあそこぐらいしかねえ。外出している可能性も(座敷童のくせに)あるにはあるが、この真夏の真っ昼間、ド炎天下となると話は変わってくる。あの面倒臭がりが出歩くのは朝早くか夕暮れ時だ。
全ての座敷童がそうなのかは知らねえが、我が家についている者には分かりやすい特徴がある。その特徴を鑑みれば、出現率が一、二を争う場所も分かってくる。
つまり、俺の部屋だ。
「……ったく、あのインドア妖怪め」
今度こそノックも掛け声も必要ない。自分の部屋の襖の引き手を掴むと、そのまま勢い良く横へスライドさせる。
「怠慢だぞ座敷童。泥棒見逃して何やってやがる!?」
すると、人様の部屋へ勝手に入り込んでいた座敷童がこちらをチラリと見る。赤い浴衣の似合う黒髪の美人。童と呼ぶにはグラマラス過ぎる体型の妖怪は、
3Dムービー用の特殊なゴーグルをつけ。
ワイヤレスのコントローラを握り、大画面の中のキャラクターを操作していた。
一瞬。
ほんの一瞬。
妖怪の実像なんてこんなもんだと知りつつも、それでも体が硬直するのが分かる。脳裏を占めるのはただ一語。衝動の赴くままに、俺はただ口を開いてこう叫ぶ。
「イメージ!! 妖怪としてのイメージとか!! この国は伝統芸能と一緒に妖怪さんの文化まで失いつつあるのか!?」
「……どうせその妖怪のイメージだって、漫画やアニメから引っ張ってきたものじゃないの? そもそも妖怪は時代時代の背景に溶け込むものだし。『古き良き』妖怪は『古き良き』時代には最新トレンドだったものに過ぎない。形を変えずに維持する理由は特にないね」
「でもさー座敷童って言ったらさー住んでる家に幸運をもたらすとか泥棒さんを追い出すとかさー」
「嫌よそんなの!!」
と、グラマラス座敷童はゴーグルを外し、テレビゲームにポーズをかけると、あぐらをかいた格好のままこちらへ体を向け直した。
浴衣の裾が盛大にめくれて太股の白さが眼球に突き刺さるが、相手に気にしている様子はない。
「座敷童なんかにバトル担当とか押しつけないで頂戴! こう言っては何だけど、妖怪対妖怪はおろか、下手すりゃ人間相手だって陰陽師クラスなら余裕で負ける自信があるね!!」
「……この二一世紀にそんな職業が残ってるかどうかも定かじゃないし、オンミョーマスターの盗っ人なんてラノベな野郎ならもっとファンタジーな方法で盗みを働くとは思いませんかねクソ妖怪」
「そもそも、座敷童らしい事をやったら、それはそれで思いっきり怒ってなかったかしら?」
「それはもしや、夜中に何の前触れもなく人様の布団に潜り込んできたりまたがってきたりするアレか」
座敷童の種族全体としての特徴らしいのだが……こいつの見た目が一〇歳前後の典型的座敷童ならともかく、驚異のバスト九〇センチ超えでそれをやられた時の思春期ボーイの反応たるや想像を絶するものなのだ。正直、ラッキーなどと思う余裕は微塵もなく、跳ね上がった心臓が内側から肋骨をへし折るかと思うほどの衝撃が走り抜けてしまうものなのである。
ダイナマイトバディ座敷童側はそういう『意識』が全くないらしく、けろりとした顔でさっさと話題を変えちまう。
「それより、『サナトリウム』へ行ったんだよね。途中には駄菓子屋があったはずよ。私の見立てではアイスぐらいは買ってから帰ってきたと踏んでいるんだけど、その程度の甲斐性はあると信じて良いのよね?」
「うっせーな。あれ、ない……。そうか玄関だ木刀掴んだから」
座敷童にご馳走するためでなく、せっかく買ってきたアイスを無駄に溶かしてしまうのが耐えられなかったため、一度玄関へ引き返す。棒アイス一〇本ワンセットの箱はやはり放り出されていた。泥棒対策として、とっさに木刀を掴むために手放していたようだ。
座敷童のいる部屋へ戻ってくると、彼女は早速ソーダ味の棒アイスを箱から取り出した。ありがとうもいただきますもねえ。ただし、
「んー……! エアコンも悪くないけど、体の中から冷やすのも捨てがたいね」
「こういう時の笑顔は童なんだよな」
皮肉を言っても構わず無視される。屋敷と一緒に年季の入った妖怪にとっては人間のガキのたわ言なんぞどうでも良いのかもしれねえな。
「『サナトリウム』と言えば、惑歌が面倒臭い事言ってなかった?」
「……あいつは全体的に面倒臭いけど、今日の面倒臭いのは別件だよ」
「本当に面倒臭い事だったら私は今から全力で耳を塞ぐね」
「聞け。無理矢理でも巻き込んでやる」