インテリビレッジの座敷童

第一章 陣内忍の場合 ②

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 そもそも俺が夏休みの炎天下にお出かけしていたのは、惑歌という知り合いを見舞うため、『サナトリウム』という施設へ足を運んでいたからだ。

 とは言っても、別に惑歌は重病人じゃねえ。

 単なるクラスメイトの一人である。

『サナトリウム』という古い語感からも分かるだろう。これも我が家のかやぶき屋根と同じで、インテリビレッジ全体にまんえんしている『ふん作り』の一つ。結核や精神病の治療など、実際の医療機関とは全く関連はねぇ。古き良き、をブランドイメージにまでしようさせているインテリビレッジにとっては、『サナトリウム』というのは一つのアトラクション施設みてえなもんだ。

 ……何でまた、どこも悪くないのにわざわざ高い金を払って『体験入院』したがるのか、金持ち連中の気が知れねえが、世の中じゃダイエットのための自衛隊体験ツアーなんてのもっているらしいし、物珍しい健康法というのも商売のタネになるという事なんだろう。

 当然ながら物好き相手のらく商売という事で、値段は鹿高い。

 クラスメイトの惑歌ちゃんたら家の財力はもちろん、自分自身もデイトレードなどでがっぽり稼ぐスーパーJKなのだった。

 勝手に思いえがいたイメージを優先しているのか、あっちこっちに脱走防止の細工があるみように物々しい待合室で、薄い手術衣の少女はこれ以上の健康体はありませんといった快活なみで言う。


「おっすー。外の様子はどうだった」

「途中のバス停で季節外れの雪女に出会ったぐらいで後は平和なもんだよ。っつかそうそう簡単に面白イベントなんて遭遇できるもんか」

「学生の夏休みだぜ?」

「こんな療養施設に自ら引きもってる健康優良児に言われる筋合いはねえよ」


 言えてる、とまどつぶやいた。

 俺がここにいる理由は簡単で、俺がクラス委員だからだ。平たく言えば、惑歌は問題児なのである。親とはく行ってねえし、学校で楽しみも見つからねえ。明確なぎやくたいやいじめが発生している訳じゃねえが、それでも確実な『遊離』を感じさせる状況だった。

 夏休みだっつーのに座右のめいが事なかれな担任教師から『ちょっとあの子の様子見てきてそれも定期的に』と言い渡されるのにはそれなりの理由がある訳だ。


「宿題やってんのか?」

「やってない子が言っても迫力はないね」

「否定はせんがね、会話の取っ掛かりだし。探さねえと続けられねえんだよな。ぶっちゃけ四ヶ月ぐらい『面倒』見てるけど、未だに惑歌の好きな食べ物も知らねえぐらいだし」

「話す事がないなら、お金の稼ぎ方でも教えようか?」

「それだよな。お前、全部一人で片づけるだけの財力持ってっから誰にも頼らねえ。だから歩み寄る必要を感じねえ。特に原因もねえのに『遊離』してんのってその辺じゃねえの?」

「と言われてもねえ。みんなと仲良くするためにとりあえず駅のゴミ箱に三〇〇億ほど放り捨ててみる? それとも、実は全く困っていないのに『コミュニケーション』で死ぬほど面倒くさい雑用を押しつけてみる? ちょっとそこの君、五〇億預けるから倍に増やしてきて、とか。まー真っ当な神経の高校生なら精神病院にかつぎ込まれるね」

「だよねー」


 適当に受け流した。

 残念ながら俺の役目はまどの話し相手であって、根本的に彼女のかかえている問題をまるっと解決する事じゃねえ。そこまでやってられるか。クラス委員に時給は発生しないのだ。


「そういや、さっきからスーツの連中があっちこっち歩いてるけど、あれ何? お前また何かのサービス雇ったの?」

「私じゃないよ。まだお世話になるほど生きてないし」

「?」

「遺産相続エージェント」


 惑歌は細い人差し指を軽く振って、


「この『サナトリウム』が、実際の機能よりふん作りを重視しているのは知ってるよね。やってくるのは私みたいな健康マニアか、薄汚れた都市部でくたびれるほど荒稼ぎして人生の最後だけでもキレイな大自然の中で安らかにきたいってご老人ぐらいかな」

「……なんとかエージェントってのは?」

「さあね。事情は色々あるんじゃない。例えば、家族に遺産を渡したくないとか。妻より愛人に渡したいとか。息子には一円も渡したくないけど孫には全額託したいとか」


 何とも言えない顔になっているであろう俺を真正面からのぞき込み、悪戯いたずら好きのようなひとみで惑歌は続ける。

 金の話になるとき活きする女だな。


「そもそもご家族の元を離れて『サナトリウム』へやってくるような『事情』は全員にある訳だしね。遺産相続エージェントみたいなビジネスが横行するのも無理はないって事」

「オカネモチは大変だね……」


 思わずつぶやく。インテリビレッジに住んでいる時点で俺も含まれるかもしれねえが、実際にもらっている小遣いが人並なのでそんな実感はとてもかん。


「これでもずいぶんマシな方だと思うけどね」


 惑歌はニヤリと笑って、


「少し前なんて、特定の病室に入った者は必ず死ぬなんて話が持ち上がってさ。とある富豪のおじいちゃんを『それはそれは熱心に』放り込もうとしていたご家族なんかもいたぐらいだよ」

「……マジで?」

「まじまじ。ようかいがらみの『パッケージ』かなともちょっと思ったんだけど、どうも何も出てこなかったって事は違うみたいだね。あるいは、アセンブルが完了しなかっただけかもしれないけど」


 いやな単語が出てきた。

 思わずげんなりしながら、俺はこう答える。


「きなくさい話なら、クラス委員のポジションに見合う範囲で頼むぜ……」

「何言っているんだ。君が面白い話を持ってこなかった以上、こうなったら君の悲劇で笑うしかないじゃないの。だからついでに教えてあげるね」

「みゃーみゃー!! 聞っこえなーい!!」

「……さっき道中で季節外れの雪女に遭ったって言ってたけど。多分それ、相当ヤバいね。しかしまあ、ようかいっていうのはテレビのスピリチュアル特番とかの取材陣がやってくるとみんな隠れちゃうくせに、何でまた一番まずい時に一番ヤバいタイミングになるとひょっこり顔を出すんだろうね」

「俺に聞かれても!?」

「なんか妖怪だけにしか分からないにおいでもあるのかね。君の実家でお酒作っているのとなんか関係あったりする?」

「オヤジはあのしきわらしを唯一ぶるぶるさせる恐怖の大王扱いだし、さんは逆におちょくられまくる事で有名だぞ」

「でも遭遇率の高さはやっぱり共通なんだよね? 今回の雪女みたいな、遭わなくても良いっていうかここで遭ったら絶対にまずいヤツと」


 楽しそうに楽しそうに。

 まるで俺のげんなりと反比例するかのように、まどは顔を輝かせながらこう付け足した。


「きな臭さで言ったら、さっきの話なんて残り程度のもんだよ。そっちの雪女に比べたらね。とはいっても、もう遭っちゃった以上は私が何言ったところで君はもう巻き込まれていると思うけどね」