インテリビレッジの座敷童

第一章 陣内忍の場合 ③

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 そして寝転がった赤い浴衣ゆかたしきわらしは畳の上に置いてあったノートパソコンをパカリと開き、動画共有サイトへアクセスを始めた。


「ハイハイきな臭い方向へ転がって命をねらわれる羽目になったんだね。じゃー私にはもう出番ないや。ふっ、ふおおおおおお!! パンダ動画ァァああああああああ!!」

「薄情にもほどがある!!」「だから私に妖怪バトルとか期待されてもねえ。キホンわらしだよ? しちにんみさきとかひやつこうみたいに『出会っただけでのろいをばらかれて皆殺し』とかいうトンデモバトル機能はないのよ?」

「だからって、もっと、こう、協力の仕方にも色々あんだろーが! つかそのゲーム機もパソコンも俺のだからね! 妖怪にプロバイダ契約とかできねえんだから俺が死んだら動画共有サイトもお預けになるぞ!!」

「ちえー」


 本当にその部分のみ不満といった調子で、アダルティしきわらしはモコモコ動くパンダ動画から顔をこっちに向ける。


ようかい相手に交渉術とか。ずいぶんとスレた子に育ってしまって残念よ。昔はあんなに素直でひとみもキラキラしていたのに」

「……色々行き詰まると年季でごまかそうとするくせやめようぜ」

「毎日お風呂に入れてあげていた頃や、プールの更衣室で着替えを手伝ってあげていた頃が一番可愛かわいらしかったかな」

「だからやめようぜ!! 年季関係で人間に勝ち目はねえんだからさ!!」

「迷子になるのが怖いのか、小さな手で終始私の水着をつかんでぐいぐい引っ張られたのは流石さすがにまいったかな。悪意がないのも考えものね」

「きゃあああああああああああああああああ!!」


 精神を内側からガッツンガッツン削り取る攻撃に、俺は思わずぜつきようする。

 何しろじいちゃんが生まれる前からこのグラマラスボディのままなのだ。今になって思い出すとづらが結構キワどかったりするんだよっ!!


「でー何だっけ? 本当に命をねらわれているんだったかしら?」

「残念な事に」

「何でまた?」


 座敷童は寝転がり、乱れたすそから真っ白な足をさらけ出しながら、そんな質問をしてくる。


「大都会ならともかく、妖怪と遭遇なんてインテリビレッジに住んでいれば珍しくないでしょ。ましてしのぶの人生なら。前に遠出して海水浴に行った時も人魚にラブレターもらっていたよね」

「……その後、海の底まで引きずり込まれそうになったがな」

「そもそも雪女相手に取り殺されるようなしたの? 結婚した挙句、昔雪女に見逃してもらった事を言っちゃったとか」

「いやね」


 俺は首をぶんぶんと横に振って、


「そうじゃなくてね」


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 流石さすがまどにそこまで言われた直後なら、警戒だってするってもんだ。


『サナトリウム』から帰る道すがら、バス代ケチって下りの山道をてくてくと歩く。木々がしげって影になるせいか、この辺りにはひまわりみたいに角度を変えるソーラーパネルなどは立っていない。代わりに道路わきには細い水路が走っていて、一リットル三〇〇円の天然水を利用した小規模水力発電の水車がいくつも並べられている。これにしたって、大量の落ち葉で水路が詰まらないように、形状や幅などは流体力学的に徹底して計算されたものなんだろう。

 で。

 警戒していようが何だろうが、曲がりくねった山道が一本道である以上は途中の急カーブの近くにあるバス停に差し掛かるのは当然であり、行きの時に見かけた雪女が同じようにたたずんでいたら帰りも遭遇してしまうのは自明の理なのだった!!


「……俺ホンモノの鹿だ……」

「また会いましたね、うふふ……。これって運命なのかしら。どうです、私とちょっと結婚してみます……?」


 見た目は一三歳前後。真っ白な、死に装束と間違いかねない色彩の着物に薄い青の長い髪。『意図的に古くさくした』バス停のベンチはペキペキと奇怪なラップ音を発していた。凍りついているのか、プラスチックの材質に変化があるのか。


「……雪ん子じゃなくて?」

「雪女です。美人ようかいの代表格である雪女。死ぬほど美しいこの私を雪遊びマニアのガキんちょといつしよにしないでください。そして結婚しましょう」

「全体的に、どっかの巨乳しきわらしと取り替えっこするべきスタイルの雪女だなこのぺったんこめ」


 言いながらも、俺は頭の片隅で警告ランプが点くのを自覚する。ゆえに、おしゃべりしていてもどこか相手をふところから遠ざける温度差が生じる。

 雪女って言ったら致命誘発体じゃねえか。

 うちの座敷童と違って、『種族の特徴として人を殺しかねない要因を備えた』妖怪。座敷童が夜中に人様の布団にもぐり込んだりまたがったりしてくるのと同じく、雪女は『そういうもんだから』という理由で人を死なせかねない妖怪だ。

 率直に言って、無責任な飼い主に捨てられるどうもうペットよりは危険な相手だぜ。

 頭の中で、いくつかの『条件』を整理する。

 雪女の話は、妖怪たんというより絵本とか昔話レベルで聞いた事がある人も多いんじゃねえか。実際、俺もその程度の知識しかねえけど。

 冬の雪山で遭難した男達の内、雪女は老いた者を殺す。若い者は見逃してもらうが、誰にもこの事を話してはならないと約束させられる。のちに男はある女性と結婚し、ついうっかり雪女との事を話してしまうが、実はその女性というのが雪女で……という流れだ。

 ストレートに話を追うと、雪女は気まぐれに見えるが、もしも、最初から若い男と結婚するつもりだったとすると、相当周到に思える。話の中には明暗いくつもの約束が登場し、例えば、化けた女が現れる前に若い男が他の女と結婚してしまったら、雪女はきばをむいていたかもしれない。

 昔話に教訓が含まれるとすれば、雪女が冬山の恐ろしさを象徴する存在で、結婚の約束は適切な登山知識じゃねえかって説もある。正しい知識があれば山はそうごんな景色を楽しませてくれるが、おろそかにするときばをむかれるぞ、と。

 だが、今はそんな都会育ちで生のようかいを見た事がない学者さんが提唱する講釈を垂れている場合じゃねえ。

 問題なのは、冬山の恐ろしさを象徴するような存在が、俺の目の前でのんびりベンチに座っている事だ。当然、『条件』次第では即座に牙をむかれかねない位置で。

 ここが危険域。

 うっかり地雷をんでしまわないようにするためには、そもそも約束を交わさねえ事が重要かな。『目撃したら死ぬ』ような連中と比べれば、まだマシな方とも言える。


「……つーか、何で真夏の炎天下に雪女な訳?」

「教えてあげたら結婚を約束してくださいます?」

「しないしない。つーか早いよ。まだ見た事言わないの段階ですらねえし」


 ていうかこいつの『結婚』は多分攻撃するためのトリガーってだけだろうし。一定の条件がそろった人間にはとりあえず『結婚』と言い出して、しようだくした者を片っ端から約束でがんがらめめにして凍死させる。そんなのに取り合ってられん。結婚軽過ぎ。なんかふわふわしてる。

 すると、ちびっこ雪女はうらみがましい目つきになって、


「……ここで約束してくれないと死なせます……」

「げっ!? 二段構えか!?」


 無茶ぶりを約束しないと殺されて、約束したらしたで雁字搦めにされて殺される? ほとんど最悪レベルの特性じゃねえか!!


「み、未成年ですので……」

「……それは人間ルールでしょう。妖怪ルールに従えば口約束でオーケーです。さあ今すぐ結婚を。結婚なう」

「人間側が良いな!! ていうか本場の雪原に放り出されたら一日もたない!!」

「では日本国憲法で結婚可能年齢になったら即座に結婚するという方向で」

「残念! そもそも日本国憲法では人間と妖怪の結婚は認められていないから永遠に無理だ!」


 何となく慣習で人間っぽい扱いを受けている妖怪だけど、実際には法的根拠は何もないからね。携帯電話の契約すらできねえんだし。

 すると雪女は首を小さくかしげた後に、


「……つまり何かしらの理由で日本国憲法が改憲された場合にはその限りではない、と。ふふふふふふふ」


 げっ。まずいな。すぐに法律変わるとは思えねえけど、五〇年後ぐらいにある日突然『約束破ったな』とせまられんのも怖い。こいつら一〇〇〇年経っても余裕で見た目は変わらないそうだし、可能性としてない話じゃねえし。