インテリビレッジの座敷童

第一章 陣内忍の場合 ④

「名前も知らないヤツと結婚の相談はできねえな」

「58902385Ra4号です」


 やべっ、こいつマジだ。今時誰も使わねえ国家登録で名乗りやがった!?


「で、でも弱点の一つも教えてくれないヤツと結婚の相談はできねえな」

「苦手なものはセミとコンクリートダムです」

らえみんみんボンバー!!」

「にゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 とっさに近くの木にとまっていたセミを投げつけると、雪女はバス停のベンチから転がり落ちて走り去ってしまった。顔は良く見えなかったが泣きべそかいていたような……?

 んー。

 鹿で助かった。

 今の流れはようかいっちゅーか悪魔の退治方法なんだけどね。

 ともあれ、一つも約束をしないで済んだのは何よりだ。


「……でも雪女がセミ苦手なんて話あったっけか。種族じゃなくて個体の弱点か……?」


 首をかしげながらも、俺はひとまず山道を下る事にする。

 まどのヤツに警告されていた当初の危機も去った訳だし、油断していたと言えば否定はできねえ。

 だがこれは、警戒を続けていたとして回避できただろうか。


 直後。

 いきなり見知らぬ誰かから、りようじゆうで胸をち抜かれた。


    5


 真っ赤な浴衣ゆかたしきわらしは、寝っ転がってつややかな黒髪を畳の上に広げながら、つまらなさげな表情でこうつぶやいた。


「はいダウトー。ホントに撃ち抜かれていたらここまで帰ってこられていないよね」

「いやおおに言ったのは認めるよ。流石さすがに心臓ぶち抜かれた訳じゃねえ」

「見た目によらず勉強はできる子なんだから、鹿な言い回しはしないように」


 おかげでついたあだ名はインテリヤクザですけどね。

 というか、


「馬鹿だ何だとグータラようかいに言われる筋合いはねえ。そういうアンタだって言葉のはしばしから妖怪らしさが消えてんぞ。文明開化前から生きていたっつー年季とがんちくに富んだお言葉をいただけませんかねネットライブの配信時期を毎日チェックするとかじゃなくて!」

「ほほう。妖怪の出現ひんかかわるXの乱数幅について議論してみる?」

「二一世紀の難題十指を持ち出しやがって……!! つーかそれ妖怪自身のアンタにとって有利過ぎねえか!?」

「妖怪だから妖怪の事は何でも分かると? 甘いねえ。じゃあしのぶは、人間の男女がいつどこでどうやって決まるか、その遺伝的発現乱数幅について正しい解答を導き出せるかな」

「ぬう……」

「分からないものは分からないものよ。ただ生きているだけではね。そして学者でもない私やしのぶは、自分が生まれた理由、ここにある訳なんて知らなくたって生きていける」


 座敷童はうっすらと笑いながら言う。


「年季や含蓄にだってそれほど高尚な価値はない。それが難しく聞こえるのは、現代語との間にがあるから理解するのに時間がかかるというだけ。何しろ含蓄というのは本来いつでもそこにあるものに過ぎないんだから。同じ言葉を現代語で語ればただのあるあるネタになる。それを無理に堅苦しく語る事に何の価値があると思う?」


 もー。

 ここらで白旗挙げとかないと話が先に進まないふんだぞ。


「……話を元に戻して良いっすか?」

「もうちょっと脱線したい気分かな」

「このしきわらしメンドクセエ!!」

「そうね。そうそう。座敷童という呼称に異議を申し立てておこうかな。せっかく個体の名称をつけているのに誰にも使われないのもみようだし。いつまでも減らない名刺の束をかかえている気分になるの」


 会社勤めなんてした事もないくせに分かったような口を利かないように。


「数字なんけたでしたっけ?」

「国が決めた書類上の数列じゃないの。私にはゆかりという個体の名前があるのをお忘れかな?」

「……あったっけ? まぁ覚えてなくても座敷童で通じるし」

「私の右と左に別の座敷童が立った時はどうするの」

「グータラ座敷童、もしくはインドアようかいで話は通じる」

「……、」


 真っ赤な浴衣ゆかたの似合う黒髪の座敷童はんだままわずかにだまると、


 とうとつに、人様の右の乳首をきゅっとまみ上げてきた。


「きゃっ、きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 びくびくびくびくーっ!! と全身に震えが走る。

 な、なん……未知の扉が開きかかってる、だと!?


「……人の名前ってやっぱり重要よね?」

「ちょう、待っ……あひゃねるびるびょうるひねらないでー!!」

「よね?」

「おっふ、おっふ!! その通りでございます縁サマ!!」


 よろしい、と良く分からない許可をもらって肉体の突起からようやく指を離してもらう。俺はぜーぜーはーはーと荒い息をきながら、


「も、もう、もういいかげっ、いい加減に、本題に戻っても良いですか……?」

「まだ脱線……」

「良いですよね!! 戻っちゃうぜ!! バックバック!!」


 これ以上この座敷童に主導権を握られたらどこへ進んでいくか予測がつかねえ!! 俺はこう見えてチョイS希望なんだ! 真のなんたらはひよう一体だなんて領域まで極めるつもりはねえし、こうなったらここは強引にでもどうを修正するしかねえんだ!!


「は、はぁ……そんでどこまで話したっけ?」

「右と左では感度が」

「違う!! そうだりようじゆう! 猟銃でたれたんだ!!」


 猟銃で胸を撃たれたのはダウト。

 ただし、


「でも発砲されたのは事実なんだよ」

「誰に? 雪女に?」

「見知らぬ誰かっつったろ。人間。人間だよ撃ってきたの。わざわざ猟銃を使うとかさかしい事考えんのって人間だろ。明らかに刑法を意識してる」

「まーねえ。ブドウが一房三万円のインテリビレッジじゃ、カラスやいのししなんかに対するがいじゆうじよなんて日常茶飯事だし。確かに、猟銃の銃声なんか村中に響いたって誰も危険な事件だなんて思わないよね」


 これだから田舎いなか怖い。

 普通銃声が鳴り響いた時点で事件だろうが。ここは普通がちょっとおかしい。銃持ってウロウロしてる人間を見ても誰も驚かねえとか、この村は本当に日本か。


「で、結局何だったの。バラバラ死体でもめに来た中国マフィアを目撃したとか?」

「連中はこんな整備された自然に埋めようとはしねえだろ」

「じゃあどこのどなたが?」


 しきわらしたずねられ、俺は一度大きく息をいた。

 それから答える。



    6


 猟銃の発砲音がさくれつした直後、俺もやっぱり『どこかで害獣駆除でもしているのかな』と思った。耳がつんざくほどの爆音、つまり『近い』のだが、そもそもここは山の中だ。猟師が仕事をしていてもおかしくはねえ。

 違和感を覚えた理由はじゆうせい以外にある。

 一つ目。

 真後ろ、山道の上り方向から電気自動車が走ってきた事。それ自体はエコと健康ブームのごんであるインテリビレッジでは珍しくもねえが、視覚障害者向けに『わざと鳴らしている』エンジンSEの機能をカットし、無音でせまってくるのは流石さすがに異常だ。

 二つ目。

 その電気自動車の後部座席の窓が開き、身を乗り出したスーツの男が猟銃を構えていた事。がいじゆうじよを行う猟師が車からつなんて話は聞いた試しがねえし、害獣駆除に従事する人間はスーツなんて着ねえ。山歩き用のかつこうに、上からオレンジなど派手な色のベストを羽織るのは必須だ。なら、同業者から熊か何かと勘違いされて撃たれる危険があるからである。

 三つ目。