隣のゴリラに恋してる
一・隣の席にはゴリラがいる ③
「分かってます。あると思っていたら背中じゃなくて顔を打ち抜いてました」
打ち抜くって。超怖ぇ。ゴリラの一撃を顔面に食らったら首がもげそうなんですけど。
本当はゴリラじゃなくて人間の女の子だけど、さっきの威力は正にゴリラパワーといった具合で、男でもなかなか出せない一撃だった。バレー部凄い。
「くっ……新たな可能性を示したつもりが、まさかこんなことになるなんて……おかしいな、ギャルゲーの選択肢ならまず外さないのに」
「二次元と一緒にしないでください。現実は過酷なんです」
ピシャリと言い切られた。その通りだとは思うけど、俺の目に映るのはゴリラなので、全然説得力がねぇ……
「現実は意外と摩訶不思議なんだぞ、ごっさん。ゲーム以上にバグだらけなんだ。まあ……これ以上は、今のお前には届かない、か……」
「唐突な訳知り風の語り、イラッとします。もう一発ぶち込んでいいですか?」
「ノー、ノー」
海外のコメディ映画に出てきそうな感じで大袈裟に両手を振って断ると、心なしかゴリラが舌打ちしたげな表情に見えた。麗しのゴリラ令嬢かおしとやかな優等生ゴリラみたいな喋り方をするごっさんだけど、攻撃射程内でぼんやりしていると危険だ。
……と、暴力反対の構えからお前の攻撃など通じんの構えに移行していると、不意に授業開始を告げるチャイムが聞こえてきて、思わず俺はごっさんと顔を見合わせた。
「やっべ、全然出題範囲のチェックしてねぇ! つーか教科書、まだロッカーに……!」
「……時間を無駄にしてしまいました。もう復習は……やっぱり殴らせて貰えません?」
「ストレスを俺で解消するのは止めとこう! 暴力じゃ成績は良くならないぜ!」
「スッキリしたら少しは頭の巡りが良くなるかもしれないじゃないですか。だから――あっ、こらっ、逃げないでくださいっ」
ごっさんの声を振り切り、俺はそそくさと教室の後ろに設置してある生徒用ロッカーへと向かう。ゴリラパワーを思わせる強烈な張り手を食らったら、今度こそ泣くかもしれん。
しかしごっさんに叩かれなくても小テストの結果次第では泣く羽目になるので、俺は少しでも足掻こうと急いでロッカーから教科書を取り出して復習を――と思って振り向いたら、プリントを抱えたハクビシンが教室に入ってくるのが見えてしまった。
「はいはーい、プリント配るよー。教科書とノートは机の中に仕舞ってねー」
「………………終わった」
まだ始まってもいない小テストの結果を予感して、俺は肩を落として自分の席に戻った。
イスに座る前にチラリと横を見ると、同じタイミングでこっちを見たごっさんと目が合う。
『自業自得です』と言わんばかりにそっぽを向くゴリラに返す言葉もなく、俺は深々とため息を吐いた。