隣のゴリラに恋してる

二・ゴリラさんとの出会いからこれまで ②

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 さして高くもない自分の学力で受かる中で、家からギリ自転車で通える距離にある高校を受験してどうにか第一志望の私立千羽鶴学院というなんかやたらと折り紙の消費が激しそうな高校に入学した俺は、真新しい学ランに身を包んで校舎内を歩いていた。

 入学式は一度教室で集まってからクラス毎に移動する運びらしい。なので緊張気味に背筋を伸ばした連中に、高校デビューなのか明らかに脱色しすぎでそわそわしている男子、同じ中学出身なのか早くも廊下でキャイキャイ高い声で話し込むアニマルズなどとすれ違いながら自分の教室へ向かった。

 普通科一年の教室は本校舎の三階で、俺が所属するのは八クラスある中のB組。階段から二番目の教室だから遅刻しそうな朝に有利だぜひゃっほうと思っていたら、奥からABCと並んでいるという事実に早速挫けそうになった。でも購買にはむしろ近いみたいなので、朝は不利、昼は有利だ。ぶっちゃけ遅刻より昼飯争奪戦の方が重要だし、喜ぶべきかもだな。

 そんなことを考えながら開いたままの入り口から教室に入ると、まだ集合時間には早いのに既に半数は来ているみたいだった。黒板には在校生がしてくれたらしい花飾りと『入学おめでとう!』の字が、でかでかと。意外と嬉しいなー、こういうの。

 そして黒板にはもう一つ、何やら紙が張られていた。近付いてみると、そこには教室の図があって、並んでいる机らしき四角の中に数字が書かれている。数字は、あれか。出席番号か。

 予め知らされていた俺の出席番号は六番。クラスの人数は三十五人で男女はほぼ半々で、男子は十八人。席は男女別に六席六列。

 ……つまり、一番後ろの窓側席! なんという当たり席! これは勝ち組ですわ。

 もし五席七列体制なら最前列になりかねなかったので実は冷や冷やしていたから、これは嬉しい。マジでテンション上がる。

 俺はウッキウキで自分の席に向かい窓側の最後尾席に辿り着くと、机には丁寧なことに『6・斎木』とテープで貼られていた。うん、間違いなく特等席だ。

 右隣の女子列の席は、まだ来ていないようで空いている。机には…………『強羅』……うーん……きょうら、かな? 随分と珍しい名字だ。字面のインパクトが凄いし格好いい。

 どんな女子か分からないが、とりあえず美人かどうかはどうでもいい。俺の目に映るのはどうせアニマルだし。なので話し易いタイプの子だと有り難いな、くらいの感覚だ。

 さて、最高の席から教室の中を見渡してみると、今のところ男子の中に知った顔はいない。女子はまるで分からん。珍しい動物ならまだしも、同種の動物なんて山ほどいる。毛並みとか顔つきとかで簡単に見分けがつくのはそういない。

 しかもアニマルさんは髪型や化粧が反映されないから余計に困る。アクセサリーや小物なら見えるし、付け爪なんて一発で見て分かるんだけど。中学時代は噂によると『学年で一番髪が長くて読モをやっているスタイル抜群の女子』が俺の目にはダックスフントに見えていた。長いの髪や手足じゃなくて胴じゃんか。事実とはまるで関係ないはずだが。

 クラスメートになった女子のことは覚えていく必要があるけど、俺のビジョンと実際の人物がどう違うかもちゃんと把握しなければ。うっかり変な発言で傷付けてしまいかねないから、注意しないと。しばらく時間が掛かるだろうな。

 にしても、特等席スタートとは幸先良いなー。もうずっと席替えがなけりゃいいのに……いや待てよ、冬だと窓側は寒いか。じゃあ冬は廊下側になれればベストかな。

 窓の向こうに目をやればこっちは裏門側で、ちょい離れた先に三階建ての横長の建物と古い校舎があった。学校案内に書いてあった部室棟と旧校舎か。

 運動部と一部の文化系部活が使っている部室棟はまだ新しい感じだが、旧校舎はマジで古臭い。流石に木造じゃないけど、あの黒ずみ方は歴史を感じさせる。今でも使われているらしいから、中はちゃんと掃除されている……と思いたい。

 千羽鶴学院はそこそこ大きくて歴史もあるからか、部活動も充実しているらしい。今日は入学式で他の学年は授業がないと思うけど、それでも野球部や吹奏楽部っぽい人とすれ違ったし、グラウンドから練習する声も聞こえてきた。朝から頑張っている人達がたくさんいる。


「部活かー……俺もなんか入るかなー……」


 呟きながら部室棟を出入りする上級生を見ていると、不意に後ろに気配を感じた。横を向いているので、つまり隣の席だ。

 イスを引いて座る音も聞こえてきたから間違いない、隣の女子がご到着したらしい。

 よし。少なくとも一年は同じ教室で過ごす訳だし、ここは一つ俺から挨拶しておこうか。

 そう思って、俺は爽やかフレンドリーな笑顔を作って振り向く。

 ――そこに、ゴリラがいた。


「ゴリラっ……!?」


 驚きのあまり思わず声に出してしまい、慌てて手で口を塞ぐ。大声ではなかったけど、まあまあの声だった。

 聞こえていなければ幸い…………ってのは、うん、無理だね。ゴリラさん、すっげぇこっち見てる。セーラー服を着たゴリラが俺を見てるよ。

 にしても……今までゴリラな女性はあんまり見たことなかったし、こんな至近距離は間違いなく初めてだけど……ゴリラのインパクト、凄いな……

 短めの体毛は褪せた黒というか茶系にも青みがかっても見えて、肌の色もそれに近い。真っ黒じゃないって知らんかった。グレーな部分もあるし。

 座っているから身長は分からないが、頭は人間より一回り以上大きくて、がっしりしている。動物園で遠目からしか見たことないけど、こんな強そうなのか……しかも目鼻立ちはなんかキリッとしていてイケメン風だ。

 まあ、女子だからメスゴリラだけども。頭にリボンの付いた黄色い髪飾りもしてるし。


「……………………」


 そしてそのメスゴリラさんから、強烈な視線が突き刺さっていた。

 厳めしい目つきで無言の圧力。敵意をビシビシ感じる。

 ヤバい、第一印象最悪だ。そりゃそうだ、女子にゴリラて。実際の顔は分からないけど、もしニアピンでそっち系に近い顔立ちだったらとんでもない暴言を吐いたことになるし。

 傷付けていたらどうしようとか誤魔化しの利く方法はないかとか頭の中でぐるぐる高速回転して動けなくなる俺に対し、じっとこっちを見据えていたゴリラさんが口を開いた。


「……あなた、どこかで会ったことありますか?」

「へっ? い、や、たぶんない……」


 唐突な質問に、反射的に首を振って答える。

 するとゴリラが眉を顰め…………顰めたのか、あれ? というか、あれ眉なのか? ゴリラだとなまじ人間に近いから逆に分かり難いな……!

 謝るタイミングは今でいいのか窺う俺に、隣のゴリラはこっちの机……たぶん出席番号と並んで書かれている名字を確認してから、


「……小学校や幼稚園は、こちらの地域の?」

「お、おう。地元っ子だ。引っ越しの経験はないな」

「…………塾や習い事などは?」


 え、なにこれ? アンケート攻め? でもこれ、『おうコラ、キリキリ素直に吐かんかい。あぁ?』って取り調べか尋問の雰囲気っぽいぞ?

 当然茶化す空気じゃないので、ここは素直に答えるしかないが……なんだろ、これ?