隣のゴリラに恋してる

二・ゴリラさんとの出会いからこれまで ④

 そんな訳で一方的に絡みつかれている呪いのせいで異性間コミュニケーションは特に難航するが、もうある程度は諦めている。最低限、クラスメートの名前と特徴は覚えて、あとは適当! ろくに絡んだことのない相手なら『ごめん、名前なんだっけ?』も許されるし。

 幸いにも男子に同中出身のがいたので、そこと話し掛け易そうな数人を切っ掛けにしてクラス内に友達は出来た。女子とも多少は話すが、まずは様子見しつつだ。

 とりあえず交流するクラスの女子は隣のゴリラさんだけなのだが、二週間も経って授業も一通り受けた頃にはいくつか分かってきたことがある。

 まず、ゴリラさんは背が高い。これは勿論、初日で気付いた。座っていると俺の方が少し高いかな、くらいの感じだったけど、入学式で体育館に向かう為に立ち上がると、明らかに俺より背が高かった。女子の中ではクラスで一番高いっぽい。

 次に気付いたのは、数日後。休み時間に他の男子とダベって席に戻ると、いつも通りゴリラさんは自分の席で本を読んでいた。スマホじゃなくて、文庫本だ。

 文学少女感を漂わせるゴリラ……知的ゴリラ……ベレー帽と眼鏡のセットを与えたい……

 まあそんな欲求はともかく、ゴリラさんはあまり女子同士の付き合いをしないというか、自分から話し掛けにいくタイプじゃないみたいだった。何人かの女子、たまに男子が近寄ってきて話し掛けると、ちゃんと受け答えはする。話が盛り上がっている感じはあんまりないけど、少なくとも孤立しそうなレベルじゃなくて、新入生の親睦を深める為のオリエンテーションの時もちゃんと誘われていた。むしろ俺がグループに入り損ねてピンチになった。

 そんなこんなでクラスメートの名前と顔と何の動物かが一致するようになってきた四月の半ば、遅刻ギリギリで教室に飛び込んだ俺は、隣人に軽く挨拶をしながら席に着いた。


「ごっさん、はよっす」

「おは………………………………え、私に言いました……?」


 険しく眉を寄せて見つめてきたゴリラさんが何かの間違いじゃないんかと言わんばかりに確認してくるので、席に着いた俺は走ったせいで汗ばむ顔に机の中に入れっぱなしだった下敷きでパタパタやりながら頷いた。


「そらそうよ。他にいないべさ」

「何故に田舎風の口調に……いえ、そんなことより、どうしてそんな呼び方を……?」

「や、ここ数日思ってたんよ。『強羅』って呼ぶの、ちょっち厳つすぎるなー、ってさ」

「……それはまあ、分かりますが」

「でさ、名前で呼ぶのは距離感詰めすぎじゃん? でもって、『ごっちゃん』というよりは『ごっさん』の方がしっくりくるから、熟慮の結果俺はこの呼び方を選んだ訳ですよ」

「………………」


 表情を変えず無言で見てくるゴリラの圧力はまあまあヤバい。この二週間で多少は慣れたけど、命の危機を感じさせる。だが、これは互いの為だ。敢えて空気は読まん。

 何しろ『強羅』と呼ぼうとする度に、つい『ゴリラ』と言いそうになってしまうんだから。

 だって視界には制服を着たゴリラよ? そこに『強羅』ってニアピンな名字よ? 『ご』と『ら』の間に『う』がくるよりも『り』がくる方が自然だろうよ?

 しかし相手は女子、それも過去にゴリラ扱いされたトラウマ持ちだ。うっかり言ってしまうのは絶対に避けたい。なので苦肉の策として、『ごっさん』と俺の中で定着させることでゴリラから離れようとした訳だ。名前の方を選ぶのは親密度的に厳しいし。

 女子にすれば『ごっさん』というのはちょっと遠慮したいあだ名かもしれないが、勘弁して貰いたい。いつうっかりゴリラ呼びしてしまうかどうかの瀬戸際なので。

 黄色い髪飾りを付けたゴリラさんは俺をじっと見据え、怒っているのか悩んでいるのか判断し辛い表情をしていたが、


「……まあ、お好きにどうぞ。さん付けしている辺りに多少の敬意を感じましたから」

「おお、そいつは良かった。これでも一番しっくりくるのにしたんだよ。やー、お気に召したようで何よりだ」

「気に入ってはいませんが。ちなみに、他の候補というのは?」

「ん? ああ、強羅の『ご』と里穂の『り』を取って『ゴリさん』とか、むしろ里穂の『ほ』を取って『ゴッホ』とか……」

「なるほど、よく分かりました――ムカついたので叩きます」

「え、待っ、あくまで落選候補で……ぁいでぇっ!?」


 言い訳する間もなく、ゴリラの左手がフルスイングで俺の右肩近くに命中した。

 何これ、マジで女の子の一撃なの? 大袈裟でなく声が出るくらいの痛さだよ? 見た目のインパクトに脳が勘違いした説もなくはないが、そこを差し引いてもこの痛みは本物だ。顔面に食らったらたぶん泣く。

 外見ゴリラなのは伊達じゃなかったのか……と、痛む箇所を手で擦りながら隣を見れば、強烈な一撃をかましてくれたとは思えない澄ました横顔のゴリラがいた。さっきの平手打ちが嘘みたいだが、ちゃんと音もしたのでクラスの半数以上がすわ何事かとこっちを向いている。

 皆の視線も俺のリアクションも全無視で授業の支度を始めたゴリラさんに、一応抗議の声を上げてみた。


「なぁ、ごっさん。知ってるか? 今どき、暴力系ヒロインは流行らないんだぞ?」

「別にヒロインじゃないですし、暴力も振るわないので関係ないです」

「…………んん? じゃあついさっき俺に食らわせたあれは?」

「私の心の痛みを具現化したものです。暴力とは一線を画してます」

「……暴力系じゃなくて暴言系ヒロインだったかー……」

「だからヒロインじゃないです。もう一発いきますよ?」


 これのどこが暴力系ヒロインじゃないというのか。まあ俺から見たら乱暴なゴリラなんだけど。荒ぶる野生に感じられる。

 でも…………まあ、そうか。ごっさんの言うことに一理あるな。


「確かに、ヒロイン扱いは良くなかったか。ごっさん、ヒロインよりヒーロー感あるし」

「……後学の為に訊きますけど、その違いは?」

「俺的には待ちより攻めるタイプ、って感じかなー。護られる側より護る側、相棒ポジより最初は敵で後に味方になるけど馴れ合いは嫌だって孤高を貫くお助けキャラ、みたいな?」

「……なるほど。全然分かりません」

「そっかー。まあ女子には難しいか……ん、ようやく痛みがマシになってきた」

「大袈裟すぎます。ちゃんと手加減したんですから」

「…………マジすか? え、あれで……!?」


 驚愕でしかない発言に目を丸くするが、ゴリラの不満げな一睨みが真実と告げている。冗談抜きで、激怒した妹のドロップキックを食らった時以上の痛みと衝撃だったんだけど。

 じゃあ全力だったら…………考えたくもないなぁ……!


「ごっさん、空手か何かやってたクチ?」

「何かの範囲が広すぎますけど、武道や格闘技の経験はないです。小学生の時、わんぱく相撲大会に出たことはありますが」

「へぇー、どうしてまた?」

「賞品につられたんです。小学生ですから」

「まあそんなもんだよなー。ちなみに結果は?」

「幸運にも優勝しました。おかげで欲しかったゲーム機が貰えて嬉しかったです」


 ゲーム機とな。それってかなり大きな大会だったんじゃなかろうか。んで、優勝……


「…………もう一つちなみに、中学の時は何部だったん?」

「テニス部です。軟式のですね」

「………………特に経験もなく相撲大会で優勝出来るポテンシャルの持ち主が、伸び盛りの時期にラケットを振り回して得たスイング力……もうそれ、凶器じゃん……」

「……やっぱりもう一発欲しいみたいですね?」