隣のゴリラに恋してる
二・ゴリラさんとの出会いからこれまで ⑥
けど、躍動感抜群のドリブルをするゴリラ……誰よりもパワフルにダンクを決めて雄叫びを上げるゴリラ…………ワンチャン、お金払ったらやってくれないか……?
俺が夢を諦めきれないでいると、ごっさんは顔を拭いていたタオルを首に掛け直して、
「バスケット部にも体験入部してみたんですけど、私には肌に合わない気がしたんです。シュートは難しいですし、ちょっと動くとファウルになってしまって」
「あー……バスケってちょっとしたことでファウルになるもんなぁ。でもほら、シュートは全部ダンクにしたらいいんじゃね?」
「そんな簡単に出来ません。ゴールの高さ、男子と変わらないんですよ?」
「うぇ、そうなん? いくらか低いと思ってたわ。じゃあ流石のごっさんでも無理か」
「リングに触れるくらいなら出来ますけど、上から入れるのは難しいです。助走も、ドリブルしながらだと全然でしたし」
なるほど、試しはしたのか。百八十センチ近くあるごっさんなら余裕のゴリラダンクかと思ったけど、試して駄目なら厳しいんだろう。
「バレー部かぁ。でもごっさんの格好、バレー部っぽくないよな?」
「そうですか? 先輩方も似たような格好ですよ?」
「え、マジで!? バレーってピチピチのユニフォームで、下は短パンかブルマってイメージなんだけど!」
「試合の時はともかく、練習では普通にジャージやハーフパンツです。あとそれ、セクハラになりますからね?」
「セクハラ……そういうもんなんか……正直、俺としては露出少ない方が好きだから、その意識なかったわ」
「その発言も十分にセクハラですけど……驚きました。斎木くん、変態だったんですね」
おおっと、真面目なゴリラフェイスでとんでもないこと言い出したよ。
「へいごっさん、俺のどこに変態要素があったよ? むしろ紳士と絶賛されるべきじゃね?」
「思春期男子なら四六時中異性の裸を夢想していてもおかしくないはずです。なのに着衣が好みだなんて、絶対に特殊性癖の持ち主に決まってます近付かないでください」
「そこまで言われるような変な性癖ないって! 俺はただの、夏服より冬服の方が好きなだけの男だ! 偏見が過ぎるぞごっさん!」
「私の兄も弟も親戚の人達も、声を揃えて『ワンピースタイプよりビキニ水着がいい』と言ってましたよ。逆の意見は女性陣だけでしたから、つまり斎木くんは少数派の変態……」
「単なる好みの話じゃんか! 肉が好きな人もいれば魚が好きな人もいるってだけで!」
「ふむ……そう言われると、確かに……」
多少は受け入れてくれたらしくて良かったが……建て前以上のことは言えんしなぁ。
俺の場合、露出している部分はアニマル化して見えてしまう。その場合は本来の体とは異なり、もうただの動物だ。なのでエロい意味で一番ぐっとくる格好は戦隊ヒーローが着ているような全身タイツって、それはそれで顔も覆ってるしどうなんだと言いたくなる感じになる。
「つーかごっさんは親戚とどんな会話してんのよ? むしろそっちの方がおかしいって」
「はい、おかしいですよ。なので、あれは曾お祖父さんの三回忌の席でしたが、男連中は全員天罰を受けました」
「………………天罰?」
「そうです」
もうちょいちゃんとした解説が欲しいところだったが、むしろ深掘りしない方がいい気もする。ごっさん、意外と凶暴だしな……それが血筋なら、他の親族と熱烈タッグで天罰という名の何かをしたのは確定的に明らか……うん、下手に突っつくと俺の身が危うそうだからやっぱり流そう。俺も大人の判断が出来るようになったもんだよ。
「ごっさんはもう部活終わりなん?」
「全体練習は終わりましたけど、上級生は個人練習をするそうなので、そこに交ざらせて貰います。どうやら先輩方に期待もされているみたいですし」
「その身長だもんなー。まあ頑張ってくれ。俺はもう帰るわ」
「斎木くんは自転車通学でしたっけ?」
「そそ、駐輪場が向こうだから、今度部活終わりに見物していくわ」
うちの学校は二ヶ所駐輪場があって、俺が主に使っているのは裏門側にある格技場横のだ。この位置からすると、体育館をぐるっと回り込んだ先になる。
「気を付けてくださいね。無関係な男子が覗いていると、バレーボールとバスケットボールとピンポン球が飛んできますよ」
「迎撃システムにしては過剰すぎん……?……まあピンポン球はどうでもよさげだけど」
「たまにラケットの方が飛んでくることもあるらしいですよ」
「それは普通に危ないな! まあいいや、冷やかす時は気を付けるわ」
「……来ない、とは言わないんですね」
「スポーツ見るの好きだしなー。ごっさんがスパイク空振るところとか見てみたいし」
「そうですね。うっかり斎木くんの顔面を叩いてしまうかもしれませんが、初心者にありがちなミスですから仕方ないです」
「まー、ミスなら仕方ないな。だが、ごっさん。一つだけ注文を付けよう」
「はい? 何に対してです?」
「やるならバレーボールをぶつけて来いよ! バレーで空振りが俺に当たるって、完全に俺目掛けて突進攻撃してるじゃんか!」
「……ふむ、一理あります。では渾身のサーブを顔面レシーブして貰う方針で」
「そうそう、それなら………………うん?」
納得の頷きをするも、何かがおかしい気がした。説得成功したはずなのに。根底から大きく間違えている、ような……?
「まあいっか。んじゃ、俺は帰るわ。またな、ごっさん」
「はい。車に気を付けて」
あれだけ暴力の匂いがする発言が多かったとは思えない心配りの利いた挨拶をして、ごっさんは体育館の方へと歩いていった。俺もそっちが最短ルートなんだけど、別れてすぐに追いかけるのも気まずいので、少しだけ遠回りして駐輪場へ向かう。
「にしても、ごっさんはバレー部か……」
適材適所、ってヤツなのかもだ。長身でも気弱でスポーツ苦手なタイプと違って、男子を叩けるくらいのファイティングスピリッツの持ち主だし。
ゴリラダンクが見られないのは残念だが、ゴリラがスパイクを決めるシーンもなかなかに迫力ありそうだ。想像するだけで楽しみになって、絶対一度は見学しようと決めた。
宙を舞うごっさんのイメージでにやけてしまったせいか途中すれ違った男子生徒に変な顔をされつつ、俺はわくわくしながら帰路に就いた。
◇ ◆
高校に入って初めての大型連休も終わり、五月も中盤に入ったある日の放課後。
俺は強い決意を胸に、帰り支度を整えているごっさんの正面に回り込んだ。
「ごっさん、折り入って頼みがあるんだけど」
「……もう既に嫌な予感しかしないですけど、何です?」
露骨に関わりたくないですと言わんばかりの反応をするゴリラさんに、俺は机に両手を着いて、頭突きする勢いで頭を下げる。
「この愚かな男にノートを貸しておくんなまし! 英語と世界史だけでいいんで、是非に!」
「……ちゃんと授業中にノートを取らなかった人に、我慢して起きていた私が貸してあげる理由とは?」
「そこを何とか、お願いしたい訳ですよ。勿論お礼はするし、コピーして五分で返すからさ」
「別に私じゃなくてもいいでしょう?」
「頼むだけならいけるけど、ちゃんとノート取ってるか分からんしさ。ごっさんみたく見易くてちゃんと仕上げてるノートがいいんだ!」
必死の懇願に、他のクラスメートが奇異の視線を送ってくるのが分かる。だがそんなの構っていられない。テストと期末の成績は俺の小遣いに響くから、マジで死活問題だ。
正面からの長い沈黙と推し量るような視線が俺を刺す。プラスでゴリラの存在感。それでも両手を合わせ頼み込む姿勢を崩さない。