隣のゴリラに恋してる
三・悩みの相談は相手を選ぼう ⑥
問答無用とはこのことか。手を引っ張って校舎の中へと連れ込まれ、靴下のまま廊下を早歩きさせられる。
俺的には猫の手がパシッと当たってるだけなのに、感触は完全にホールドされているから変な感じだ。あと、勢いの割に力はそうでもない。やっぱり女の子だから……まあごっさんみたいな例外もいるけど。
ともあれ、俺を連行するトラ先輩は、各学年の教室がある階上へは上がらず、そのまま一階を進んでいき、誰にも声を掛けられないまま普段はあまり使われない校舎端まで連れられた。
そこでようやく手を離してくれたが、代わりに肉球のついた手は俺の胸座を掴み、猫特有の瞳は至近距離から鋭く睨み上げてくる。
「――さっきのは、どういうことだ?」
「えーっと…………どういう、とは?」
「目と耳には自信がある。さっきボクを女呼ばわりした一年は、キミのはずだぞ」
あ、やっぱり聞かれてたのか。そしてこの対応。つまり訳あり確定、と。
そこまでは想定内として……じゃあどうしよう? すっとぼけるべきか、適当に嘘を吐くか。正直に言ったところでどうせ信じて貰えないから、それはそれで構わない気もする。
俺よりかなり背が低い上に顔は猫で、掴まれていても別に痛くはないから、その気になれば強引に外して逃げることも可能だろうが……そうしたところで同じ学校に通っている以上、意味はないよなぁ。
……よし。なんかもう分かんないから、とりあえず正直に答えつつ相手の出方次第にしよう。たぶんどうにかなる、うん。
「あー、はい、そうっす。センパイが女みたいに見えたんで」
「っ……どこがなんだ? ボクはどこからどう見ても男だろう?」
「や、どう見てもと言われても、それはちょっと……」
アニマルだから女だと判断しただけだしなぁ。体型は……女子っぽい凹凸はあんまないから、そっちじゃ判断出来ないし。
ここで『猫に見えます』と言ったら怒って殴られそうな気がするし、どうしたもんかと迷っていると、
「――正直に言うんだ。怒らないから。遺恨は残さないと約束する」
……『怒らないから』で白状して本当に怒られないことってあるんかな? つーかそもそも怒られる方が理不尽だけども。
今にも飛びかかってきそうな雰囲気で言われても説得力は皆無だが、追い詰められているような必死さは痛い程伝わってくる。
これで『女とバレたなら殺すしかない』みたいな展開になったらマジで俺の人生クソゲー確定なんだが。バッドエンドフラグが多すぎるんよ。
「言えっ、言うんだ! この距離で、キミはボクがどう見えるっ!?」
「う…………それは、その……なんと言いますか……」
「ええい、ハッキリしろ! これでも女に見えると言うのかっ!?」
「………………や、女に見えるというか…………」
「――男に見えるのか?」
それまでの熱が一瞬で冷めたような、諦めに似た声音。
意外すぎる反応に唖然とした俺は、つい口走ってしまっていた。
「いや、男には見えない……か、な?」
「っ、何なんだその中途半端な答えは!」
「あー、や、その、なんだ。男というか女というか……」
「いうか!? つまり、どうなんだっ!?」
「その………………猫に見える」
「ねっ………………………………ね、こ? にゃんこのことか?」
やたら可愛い言い方で呆気に取られるトラ先輩に、俺は重く深く頷いてみせる。
と、瞬時にくわっと尖った歯を剥き出しにして、
「どういう誤魔化し方なんだっ!? 男でも女でもなく、猫とはっ」
「いや怒るのはご尤もだと俺も思うけど、マジで! 猫! 茶虎の猫に見えてんの! 呪いのせいで!」
今にも引っ掻くか噛みつくかされそうだったので慌てて弁明するけど、これ弁明になってるんかな? 火に油を注ぐって言う方が正しくない?
当然、トラ先輩は激昂して暴れまくる…………と、思いきや。
何故か俺を絞め殺さんばかりに手に力を込めたまま、フリーズしていた。
目を白黒させるとは言うが、トラ先輩の場合、キャッツアイの瞳孔が細くなったり大きくまん丸になったりと異様な反応をし、
「まさか…………キミも、なの?」
掠れた声で紡がれた言葉に、今度は俺が驚愕する番だった。
――トラ先輩の身の上に何か特別な事情があるのかもと思ったのに、その可能性は無意識に選択肢から除外していた。
そんなことまずないだろう、俺がそうだからって、普通なら有り得ないことだと。魔法で女から男になったと言われてもある程度信じたが、実例があっても今まで同類に会ったことはなかったから、自分が激レアなケースだと思い込んでいた。
だが……今の口振りと、自分と橋本達との認識の違いが指し示すことは、つまり……
「――先輩も、呪われてるのか……?」
常人なら鼻で笑うか怪訝な顔で『ハァ?』と返してきそうなとんでもワードに対し、トラ先輩は無言の頷きで応えた。