隣のゴリラに恋してる

四・呪われた猫先輩 ④

「…………ゴリラ…………あの、動物園やジャングルにいる……?」

「…………そ、そのゴリラで間違いないかと……」

「………………………………筋肉毛むくじゃら超濃厚フェイスが好きなの?」

「全っ然好みじゃねぇよ! 俺は正統派の可愛い系美少女や音大通ってそうなお姉さんがタイプです! ゲームだと真っ先に巨乳で甘えさせてくれるキャラから攻略するし!」

「変な情報を叫ばないでよっ! じゃあ何故ゴリラを好きになっているのよ!?」

「知らねぇよなんかいつの間にか気になってたんだよっ。俺だってゴリラはないと思うわ!」

「うぐぐ……じゃあキミは、あれね。そのゴリラ女子とキスを――」

「考えたくないから止めてくんないかなぁ! ヤだよゴリラとキスなんて! 迫るどころか逃げずにいられる自信がねぇよ!」


 自分でも何を叫んでいるのかもう分からないけど、魂から出た本音をトラ先輩とぶつけたやり取りは、他のカラオケルームに負けないくらいの大音量になり。

 最終的には売り言葉に買い言葉で俺が口にした「ゴリラも猫も大差ねぇし!」の一言が切っ掛けでブチ切れたトラ先輩による備品タンバリンでの殴打事件が起こり、その日の会合はお開きとなった。


◇                       ◆


 トラ先輩とは駅前で別れ、チャリを走らせて家に戻った俺は、家族で夕飯を食う間も半裸のカピバラな妹と一緒にゲームをする間も、今日の出来事をずっと考えていた。

 ――まさか、自分以外に呪われた人間と出会うとは思いもしなかった。それも俺と同じく、先祖が呪われたのが継承される形で。おまけに呪った張本人も同一人物ときた。

 もしかしたら、他にも呪いの被害者はいるのかもしれない。おのれ饅頭太、迷惑を掛けまくって。ふざけているのは名前だけにしとけよ。

 部屋に一人になってからも、イライラというかムカムカというか、どうにも消化出来ないで胃もたれしてるみたいな感覚を抱えてベッドにゴロゴロしていた。


「はー…………全部呪いのせいだ、が……」


 ――解く方法が実際に見つかるなんて、正直思っていなかった。

 まあ正確には俺もトラ先輩と同じ方法で呪いが解けるなんて保証はないし、トラ先輩の方も確かじゃない。けど、ないよりはずっとマシだ。このまま二十年も三十年も待つしかないよりは億倍いい。


「…………問題は、なー…………キスかぁ………………いやそれ以前に、相手に好きになって貰わんといけない、かぁ……」


 呟きながら俺の脳裏に過るのは、セーラー服を着たゴリラだ。

 俺がごっさんを好きかどうかも不明なままだし、そうだとして俺を好きになって貰わなきゃならないし、最後にキスをしなきゃ駄目という過酷な試練が待ち受けている。

 そういう意味だと、出会ったばかりのトラ先輩と意識して恋愛関係になる方がいけそうな気がする、か。俺も向こうも協力態勢だから、少なくとも最後のキスはクリア出来る。

 問題は互いに好きになれるかだが……短時間だけど話した感じ、嫌いじゃない。男っぽい性格がいいとかじゃなくて、友達感覚で付き合える方が合ってる。

 その意味で、トラ先輩は結構いい感じだった。一人称がボクだし語尾がちょい変だけど。タンバリンで殴られもしたけど。


「どうしたもんかなー…………んー…………考えても、あれか……」


 ベッドにゴロゴロしながらあーだこーだと唸っても、まるで正解ルートが見えてこない。

 ……よし、一人で悩んでも仕方ない。報告がてら相談しよう。

 そうと決めたらすぐにスマホを手に取り、ジョー伯父さんに連絡を取る。幸いにもすぐに電話が繋がったので、俺はトラ先輩と出会ったことや呪いの件を話し、伯父さんに『好きな同性とキスした経験はあるか?』という気まずい質問をして、『キスはそれなりにあるけど恋愛関係ではなかったよ』というとんでもなく気まずくなる返しをされてしまった。

 必要な情報が得られたところで会話はそこそこで終わらせて伯父さんとの通話を切り、俺はスマホを置いて大きく息を吐き出した。

 ――やっぱり、キスで呪いが解けるとしたら、異性相手で両想いか相手から想われているかのどちらかが条件、か。

 相変わらずトラ先輩と同じ条件で解けるかどうかは不明のままだが、これまでは何をどうすりゃいいか一切不明だったんだ。手掛かりが見えただけでも御の字だろう。駄目で元々、やる価値はある。

 問題は、


「…………キスかぁ……トラ先輩とするにしても、なぁ……」


 正直なところ、トラ先輩の提案は魅力的だ。協力プレイになるから、ハードルが努力次第でどうにか越えられそうな高さに下がる。

 ……でもなあ。そう簡単に好きになれるのかなぁ? 向こうも、俺も。

 特に俺は――どうしても、ゴリラが脳裏にチラついてしまう。

 やっぱりごっさんのこと、好きなんだろうか? だとしたら俺は、ごっさんに俺のことを好きになって貰わないといけなくて、最終的にはキスまで漕ぎ着けなきゃならないんだけど…………うっわ、想像出来ん。というか、したくない。ゴリラとキスシーンって誰得なのよ?

 つーかごっさんに好かれるのって、マジでどうすりゃいいんだ? もっと積極的に話し掛けて、連絡先教えて貰って、デートに誘えばいいのか?

 …………成功のビジョンがまるで見えん。ごっさんに嫌われてはないと思うけど、それだって割とギリな気がするし……


「………………………………どうしよ?」


 考えたところで、やっぱりろくな答えなんて出るはずもなく――


◇                       ◆


「意中の相手がいるとして、その子に好かれるにはどうすりゃいいと思う?」


 色々あった翌日。やはり一人で悩むよりは誰かに相談すべきだろうと、昼休みの学校中庭で俺は質問をぶつけていた。

 ただしこんな質問、間違ってもクラスメートには聞かせられない。『相手は誰だ?』アタックが絶対にくるし、かわしきれる自信もない。

 部活の仲間も適役とは言い難い。俺を含めてギャルゲー以外の人間関係攻略なんて分からんし。オタ仲間同士の恋愛は、それはそれで参考にならんし。

 となると、俺に残された手札は一つだけ。


「…………それをボクに訊く? 選りに選って、ボクに? 昨日のこと覚えてないの?」


 トラ先輩からの呆れた声と半目が痛い。周りに誰もいないから女口調だが、トーンも低い。

 そりゃまあそうだ、先輩からしてみれば『一緒に協力して呪い解こうや!』って持ち掛けたばかりなのに、他の女にアプローチをかける相談なんてふざけんなって思っても仕方がない。

 けど、俺にも言い分はあるのだ。


「や、トラ先輩と頑張って互いを好きになるってプラン自体はいいと思うんだよ。でも俺、恋愛経験がなさすぎて、どうすりゃ自分が好きになるかもイマイチ分からないんだよ」

「……んむ?」


 俺の言葉に再考の余地があるかもしれないと思ってくれたのか、食べかけの弁当箱を膝上に置いて、トラ先輩は水筒を手に取りつつ「続きを」と促してきた。ありがたや。


「言い訳でも何でもなく、俺の女の子に対する意識って小学生で止まってるんだよ。そこから先は動物にしか見えなくて別の意識の仕方になっちゃってるからさ。だもんで、好きな子にアプローチをするってのをやったことがないんだよ」

「むぅ……言われてみれば、ボクもその経験はないかな」

「んで、どうすりゃ自分が好きになるのかも正直よく分からん。好みのタイプは一応あるけど、全部二次元キャラなら、って話だからさ。『巨乳のダークエルフがいい』とか『世話焼きなんだけどちょっと抜けてる義妹』とか」

「…………一気に共感が出来なくなっちゃった」