隣のゴリラに恋してる
四・呪われた猫先輩 ⑤
むう、うちの部の連中なら『あー、いいよね』か『信仰が違うわ』って言ってくるところなのに。トラ先輩は一般人寄りか。
「要はさ、俺の好みってハッキリ言えるのは二次元のだけで、リアルでどういうタイプが好きなのか、トラ先輩を好きになるってのもどうすりゃいいのか分からないんだよ」
「うぅん……キミからすればボクは猫なんだよね?」
「そうそう。だから視覚的にはちっとも異性として好きになる要素がない。や、トラ先輩だけでなく、他の女子もね?」
「露出が多くなると動物感が強くなるのは、男子としてはどうなのよ? それでも、え、えっちな気持ちになるの?」
「俺にとってのエロは二次元世界にしかないよ。着衣でも見えてる顔が邪魔すぎて」
失礼な言い方になるけど、事実だもの。素晴らしいスタイルの人がピチピチな薄着という状態でも、上はアニマルなんだもの。激萎えですよ。
俺の真っ直ぐな意見に、トラ先輩は「んむぅ……」と唸る。
「そうなると、キミに好かれる為にはどうすべきなのかしらね……地道に時間を共にするしかないのかなぁ?」
「そこもよく分かんなくてさー……だから先輩にどうして貰いたいとかも分からんのよ。何となく、話してて楽しい相手なら好きになれそうな気はするんだけどさ」
「アバウトな話ね……少なくとも、短期でどうこうなる話ではない……?」
「だと思う。ぶっちゃけ俺が気になる子も、何がどうして気になってるのか分かんないし。初対面の印象が強烈だったのは間違いないけど、それ以外はなー」
ゴリラのインパクトで好きになったんだとしたら、俺終わってるし。どういう一目惚れだよ。動物園でも発情するとマジで思われかねん。
「だからさ、トラ先輩の提案はいいと思うけど、俺としては現時点で好きかもしれない相手と進展する方法も探っていきたいんだよ」
「うぅぅ……一理あるわね。同時進行でボクと恋愛する努力もしてくれればいいんだし」
「初心者が同時攻略は失敗フラグっぽいけどなー。でも、不幸中の幸いで先輩は男だと思われるから、普通の人はそんなことしてるって発想にはならないか」
「……ボクとしてはそっちが上手くいって呪いが解けたらピンチになりそうよ……取り残される危険が……」
「いやまあ、そこまで深刻にならなくても平気じゃないか? だって俺、今のところ好かれてる気配ゼロよ? 他に何人か女友達枠いるけど、間違いなくそっちの方が好感度良いし」
やっさんを含めて、特に用がなくても気軽に話す女友達はいるし、暇潰しにメッセージを送り合ったりもしている。その点でいうとごっさんなんて連絡先も知らんし。拒否られたんじゃなくて、訊く流れにならなかったからだけども。
ともあれ、だ。
「男女の仲がどうすりゃ深まるか分からないから、俺としては女子と仲良くなる方法を教えて欲しい訳だよ。ほら、トラ先輩なら男側も女側も知ってる訳じゃん?」
「……むしろボクは両方から距離があるわ。友達はいないに等しいし」
「おおっと、ぼっち先輩だったか……まあでもそうか、変わったのは周りの認識で、先輩自体は女のままで変わってないから、合わせるのも大変なのか」
「そうなのよ……ボクの場合、伯母さんの呪いが解けていたから、ひょっとしたら呪いを受けずに済むんじゃないかと油断して、男として振る舞う練習をしていなかったから……」
「結果、男にも女にも溶け込めないのが現状か……惨いな」
それもこれも呪いのせい、か。にしても、困ったな。
「お互いに恋愛に関してはクソ雑魚な経験値しかないのかぁ。どうしたもんかな」
「……一応、参考にと教材にしている本はあるわ。それを元に関係性を深めていけば……」
「ほほう。ちなみに教材って?」
「少女漫画とレディコミとBL」
「よし解散だ。魔法の使い方を練習するのと変わらん」
うちの妹も少女漫画ならそれなりに持ってるから多少は読んだことあるけど、参考にするにはファンタジーが過ぎる。こちとら呪い以外のステータスは平々凡々としてるんだぞ。
「俺が参考に出来るのはラブコメ漫画とゲームくらいだしなぁ……ちなみにトラ先輩、女子更衣室でバッタリ遭遇から好感度ゲージマックスまで跳ね上げるのって現実で可能だと思う?」
「ゲージと信頼が木っ端微塵に砕け散って終わるだけよ」
「だよなー。リアルは厳しいぜ……と、チャイム鳴ったか」
昼休みの終了を告げる音に、俺はゴミの入った小さなビニール袋を片手に立ち上がる。
トラ先輩はまだ全部食べ終えていなかったはずだが、迷わず弁当箱を片し、
「少しでも解呪に向けて動きたいけど、残念ながらボクは放課後に予定があるのよ。キミは、土日のどちらかは空いてる?」
「こっちは特に予定なし。けど、何すんの?」
「当然、デートよっ。親睦を深める程度になると思うけど、距離を縮めるにはなるべく一緒に過ごすのが一番なはずだからね」
「一理ある。んじゃ、土日のどっちでもいいから待ち合わせて街に繰り出すか。でも俺、あんま金持ってないぞ。奢りや高くつくメシは無理です!」
「胸を張って言うことじゃないわね。まあ、別に構わないわ。一応考えはあるから」
そう言うと、昼食セットをまとめ終えたトラ先輩は立ち上がり、座っていた場所に敷いていた小さなシートを回収する。地べたじゃなくてベンチに座っていたのにあんなのを使う辺り、モノホンのお嬢様っぽい。俺には猫に見えるし他の人には男に見えているはずだけど。
……あ、でも、
「そういや先輩の呪い、本当に俺には無効なんかな? 顔と声以外は作用してるとかない?」
「ん、何故なの? どこか不自然な点があった?」
「や、ほら、あるべきはずのものがないというかペタンコに見えるから、呪いの影響なんじゃ――ぅおっ!?」
いきなり弁当と水筒の入ったランチバッグをぶん回して攻撃された。慌てて回避したけど、結構な勢いの一撃で、暴挙に出たトラ先輩は歯を剥いて睨み付けてくる。
「これは着物用のブラで潰しているからよっ! 外せばっ……少しは、あるっ!」
「………………お、おう…………それは申し訳ない……」
「マジのトーンで謝らないでよっ! 余計惨めになるでしょ!」
「ぃてっ!? 暴力行為はどうかと思うぞ!?」
「それくらいで済んで感謝して欲しいくらいだわっ」
頭を下げたところを思い切り平手で叩かれ抗議するも、顔を真っ赤にしたトラ先輩はぶんむくれで言い放ち、荒い足取りで昇降口に向かっていく。
その後ろ姿を見つつ、叩かれた後頭部を擦る。大袈裟に反応したけど、多少は痛かった程度だ。やっぱり女子なんだな、って改めて思う。
「…………男子の中でやっていくの、大変だろうな……」
つい希望の光が見えて自分のことばかり考えてしまったが、トラ先輩の呪いを解く方を優先すべきなのかもしれない。ただしどうすりゃいいのか、全然見当も付かないけど。俺が好きになってあげるのも、好きになって貰うのも。
前途多難な呪い攻略に、俺は改めて人生の厳しさを痛感しながら教室へ戻った。
授業開始数分前。昼飯を食っていた中庭から教室に戻ると、そこは雪国……じゃなくて、他のクラスメートの姿はなかった。
すれ違いで教室から出て行くアニマルが三人いて、忘れ物でもして隣のクラスの知り合いに借りにいくんかなと思ったら、がらんとしていたというミステリー。
……いや、正確には一人、俺の右隣の席だけ座っている女子生徒の姿がある。
「なあなあごっさん、どうして誰もいないん?」
「っ……!?」
問い掛けながら近寄ると、何故か慌てた風にごっさんが振り返る。
――片手に剥いたバナナを持ち、口をもごもごさせて。
「ぉぶごっ……!?」