神様を決める教室
第一章 英雄たちの学び舎 ③
試しに制服を手に取ってみる。材質は悪くない。ダークグレーのスラックスも、安っぽい色には見えず、光沢がある。
「あ!!」
その時、パティが嬉しそうな声を出した。
「見てください! ミコト様! 制服の裏側にポケットがたくさんついてます!」
「そうだね」
パティが、ブレザーの裏をミコトに見せながら言う。
「普通の制服にはここまでポケットがついてません! ミコト様の制服は、裏側に改造が入っているんですね!」
主人が無個性ではないと知ったからか、パティは満面の笑顔で告げる。
表側は凡庸で、裏には様々なものを隠し持つことができる改造……。
(よく分かってるな)
ちゃんと個性に応じた改造がされているらしい。ほんの少し、この制服に愛着が湧く。
ふと、そこでミコトは気づいた。
クローゼットの上に、布団が折り畳んで収納されている。
「……既にベッドがあるんだけど、どうして布団もあるんだ?」
「布団は私が使うものです!」
ミコトは一瞬、思考を停止した。
「え? パティもここで暮らすの?」
「はい!」
疑いを知らない純粋な笑顔と共に、パティは頷いた。
「ミコト様はこちらの広い部屋をお使いください。私はキッチンがある方の部屋で寝ますので!」
「いやいやいや……いやいやいや……」
「私の仕事はミコト様のサポートですから! ミコト様がこの寮にいる間は、常にお側にいる所存です!」
全力のやる気を漲らせるパティを前にして、ミコトは静かに溜息を吐いた。
取り敢えず、今は保留にしておこう。
「部屋の外には好きに出ていいんだよね?」
「はい。あ、でも私たち天使はこの寮から出ることはできませんので、寮の外まで出る際はお見送りして別れることになります。案内はできませんのでご注意ください」
「そうなのか。天使って結構窮屈なんだね」
「いえいえ、とんでもない! この寮は広いですから!」
入り口から部屋まで真っ直ぐ歩いてきたので分からなかったが、そういえばこの建物の外観は大きかった。食堂もあると言っていたし、他にも色んな設備があるのだろう。
「じゃあ、ちょっと外をうろついてみるよ」
「はい!」
ミコトが部屋から出ようとすると、パティは当然のように後ろについてきた。
一緒に行くつもりらしい。
「ごめん。一人で外に出たい」
「えっ……しょ、承知いたしました……」
置いていかれると思わなかったのか、パティは目に見えてしょんぼりとしていた。
若干、後ろ髪をひかれる思いでミコトは扉を開く。
「ん?」
扉を開いた直後、ミコトは目を丸くする。
「あれ」
「おっ!?」
「ふむ」
正面の部屋からは金髪の美形な男、隣の部屋からは茶髪のがたいがいい男、斜め前の部屋からは眼鏡をつけた深緑の髪の男が同時に現れた。
四人とも、互いの顔を見ながらしばらく沈黙する。
気まずい空気を破ったのは、金髪の男だった。
「えっと、折角顔を合わせたわけだし、よければ軽く話さないか?」
「賛成だ。このタイミングで外に出るということは、各々情報収集が目的だろう」
金髪の男が提案し、眼鏡の男が頷いた。
ミコトも頷く。眼鏡の男の言う通りだ。なにせこの学園は特殊な環境なので、まずは自分の足で情報を集めたいと思っていた。
「どこで話す? 俺の部屋でも来るか?」
茶髪を短く切り揃えた、がたいのいい男が提案した。
しかしその提案に、ミコトたちは難しい顔をする。
「できれば寮の外で話さないか?」
眼鏡の男が言った。
「え? そりゃ別にいいけど、なんでだよ?」
「俺たちはまだ天使を信用していない」
当たり前である。いきなりどこからともなく現れた、天使なんていう得体の知れない存在を信頼できるわけがない。
「んー……分かった! じゃあ外に行くか」
茶髪の男はほんの少し残念そうな顔をしたが、すぐに承諾してくれた。
◆
寮の外へ向かいながら、ミコトたちは簡単に自己紹介を済ませることにした。
「俺はライオット=アルヘイル! 生前はモンスターっていう化け物の退治を生業にしていた! 一応その仕事で国を救ったことがあって、英雄って呼ばれた時期もあるんだ。だからこの学園に招かれたんじゃないかって思ってる」
茶髪の男、ライオットは明るい笑みを浮かべた。ブレザーは表を開け、中のシャツも開けているため逞しい胸筋が露出している。見たところ制服の生地が少し厚くて頑丈に見えた。これが彼の個性を反映した改造だろうか。
なんとなく、パティと同類の臭いがする。元気で人を疑うことを知らないような、お人好しだ。しかしライオットの頬や腕には無数の傷が刻まれていた。ただのお気楽な人間というわけではない。尋常ではない場数を踏み、その上でこの気楽さを維持できるのは、ある種の才能だろう。浮ついた態度に見えなくもないが、誰もライオットを見下しはしなかった。
「ウォーカー=クロイツだ。生前は一介の科学者だった。主に、遺物という様々な災厄を引き起こす道具を研究しており、その功績が認められて学園に招待されたと考えている。英雄と呼ばれたことはないが、封印の専門家とは呼ばれていたな」
深緑の髪の男が、銀縁の眼鏡を指で押さえる。ブレザーの裾が長めになるよう改造されており、まるで科学者が着る白衣のようなシルエットだった。
ライオットとは真逆に近い印象を受けた。静かで、生真面目そうな男だ。彼の知性を感じさせる怜悧な瞳は、ミコトたちを友人ではなく情報交換の相手として見ている気がした。慎重な性格なのだろう。ウォーカーの信頼を勝ち取るには時間がかかりそうだ。
経歴は少し分かりにくかったが、要するに爆弾処理班みたいなものかな、とミコトは納得した。爆弾を無害化する過程で大勢の人を救ったから、この学園に招かれたのだろう。
「ところで、その腕は……?」
ずっと気になっていたことを、ミコトは訊くことにした。
ウォーカーの両腕は、生身ではなく、鉛色の金属でできていた。
「見ての通り機械でできている。仕事中の事故で、身体の半分を機械に取り替えた。いわゆるサイボーグというやつだ」
どうりで重心の動き方が妙だったわけだ。
ライオットが「サイボーグ……?」と首を傾げていた。彼がいた世界にはサイボーグという概念がなかったのかもしれない。
続いて、金髪の男が自己紹介をする。
彼の制服が最も分かりやすい改造を施されていた。その両肩から、ブレザーと同じ白色のマントを垂らしている。更に左腰には剣を吊るしていた。
「私はイクス=ブライト。生前は勇者と呼ばれていた」
「勇者っ!?」
ライオットが目を見開いて驚いた。
「俺の世界にも昔いたらしいぜ! 魔王をぶっ潰す英雄なんだろ!?」
「概ねライオットの言う通りだ。ただの村人だった私は、ある日、女神に選ばれて魔王と戦う勇者になった。そして長い旅の末に魔王を倒した。魔王は世界征服を企んでいたから、一応世界を救った英雄という扱いではあったかな」
「すっげーっ!! 言い伝え通りだ! 国どころか世界も救ってんのかよ!」
ミコトも勇者という単語には聞き覚えがあった。ライオットと違って御伽噺とか創作の中での話だが。……どうやらイクスの世界では、勇者も魔王も実在していたらしい。
「その剣は?」
イクスの腰に携えられた鞘を見て、ミコトは訊く。
「勇者の証である聖剣だ。あまり見せびらかすつもりはなかったが、長年この剣と共に旅してきたものでね。これがないと落ち着かないんだ」
勇者だからか、イクスの声からは優しさと気品を感じる。