神様を決める教室
第一章 英雄たちの学び舎 ⑤
この学園の全容をまだ把握していない今、見知らぬ人に囲まれて食事をする気にはなれなかった。警戒しすぎかもしれないが、これも生前の習慣である。
だから今日の朝食は部屋で済ませるつもりだと昨晩パティには伝えていた。
とはいえ、適当に購買で買ってくるつもりだったが……。
「ふん、ふふーん♪」
パティは上機嫌に料理を始めていた。
面倒をかけるつもりはなかったが、楽しそうなら止める理由もない。
カーテンを開け、窓から外の景色を眺めた。
学園の敷地は、背の低い壁にぐるりと四方を囲まれている。その気になったら乗り越えられる高さだが、壁の先には真っ白な空間がひたすら続いているだけだ。
神界の景色はとにかく白い。まるで上下を雲で挟まれたような空間が続いている。地面も白色で空も白色だ。頭上からは柔らかい光が降り注いでいるが、恐らく太陽ではないだろう。空を仰ぎ見ても眩しいとは感じず、過ごしやすい反面、どうにも慣れなかった。
「できました!」
テーブルの前で座っているミコトの前に、パティが朝食を配膳してくれた。
ベーコン、目玉焼き、スープ、パン。ミコトが知っている朝食だった。
「まだ朝ですし、ミコト様にとって馴染み深いメニューにしてみました!」
それは助かる。朝から食べ物にまで警戒心を抱くのは正直しんどい。
いただきます、と呟いて早速パンを口に含んだ。
「美味しいよ」
念のため毒の可能性を考慮し、普段より神経を尖らせていたため、正直そこまで味は分からなかったが。
「ほんとですか! 嬉しいです!」
パティは満面の笑みを浮かべた。
やっていることが、天使っていうよりメイドである。
「天使って、どういう存在なんだ?」
「私たち天使は、神界生まれ、神界育ちの種族です。位の高い天使は神様の補佐をしていますが、その他の天使は主に雑用をしています」
「雑用?」
「そうですね……たとえば死者の魂を次の世界に送る仕事とか、あと壊れちゃいそうな世界に直接赴いて原因を調査する仕事とか、ですかね」
思ったよりも壮大な答えが返ってきた。
「パティは、天使の中ではどういう立ち位置なんだ?」
「えっと、天使には下級、中級、上級、特級の四階級がありまして、私は上級に該当します」
「上から二番目か。凄いじゃないか」
「えへへ……でも残念ながら、私が直接手助けできるのは遥か先のことなので、今はあんまり関係ないんですけどね。当分はただのお手伝いさんです!」
その言い方から察するに、いずれ天使は今とは違う役割になるのだろう。
まだまだ疑問はあるが、あまり話し込むと遅刻してしまう。ミコトは食事に集中した。
「じゃあ、行ってくるよ」
「はい! 行ってらっしゃいませ、ミコト様!」
やっぱりメイドっぽいな、と思いながらミコトは部屋の外に出た。
そのまま廊下を歩いて階段の方へ向かう。
「おっす、ミコト!」
声をかけられ、振り返った。
そこには茶髪で大柄な男が立っている。
「ライオット、おはよう」
「なあ、部屋の風呂入ったか!? あんな一瞬で湯が沸くなんて信じられねぇよ! 火を使っているわけでもなさそうだし、水も無限に出てくるしよ!」
「僕の世界だと、その辺りは普通だったからあまり驚かなかったかな」
「マジで!?」
「うん。でも、ガスとか電気を使ってないのはびっくりしたよ。何か僕らの知らないエネルギーがあるんだろうけど……」
「神様のいる世界ってのは伊達じゃねぇな。技術力がまるで違うぜ」
昨日からなんとなく察していたが、ライオットはだいぶ原始的な文明で育ったようだ。
「あ、そうだ。ちょっと訊きてぇんだけどよ、ミコトの部屋に羽は落ちてなかったか?」
「羽? ……いや、なかったと思うけど」
どういう意図があっての質問なのだろうか。
「実は昨日の夜、あんまり寝つけなかったから寮を散歩してたんだ。そしたら偶々話し声が聞こえてよ。なんでも、神様に気に入られている生徒の部屋には羽が贈られるらしいぜ」
階段を下りながらライオットが説明してくれる。
「その噂については俺も耳にしたぞ」
背後から声が聞こえる。
振り返ると、そこには銀縁の眼鏡をかけた男、ウォーカーがいた。
「天使に尋ねたところ、神様にも天使と同じような羽が生えているようだ。神様に気に入られた生徒の部屋には、その神様の羽が贈られるらしい。……早い話、羽を受け取った生徒こそが現時点で最も神様に近いということなのだろう」
途中結果みたいなのが、定期的に発表されるということか。
「噂になってるってことは、誰か実際に貰ってんのかな?」
「だろうな。だがそこまではまだ俺も調べきれていない」
この学園にはまだまだ自分たちの知らない何かがあるようだ。
二人の話を聞いて、ミコトは気を引き締めた。
「もう一つ気になったことがある」
寮の外に出て、校舎に向かって歩き出したところでウォーカーが言った。
「昨日はライオットの勢いに飲まれてしまったが、改めて観察すると、校舎が狭くないか?」
「は? いやいや、どう考えてでけーだろ!」
目の前に鎮座する学園の校舎を眺める。
「入学式の時、講堂には二千人近くの生徒が集まっていた。だがあの校舎は、二千人を収容する建物にしては小さく見える」
「……なるほど。確かに、人数にしては小さいかもな」
校舎は大きいが、二千人を収容するとなればもう一回り大きくてもおかしくない。
実は昨日、ミコトも一人で校舎を眺めながら同じことを考えていた。やはり気づく者は気づくらしい。
「おはよう。三人とも早いね」
校舎に近づくと、金髪の爽やかな男、イクスと会う。
「イクスも早いね。何をしてたの?」
「早めに目が覚めたから、校舎を散歩してみようと思ったんだけど、まだ開いてなくてね」
単に手持ち無沙汰だったらしい。
イクスは校舎を眺める。
「一体どんなものなんだろうね、神様になるための授業というのは」
「ああ。だがそれ以上に気になるのは試験だ」
ウォーカーが神妙な面持ちで言った。
「試験には合否がある。この学園の試験において、不合格とはつまり――」
『――生徒の皆さんは、速やかに講堂にお集まりください』
ウォーカーの言葉を遮るように、放送が聞こえた。
どこにスピーカーがあるのか全く分からない。……気のせいじゃなければ、空から聞こえたような気がする。周りの生徒たちも真っ白な空を不思議そうに仰ぎ見ていた。
『最初の試験が始まります』