神様を決める教室

第一章 英雄たちの学び舎 ⑥

          ◆


 天の声に従い、ミコトたちは入学式の時にも使った講堂にやって来た。

 しばらく待機していると、正面の壇上に女性が現れる。遠くからでもよく目立つ桃色の髪をふわふわに広げた女性だった。背は低く、子供のように見えるが、壇上に立っているということは生徒ではないのだろう。


「試験官を務める、ポレイアと申します!」


 元気な声が響いた。


「それでは、ただ今よりの試験を始めます」


 人望? と首を傾げる生徒たちの前で、ポレイアは続ける。


「試験名は――《フレンド・オア・デス》」


 友達か死か。そんな物騒な名のついた試験の内容を、ポレイアは説明する。


「この試験ではまず、各生徒に一枚の投票用紙が与えられます」


 ポレイアがそう言った直後、ミコトの正面に。正方形の付箋のような紙が現れた。

 他の生徒たちも同様に紙を受け取っている。


「皆さんはその投票用紙に、神様に相応しいと思う生徒の名前を書き、講堂の左右にある投票箱へ入れてください。ペンは投票箱の傍にありますので、ご自由に使ってくださいね」


 講堂の左右を見る。

 そこには長机でカウンターが設置されており、その上に投票箱とペンが置かれていた。


「票を入れ終わった生徒はこの場で待機してください。試験終了時、二票以上獲得していた生徒が合格となります。一票以下の方は残念ながら不合格です。不合格になった生徒には、即刻この世界を去ってもらいます」


 先程、ウォーカーが言いたかったことは、まさにこれだろう。

 不合格とはつまり――死を意味する。

 ミコトたちにとっては二度目の死だ。だが次の死こそは正真正銘の本物で、生前の肉体と精神に永遠の別れを告げなければならない。

 それは、到底受け入れられることではない。

 叶えたい願いがあるミコトたちにとって、ここでリタイアするわけにはいかない。


「禁止事項は本人の許諾なしに票を奪うことです。これに抵触した生徒は見かけ次第、不合格にさせていただきますので、絶対にやっちゃ駄目ですよ~?」


 ポレイアが可愛らしく忠告した。

 だが講堂は静まり返っている。……無理もない。まさか、こんな試験が始まるとは思ってもいなかったのだ。顔面蒼白となった生徒、冷や汗を垂らした生徒、既に半泣きになっている生徒など、その反応は様々だが、いずれも英雄とは思えない情けない姿だった。


「では皆さん、試験を始めてください」


 試験の説明を終えたポレイアが、壇上から去る。

 誰もいなくなった壇上に巨大な砂時計が現れた。中の砂が落下を始める。全ての砂が落ちた時、試験終了ということだろう。


「ど、どどど、どうする!? どうすりゃいいんだ、これ!?」


 ライオットが混乱しながら、縋るようにミコトたちの顔を見た。


「最初の試験にしては随分厳しいね。ここで半分以下に削られるわけか」


 イクスが顎に指を添えて言う。

 各生徒が所有している票は一つ、だが合格するには二票以上の獲得が必要である。イクスの言う通り、ここで生徒の半数が脱落することになるわけだ。


「見ず知らずの相手に、いかに自分をアピールできるかがこの試験の肝だな。人望の試験とはよく言ったものだ」


 ウォーカーが難しい顔で呟く。

 確かにこの試験では、人望が要求されていた。


「取り敢えず、この四人で回さないか?」

「だね」


 ウォーカーの提案に、イクスが頷く。

 混乱しているライオットを連れて、四人でカウンターの方へ向かう。

 そこでペンを取ったミコトたちは――。


「じゃあ、時計回りに名前を書いて提出するということで」

「お……おぉぉぉ! そういうことか!」


 ようやく混乱が収まったのか、ライオットが意気揚々とペンを手に取る。

 ミコトがウォーカーに、ウォーカーがイクスに、イクスがライオットに、ライオットがミコトに票を入れた。念のため全員ちゃんと名前を記入しているか確認した上で投票箱に入れる。


「よし。これで俺たちは一票ずつ獲得だ」

「心の友よぉ……っ!!」


 淡々と告げるウォーカーの隣で、ライオットは涙を流して歓喜していた。

 恐らくこれが、今回の試験の真っ当な攻略法だろう。

 案の定、他でグループを作っていた生徒たちが同様の動きを見せている。ミコトたちは昨日のうちからこの四人で交流を深め――即ち、人望を手に入れていたのだ。

 あの時、部屋を出てよかったと心底思う。おかげで救われた。


「問題はここからだな」


 ウォーカーは真剣な面持ちで言う。


「二票目は、こちらから差し出せるものがないもんね」


 ミコトが言うと、ウォーカーが無言で頷いた。

 投票用紙には名前を書かねばならないので、偶然で自分に票が入ることはない。だからきちんと名乗った上で交渉を始めなければならないが、肝心の交渉材料である投票用紙をミコトたちは既に消費してしまっている。

 あなたの名前を書くから私の名前を書いてください、が通用しないのだ。


「……正攻法でいくなら、やはり感情に訴えるしかないな」


 これはの試験だ。何故人望なのかは分からないが、そう告げられた以上はきっと人望にまつわる能力で攻略することが推奨されている。

 交渉は正攻法ではない。この試験は最初から、理屈ではなく人柄に重きを置いている。


「別行動を取ろう」


 ウォーカーが短く告げる。


「グループを作っている生徒は、俺たちと同じように既に投票用紙を失っているはずだ。だから声をかけるべき相手は一人で動いている生徒だが、たった一人にグループで詰め寄るのは正直心証が悪いだろう」


 ウォーカーが至極真っ当な意見を述べた。

 しかし、その意見を聞いてミコトたちは目を丸くする。


「どうした、三人とも」

「いやぁ……ウォーカーって、てっきり感情で動く奴を馬鹿にするタイプだと思ってたぜ」

「人間には理性と本能があるんだ。片方しか考えないのは愚かだろう」


 その理屈っぽい回答は、見た目通りのイメージである。


「じゃあ、ここはいったん別行動としようか」


 イクスの言葉に他三人も頷く。


「気を抜くなよ。あまり実感しにくいが、これは命懸けの試験だ」


 最後にウォーカーが補足し、各々が覚悟を決めたところでミコトたちは解散となった。

 ウォーカーの言う通りだ。これは正真正銘の命懸けの試験。ダラダラしている余裕はない。

 一息つき、冷静な気持ちで辺りを観察すると、既に色んな生徒が行動を開始していた。


「誰か俺に票を入れてくれ! 俺は神様にならなくちゃいけない理由が――」

「お願いします……どうか、私に票を……っ!」


 生き残りたい理由を力説する男子、涙と共に助けを乞う女子。この想定外の試験に、早々にプライドをかなぐり捨てる生徒が続出している。


「ねえ、そこの貴方」


 横合いから、見知らぬ女子に声をかけられた。


「私が神様になったら、貴方を生き返らせてあげるわ。だから票をくれない?」


 そう提案してきた女子の目を、ミコトはじっと観察した。

 微かに侮蔑の感情が読み取れる。弱々しい、軟弱な人間だと思われているのだろう。


「ごめん。もう投票済みなんだ」

「……ちっ」


 両手を開いて投票用紙を持っていないことを伝えると、女が舌打ちして去って行った。

 焦っているのは分かるが、その態度はあまりよくない。女は気づいていなかったが、今のやり取りを多くの人たちが盗み聞きしていた。

 盗み聞きしていた者たちは、こう思っただろう。――あの女に票を入れるのは癪だ。

 ミコトは先程解散した三人のことを思い出す。

 ライオットの明るい人柄なら、この短期間でも誰かに好かれるのは難しくはないだろう。ウォーカーはいかにも頭がよさそうだし、それにああ見えて感情に寄り添うこともできるのだと先程知ったので、相性のいい相手と出会えれば票を稼げるかもしれない。


「……イクスは大丈夫かな」


 不安なのは、イクスだった。

 果たして彼は気づいているだろうか。――この試験は、

 壇上の砂時計を一瞥する。

 気づけば残り時間は半分を切っていた。全体の残り票数も少なくなっていており、投票用紙を持っている生徒が見つかりにくくなってきた。

 辺りを見渡すと、人垣の向こうに金髪の男子が見える。

 イクス=ブライト。

 かつて、勇者として世界を救った彼は今――酷く険しい顔つきをしていた。