神様を決める教室
第二章 粛正者 ①
死体となったイクスの身体が、霞みになって消える時。
ミコトは、この世界に来た時の頃を思い出していた。
「ようこそ――神様を決める教室へ」
羽を生やした黒スーツの男はそう告げた。
意味が分からず首を傾げるミコトに、男は続けて説明する。
「この学園では、これから次代の神様を決めるための様々な試験が行われます。貴方はその学園の生徒として選ばれたのです」
「生徒……?」
「はい」
男は頷く。
「つまり、貴方は次の神様候補――と言いたいところですが、貴方は特例で選ばれました」
男は微笑みながら、ミコトを見る。
「貴方は、
聞き覚えのない役職だった。
どうやら普通の生徒として招かれたわけではなさそうだ。
「
粛正とはつまり、殺して処分するということか。
男の説明を聞いて、ミコトは自分の境遇を少し理解する。
「生徒に紛れて、違反者を殺す……秘密警察みたいなものか?」
「そのような認識で構いません」
男は肯定した。
「
男は人差し指を立てる。
「一つ、試験を無条件で合格できること。ただしチーム全員が合格しなくてはならないような試験は例外です。チームメンバーが不合格なのに貴方だけ合格していると、試験に不備があったように思われかねませんからね」
チームで臨む試験は自分も参加しなくちゃいけないようだ。
……苦手だな。
生前、三人以上で行動したことは片手で数える程しかない。組織がそういう方針だった。
男は人差し指に続き、中指も立てる。
「二つ、神様になることはできません。貴方がた
試験が無条件で合格できる時点でこれは予想していた。
最後に男は薬指を立てる。
「三つ。
「
「ざっくり説明すると、違反者を殺す度に貯まる数値です。強い違反者を殺すことで、より高い
なるほど。
要するに――
ミコトには、どうしても叶えたい願いがあった。
だから招かれたのだろう。
「現在の
何を念じればいいのか分からない。
試しに
「以上で説明は終わりです。質問はありますか?」
丁寧に尋ねる男に、ミコトは少し考えてから問いかける。
「
「どうもなりません。身分を明かすかどうかはお任せします」
こちらに選択権があるということは、
学園でどのような日々が待ち構えているのかは知らないが、話を聞く限り身分を明かすべきではないだろう。殺害の権利を所有している人間なんて、誰だって傍に置きたくない。
「どうして、僕が
「それは勿論、貴方の腕を見込んでですよ。……この学園には、あらゆる世界の英雄が集いますからね。彼らを粛正できる腕前の持ち主を探すのは一苦労しましたよ」
男は肩を竦めて言った。
こちらの生前の情報は筒抜けと思った方がよさそうだ。
「
早い段階で、
男の背後にある学園を見る。あの規模なら千人くらいは入るだろう。千人に対して
男は、微かに笑って答えた。
「
その言い方だと、最初の試験はわりと早めに行われるようだ。
「最後にもう一つ」
ミコトは一番の疑問を、口にした。
「別に僕らが直接手を下す必要はないんじゃないか? それこそ神様が罰すれば……」
「神様にそれほどの力は残っていません」
男は首を横に振る。
「詳しく説明することはできませんが……我々は、試験の運用で手一杯です。明らかな違反者を処理することは容易ですが、なにせこの学園には数多の英雄が集います。彼らの深謀遠慮には試験官も騙されることがあります」
まるで己の未熟さを恥じるかのように、男は言った。
神様にそれほどの力は残っていない。――ゆえに次代の神を決める必要があるのか?
この学園は、神様が最後の力を振り絞って生み出した舞台なのかもしれない。……男の回答をどこまで信じていいかは不明だが。
「質問は以上ですね」
「……ああ」
「もし他にも気になることがあれば、入学式の後に入ることができる自室の机の上を見てください。そちらに
丁寧な案内だ。それ自体は好感を持てる。
「それでは、ミコト様」
男の背中から生えている羽が、ばさっと広がった。
「たくさん殺してください。たくさん裁いてください。……それが
◆
最初の試験が終わった後、ミコトは校舎の中へ入った。
人望の試験――《フレンド・オア・デス》。
この試験、ミコトは最初から合格が決まっていた。机の上に置かれていた手引き書に、最初の試験は無条件で合格すると書かれていたのだ。
違反者を粛正する使命を持った
そして、合格が決定しているからこそ、冷静に違反者の存在を確かめることができた。
「……イクス」
まさか最初に知り合った彼が違反者になるとは思っていなかったが……正直に言えば、試験の内容を聞いた時点でイクスが合格するのは難しいかもしれないと思っていた。
イクスが票を貰えない理由は二つあった。
一つは、焦りが顔に出すぎたこと。きっと彼はここしばらく精神的に余裕のある生き方をしていたのだろう。英雄と持て囃されて、全盛期の鋭さを失っていたのかもしれない。だから彼は逆境に弱かった。本人は装っているつもりだったのだろうが、影で観察していると明らかに精神が揺れているように見えた。
だがこちらは理由としては小さい。
もう一つの致命的な理由。それは、一目見れば分かるほど優秀であったことだ。
この学園で繰り広げられているのは、紛れもないバトルロイヤル。
たった一人しか生き残れないのだ。それなら――明らかに将来邪魔になるライバルは、早い段階で蹴落とすに限る。
イクスは、その蹴落とされる枠に入ってしまった。優秀であるがゆえに。
……短い友情だった。