神様を決める教室

第二章 粛正者 ②

 彼とはこれからも仲良くしたかった。だから、なんとか踏み留まってほしくて声をかけた。

 それでもイクスは罪を犯してしまった。

 自分が黙っていればバレないかもしれない。そう思っていたが、イクスが名も知らぬ男子生徒を細切れにした瞬間、ミコトは彼を粛正すると決めた。あの瞬間、ミコトにとってイクスは可能な限り助けたい相手から、殺すべき相手に変わったのだ。

 しかし最後、イクスの絶望した顔を見た時、彼も被害者の一人ではないかと思った。

 この学園の生徒たちは誰もが英雄で……そして一度、を経験している。だからこそ二度目の死はより恐ろしいのかもしれない。イクスだけではない。先程の試験で不合格だった生徒たちの絶望した顔は、鮮明に目に焼き付いている。

 多分、この学園の生徒には皆、叶えたい願いがある。

 それを成就できずに死ぬのは恐ろしいことだろう。

 その気持ち自体はミコトもよく分かる。


(……腐った試験だったな)


 先程の人望の試験。合格率は最大でも二分の一だった。

 千人近くの生徒が潔く死を受け入れるなんて有り得ない。票を獲得できない生徒たちは次第に激しく焦燥し、手段を選ぶ余裕もなくなるに違いなかった。

 そんなこと、分かりきっているはずなのに……。

 限界まで生徒を追い詰め、絶望させて……まるで不正を誘発するような試験だった。


「……ここか」


 寮へ向かう生徒たちの流れから逸れて、ミコトは校舎一階にある保健室へ入る。

 保健室の中には、一人の女性がいた。


「やあ、待っていたよ」


 波打つ紫紺の髪を長く伸ばした女性だった。妖艶な雰囲気があり、怪しげな笑顔がよく似合う。白衣を纏っていなかったら近づこうとは思わなかっただろう。


「腹部に怪我をしているね。見せたまえ」


 女性が目の前のパイプ椅子に座るよう促したので、ミコトはそれに従った。

 服を捲り上げ、怪我をした腹を見せる。


「生々しい青あざだな。鬼族おにぞくに殴られでもしたかい?」

「いえ、掠っただけです」


 鬼族が何なのかは知らないが。多分、イクスは違うと思う。


「……あの、貴女が協力者の?」

「ああ、そういえば自己紹介がまだだったね」


 薬液を染みこませた布をぽんぽんとミコトの腹にあてながら、女性は言う。


「私は保健医のキリエ、君たち粛正者パージの協力者だ。……君たちはこれからも不自然な怪我をすることが多いだろうから、その時は私を頼りたまえ」


 いわば闇医者みたいなポジションの女性だった。

 手引き書に書いていたのだ。この保健室には協力者の先生がいると。


「普通の生徒がここに来ることはないんですか?」

「普通の生徒はここに保健室があると認識できない仕組みになっている。表向きの保健室は別にあるんだよ。……粛正の過程で怪我を負った場合、間違ってもそっちには行かないようにしてくれたまえ。機密保持の都合上、粛正者パージの正体を知る者は教師でも限られているんだ」


 つまり表向きの保健医は、誰が粛正者パージか知らないわけだ。


「これを飲みたまえ」


 そう言ってキリエは綺麗なビー玉のようなものを渡してきた。

 抵抗を感じつつも、口に入れて丸呑みする。微かな苦みが舌に残った。


「治療完了だ」


 そんな馬鹿な、と思って腹を触った。

 ……痛みがない。どういう治療法なんだ。


点数スコアは稼げたかい?」


 キリエの問いに、ミコトは自身の左手首を見た。

 念じると、手首の裏に青白い文字で分数が表示される。

 153、と表示される数字を見てミコトは渋い顔をした。

 分母に記された目標点数スコアには遠く及ばない。


「……あまり稼げてないです」

「それは残念だったね。弱い相手だったのかい?」

「世界を救ったって言ってましたけど……」

「世界を救った英雄なんて、この学園にはゴロゴロいるからねぇ」


 キリエは笑ってそう言うが、ミコトの表情は晴れなかった。

 そんなミコトの様子に、キリエは神妙な面持ちになる。


「残念なのは、人を殺めてしまったことかな?」


 図星を突かれてミコトは黙った。


「はは、これはまた面白い粛正者パージがいたものだな」


 ケラケラと楽しそうにキリエは笑う。


「さあ、そろそろ行きたまえ。もう集まってるよ」


 キリエが保健室の奥を流し見して言う。

 手引き書によれば、粛正者の集会は特別な会場で行われるらしい。その会場への入り口は幾つかあり、そのうちの一つがここ保健室とのことだ。

 一番奥の簡易ベッドに近づくと、ぐにゃりと空間が陽炎のように歪んだ。

 一瞬の浮遊感がした後、景色が変わる。

 薄暗い部屋だった。中心には円卓があり、その周りに幾つもの人影が座っている。

 人影の数は十二……いずれも全身が黒い気体のようなものに包まれており、顔が視認できない。しかし辛うじて体格くらいは読み取れた。

 十二個の人影には、それぞれ胴体に一から十二の数字が記されている。

 よく見れば自分の身体も同じように黒い気体に包まれていた。胴には十三と記されている。

 なるほど。この場では粛正者パージの正体が隠されているようだ。代わりに、数字で一人一人区別がつけられるようになっている。


「これで全員揃ったな」


 円卓の奥に、黒い気体に包まれていない男がいた。

 白い羽を生やした男は、こちらを見て言う。


「では粛正者パージの集会を始めよう」


 取り敢えず、近くの空いている椅子に腰を下ろした。


「私はアイゼン、貴様ら粛正者パージの監督だ。この学園には、粛正者パージの正体が貴様らであることを知っている教師……いわゆる協力者が何人かいるが、私は教師ではないため普段は姿を見せない。私は貴様らを監督するためだけの存在だと思ってくれていい。集会についても、今回だけは私が進めるが、次からは貴様ら自身で回してくれ。この集会の目的は、あくまで粛正者パージ同士の情報交換に過ぎないからな」


 アイゼンとやらは、本来なら監督……つまり見守ることだけに徹する立場らしい。

 或いは、か。


「ちなみに、身体に書かれている数字は単にこの部屋に足を踏み入れた順番だ。以降、私はその数字を用いて貴様らを区別する」


 数字は概ね予想通りの意味だった。

 ミコトは小さく首を縦に振る。


「さて。最初の試験は終わったが、特に問題はなかっただろうか?」

「――厳しすぎる!」


 アイゼンの問いかけに真っ先に反応したのは、斜め前に座る人影だった。

 体格と声からでしか判断できないが、感情豊かな少年のようだ。

 数字は、二番。


「あんな衆人の前で、どうやって違反者を殺せばいいんだ!」

「まー、ちょっと厳しそうだったよねぇ」


 二つ隣に座る少女が、同意を示す。

 彼女の数字は八番だ。


「だが、既に粛正した者がいるぞ」


 そんなアイゼンの言葉に、一瞬、場が静まり返った。


「へぇ、誰だよソイツ」

「そ、そんな大胆な人、いるんだ……」


 二番の少年だけでなく、十二番の少女も感心したような声を零す。

 騒々しくなる一室で、ミコトは唇を引き結んだ。

 監督するためだけの存在と自称するなら、余計なことは言わないでほしいものだ。


「粛正のタイミングは各々が自由に決めていい。違反者を見つけたが試験中には粛正できなかったということがあれば、試験の後でも粛正は可能だ。協力者を用意するもよし。なんなら人前で粛正してもいい」

「人前で殺したりしたら、警戒されてその後の活動に支障を来すだろうが」

「それもまた貴様らの自由だ」