神様を決める教室

第二章 粛正者 ③

 感情豊かな少年の反論に、アイゼンは淡々と言った。

 粛正者の目的は、違反者を殺し、点数スコアを稼ぎ、願いを叶えることである。警戒されるとこの目的が遠退いてしまうのは火を見るより明らかだ。


「多少のリスクは受け入れてほしいものだな。なにせ、表の生徒はたった一人しか願いを叶えられないことに対し、粛正者パージ点数スコアさえ稼げば誰でも願いを叶えられるのだから」


 アイゼンの発言には一理あったが、欠けている点もあった。

 確かに粛正者パージ点数スコアさえ稼げば願いを叶えられる。だが、願いを叶えた後はこの学園を去ることになる。恐らく、試験で不合格となった者たちと同じような方法で。

 つまり、粛正者パージは絶対に死ぬ。

 神様になることができない粛正者パージは、この世界で必ず死ぬのだ。表の生徒と比べると、願いを叶えやすい代わりに未来がない。これを単純なリターンと考えるのは難しいだろう。


「アタシ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。点数スコアって具体的に何なの?」


 八番の少女が挙手して言った。


「アタシら粛正者にノルマを作りたいなら、人数にすればいいじゃん。一人頭このくらい粛正してねって感じで。そうしないってことは、この点数には明確な意味があるんだよね?」


 その疑問はミコトも感じていた。

 他の者も同様だろう……と思っていたが、


点数スコアとは、霊子のことですよ」


 答えたのは、アイゼンではなく他の粛正者パージだった。

 こちらも少女の声だ。華奢な体躯だが、声色から気の強さが、話し方からは知性が窺える。

 その数字は、七番だ。


「内包する霊子の量は人それぞれなので、人数では決められないんです」

「いや、霊子って何?」

「……驚きました。随分、低い文明の世界に生まれたんですね」

「もしかして喧嘩売ってる?」


 八番の少女が拳の骨をコキリと慣らした。


「その辺りの情報は天使に聞きたまえ」


 アイゼンが、二人の間に散る火花を無視して言う。


「貴様らはまだ天使を上手く活用できていないようだが、あれは主人にとって不利な行動は絶対できない仕組みだ。天使の発言内容は信頼していい。多少の個体差はあるがな」


 ここにいる者は皆、普通の生徒ではなく粛正者パージとして集められた少年少女だ。疑り深いのはミコトだけではない。恐らく全員、まだ天使を信じ切れていないのだろう。

 とはいえミコトはそろそろ天使に対する警戒を解くつもりだった。……この世界には知らないものが多すぎる。彼女から説明を受けなければ、ろくに身動きも取れないままだ。


「第一回、粛正者パージ定例集会はこれで終わりだ。午後からは授業も始まる。それまでに各々疑問を解消しておくように」


 アイゼンが集会の終わりを告げる。


「無駄な時間だったな」


 厳めしい男の声が響いた。

 その男はミコトの左隣に座っており……巨大の一言に尽きた。背丈は余裕で二メートルを超えており、筋肉も膨れ上がっている。先程から椅子がぎしぎしと音を立てていたので、ずっと気になっていたのだ。

 彼の数字は、五番。


「アイゼンと言ったか。集会への参加は自由なのか?」

「ああ、自由だ」

「では当分参加しないでおこう。我が輩は青春を謳歌するのに忙しいのでな」


 青春? とこの場にいる全員が首を傾げた。


粛正者パージの使命など知ったことではない」


 巨漢は立ち上がり、その雄々しい背中を見せつける。

 鍛え上げられたその肉体からは、強靱な意志の力が滲み出ていた。……この中でも、心身ともに抜きん出ている。ミコトがそう感じた男は、ゆっくり口を開いた。


「我が輩の目標は――童貞を捨てることだ」


 そう言って巨漢は去って行った。


(なんだあいつ?)


 多分、この場にいる全員が同じことを思った。

 聞き間違えかと思ったが、周りの反応を見る限りそうではないらしい。

 粛正者パージたちが次々と立ち上がり、入り口のドアに触れる。すると一人ずつその姿が黒い靄に包まれて消えていった。

 往路が特殊なら復路も特殊だ。


「貴様、こっちに来い」


 ドアの方へ向かおうとしたミコトを、アイゼンが呼び止めた。

 個人的な用事があるらしい。不思議に思いつつもアイゼンに近づくと、


「よくやった」


 アイゼンはミコトに賞賛の言葉を述べる。


「何のことですか?」

「誤魔化す必要はない。私はこの場を離れられない立場だが、粛正者の情報はある程度把握できる。……喜べ。貴様は今、どの粛正者よりもリードしているぞ」


 たった一人分のリードで浮かれるほど楽天家ではない。

 ビギナーズラックみたいなものだ。


「一つ訊きたいことがあるんですが」

「なんだ」

「粛正者が、違反者を見逃した場合はどうなるんですか?」


 その問いを聞いたアイゼンは、先程までの上機嫌な様子を消し、難しい顔をした。


「どうにもならん。試験官が見逃し、更に粛正者までもが見逃したとなれば、それはそれで一つの稀有な才能なのだろう。神様も寛大に対応してくれるはずだ」


 つまり――たとえ禁止事項に抵触しても、出し抜けば合格できるわけか。

 同時にもう一つ分かったことがある。……粛正者は違反者の生殺与奪権を握っていることになるわけだ。殺すだけでなくも可能である。


「だが、そんなことをすれば貴様の願いは遠退くぞ。……早く生き返らせたいのだろう?」


 アイゼンが微かに笑う。

 その瞬間、ミコトは鋭くアイゼンを睨んだ。


「……僕の願いを知っているのか」

「そう睨むな。言っただろう、私は粛正者の情報をある程度把握できると」


 ある程度、という前置きが気になる。

 この様子だと……恐らく、ミコトが一度イクスを助けようとしたことまでは知らない。アイゼンが知るのは結果だけで過程までは把握できないのだろう。


「粛正者とは、神様に相応しくない人間を間引く存在だ。貴様らが正しく機能せねば、いずれ誤った神様が生まれ、全ての世界が混沌に包まれるかもしれない。だから責任をもって……殺して、殺して、殺しまくれ。それが貴様らの存在意義だ」


 神様に相応しくない人間は一刻も早く殺すべきだ。それが粛正者の役割なのだ。……アイゼンが言いたいのはそういうことだろう。

 だが――気に食わない。

 まるで、願いを人質に取られているような気分だ。


「殺したことは後悔していない。でも……粛正者が皆、願いを叶えることしか考えていないと思ったら大間違いだ」


 ミコトがそう言うと、アイゼンが眉間に皺を寄せる。


「貴様には、願いを叶える以上に優先するべきことがあるのか?」


 ミコトの脳内で過去の光景が蘇った。

 恩師と慕っていた一人の女性。ミコトの人生を導いてくれた彼女は、かつて告げた。


『ミコト。私たちは間違った生き方をしているわ』


 儚い笑みと共に、あの人は自分を見た。


『だからせめて、心だけは正しくありたいじゃない?』


 その一言があったおかげで――ミコトは今まで生きてこられたのだ。

 幸福が存在しない、血と怨嗟だけがあるどす黒い世界で。あの人は、どう生きるべきか分からない自分に正しい道を示してくれた。

 あの言葉がなければ、自分の心はとっくに闇に堕ちていただろう。


「……同じなんだ」


 恩師の言葉を思い出し、ミコトは告げる。


「僕にとって、あの人を蘇らせることと、あの人の意志を守ることは同じなんだ」


 だから、この想いを捻じ曲げるつもりはない。


「意気込みはいいが、余裕はないぞ」


 アイゼンが言う。