神様を決める教室
第二章 粛正者 ③
感情豊かな少年の反論に、アイゼンは淡々と言った。
粛正者の目的は、違反者を殺し、
「多少のリスクは受け入れてほしいものだな。なにせ、表の生徒はたった一人しか願いを叶えられないことに対し、
アイゼンの発言には一理あったが、欠けている点もあった。
確かに
つまり、
神様になることができない
「アタシ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。
八番の少女が挙手して言った。
「アタシら粛正者にノルマを作りたいなら、人数にすればいいじゃん。一人頭このくらい粛正してねって感じで。そうしないってことは、この点数には明確な意味があるんだよね?」
その疑問はミコトも感じていた。
他の者も同様だろう……と思っていたが、
「
答えたのは、アイゼンではなく他の
こちらも少女の声だ。華奢な体躯だが、声色から気の強さが、話し方からは知性が窺える。
その数字は、七番だ。
「内包する霊子の量は人それぞれなので、人数では決められないんです」
「いや、霊子って何?」
「……驚きました。随分、低い文明の世界に生まれたんですね」
「もしかして喧嘩売ってる?」
八番の少女が拳の骨をコキリと慣らした。
「その辺りの情報は天使に聞きたまえ」
アイゼンが、二人の間に散る火花を無視して言う。
「貴様らはまだ天使を上手く活用できていないようだが、あれは主人にとって不利な行動は絶対できない仕組みだ。天使の発言内容は信頼していい。多少の個体差はあるがな」
ここにいる者は皆、普通の生徒ではなく
とはいえミコトはそろそろ天使に対する警戒を解くつもりだった。……この世界には知らないものが多すぎる。彼女から説明を受けなければ、ろくに身動きも取れないままだ。
「第一回、
アイゼンが集会の終わりを告げる。
「無駄な時間だったな」
厳めしい男の声が響いた。
その男はミコトの左隣に座っており……巨大の一言に尽きた。背丈は余裕で二メートルを超えており、筋肉も膨れ上がっている。先程から椅子がぎしぎしと音を立てていたので、ずっと気になっていたのだ。
彼の数字は、五番。
「アイゼンと言ったか。集会への参加は自由なのか?」
「ああ、自由だ」
「では当分参加しないでおこう。我が輩は青春を謳歌するのに忙しいのでな」
青春? とこの場にいる全員が首を傾げた。
「
巨漢は立ち上がり、その雄々しい背中を見せつける。
鍛え上げられたその肉体からは、強靱な意志の力が滲み出ていた。……この中でも、心身ともに抜きん出ている。ミコトがそう感じた男は、ゆっくり口を開いた。
「我が輩の目標は――童貞を捨てることだ」
そう言って巨漢は去って行った。
(なんだあいつ?)
多分、この場にいる全員が同じことを思った。
聞き間違えかと思ったが、周りの反応を見る限りそうではないらしい。
往路が特殊なら復路も特殊だ。
「貴様、こっちに来い」
ドアの方へ向かおうとしたミコトを、アイゼンが呼び止めた。
個人的な用事があるらしい。不思議に思いつつもアイゼンに近づくと、
「よくやった」
アイゼンはミコトに賞賛の言葉を述べる。
「何のことですか?」
「誤魔化す必要はない。私はこの場を離れられない立場だが、粛正者の情報はある程度把握できる。……喜べ。貴様は今、どの粛正者よりもリードしているぞ」
たった一人分のリードで浮かれるほど楽天家ではない。
ビギナーズラックみたいなものだ。
「一つ訊きたいことがあるんですが」
「なんだ」
「粛正者が、違反者を見逃した場合はどうなるんですか?」
その問いを聞いたアイゼンは、先程までの上機嫌な様子を消し、難しい顔をした。
「どうにもならん。試験官が見逃し、更に粛正者までもが見逃したとなれば、それはそれで一つの稀有な才能なのだろう。神様も寛大に対応してくれるはずだ」
つまり――たとえ禁止事項に抵触しても、出し抜けば合格できるわけか。
同時にもう一つ分かったことがある。……粛正者は違反者の生殺与奪権を握っていることになるわけだ。殺すだけでなく生かすことも可能である。
「だが、そんなことをすれば貴様の願いは遠退くぞ。……早く生き返らせたいのだろう?」
アイゼンが微かに笑う。
その瞬間、ミコトは鋭くアイゼンを睨んだ。
「……僕の願いを知っているのか」
「そう睨むな。言っただろう、私は粛正者の情報をある程度把握できると」
ある程度、という前置きが気になる。
この様子だと……恐らく、ミコトが一度イクスを助けようとしたことまでは知らない。アイゼンが知るのは結果だけで過程までは把握できないのだろう。
「粛正者とは、神様に相応しくない人間を間引く存在だ。貴様らが正しく機能せねば、いずれ誤った神様が生まれ、全ての世界が混沌に包まれるかもしれない。だから責任をもって……殺して、殺して、殺しまくれ。それが貴様らの存在意義だ」
神様に相応しくない人間は一刻も早く殺すべきだ。それが粛正者の役割なのだ。……アイゼンが言いたいのはそういうことだろう。
だが――気に食わない。
まるで、願いを人質に取られているような気分だ。
「殺したことは後悔していない。でも……粛正者が皆、願いを叶えることしか考えていないと思ったら大間違いだ」
ミコトがそう言うと、アイゼンが眉間に皺を寄せる。
「貴様には、願いを叶える以上に優先するべきことがあるのか?」
ミコトの脳内で過去の光景が蘇った。
恩師と慕っていた一人の女性。ミコトの人生を導いてくれた彼女は、かつて告げた。
『ミコト。私たちは間違った生き方をしているわ』
儚い笑みと共に、あの人は自分を見た。
『だからせめて、心だけは正しくありたいじゃない?』
その一言があったおかげで――ミコトは今まで生きてこられたのだ。
幸福が存在しない、血と怨嗟だけがあるどす黒い世界で。あの人は、どう生きるべきか分からない自分に正しい道を示してくれた。
あの言葉がなければ、自分の心はとっくに闇に堕ちていただろう。
「……同じなんだ」
恩師の言葉を思い出し、ミコトは告げる。
「僕にとって、あの人を蘇らせることと、あの人の意志を守ることは同じなんだ」
だから、この想いを捻じ曲げるつもりはない。
「意気込みはいいが、余裕はないぞ」
アイゼンが言う。