神様を決める教室

第二章 粛正者 ④

「既に自覚しているだろうが、貴様はこの学園で圧倒的に不利な立場だ。……学園に招かれた者たちは皆、超常の力を宿している。だが貴様にはそれがない。貴様には、魔を祓う聖剣もなければ、鋼を砕く腕力もなく、龍の生き血も吸っておらず、石を黄金に変える知識もない」


 アイゼンはその瞳にミコトを映し、淡々と告げる。


「貴様が育った世界は、他のどの世界よりも軟弱だ。……精々、足掻くがいい」


 アイゼンの言う通り、自覚していたことだった。

 この世界には、御伽噺で出てくるような英雄がいる。しかし彼らを殺さねばならないミコトは御伽噺ではなく現実の世界の住人だ。

 厳しい戦いになるだろう。

 それでも、折れるつもりはなかった。


 葉月尊の願いは一つ。

 かつて、この手にかけてしまった恩師を――――蘇らせることだ。


          ◆


「霊子っていうのは、ミコト様の世界で言う魂みたいなものです」


 寮の自室に戻ったミコトは、部屋で昼食をとりながらパティの説明を聞いていた。

 質問したのは、集会で話題になったキーワード……霊子についてだ。


「魂は、あらゆる存在が持つ万能のエネルギーになります。粛正者が違反者を殺した時、違反者の魂が粛正者へと移譲されるんです。これが点数スコアを稼ぐ仕組みとなります」

「なるほど。じゃあ強い違反者を殺せばより高い点数スコアを稼げるのは、強い人ほど魂……即ち霊子が大きいからなのか」

「はい。ただし霊子の量は、腕力とか知能みたいな単純なものと結びついているわけじゃありません。なんて言いますか……生物や、存在としての強さと言えばいいんでしょうか。霊子をたくさん持っていると、そういうのが強くなります」


 パティが用意してくれたパスタを食べながら、ミコトはふぅん、と相槌を打った。

 つまり、イクスは強い武力を持っていたが、霊子を多く持っていたわけではなかったということだ。点数スコアがあまり稼げなかった理由が明らかになる。


「霊子の量って、どうやって決まるんだ?」

「輪廻転生です」


 宗教臭くなってきた。

 概念的で分かりにくいが、ひとまず話を聞いてみる。


「全ての存在は霊子と原子によって構成されます。肉体は原子で、魂は霊子です。……生命が死ねば、原子は土に帰り、霊子は輪廻転生して次の命になります。輪廻転生の際、霊子は生前の行いをされ、その結果に応じて霊子が追加されたり削減されたりするんです。つまり霊子というのは、輪廻転生によっていくらでも蓄積することができます。その末に、この学園に招かれるような高い能力を持つ人間が生まれるんです」


 輪廻転生を繰り返し、大量の霊子を保有した存在ほど優れた生き方ができるということだ。


「ですが、この学園で禁止事項を犯し、粛正者の手によって罰せられた人は……。今まで蓄積した霊子を全て失って、また一から輪廻転生するんです。人間になるには一定以上の霊子が必要ですから、次は微生物か虫あたりになると思います」


 どうやら自分はイクスの来世を大きく狭めてしまったらしい。

 ミコトは左の手首を見る。そこに示された153という数字……これが、イクスから奪った霊子だ。彼がこれまで輪廻転生を繰り返して貯めてきた、大事なものである。

 それを、奪った。


「……すみません。聞いていて、辛い話ですよね」


 申し訳なさそうにパティが言う。


「何故、そう思う」

「私はミコト様の天使ですから。……ミコト様が生前、どのような気持ちで生きていたのか知っています」


 視線を下げて告げる天使を見て、ミコトはフォークを皿に置き、水を一口飲んだ。


「説明を続けてくれ。パティの情報は、信じることにしたから」

「っ……!? は、はい! 次は目標点数スコアについてですね!」


 信じると言ったことがよほど意外だったのか、パティはとても驚いた様子を見せたが、すぐに気合を入れて説明を再開した。


「粛正者の皆さんにはそれぞれ叶えたい願いがあります。そしてその願いを叶えるために、霊子がエネルギーとして使用されます。つまり目標点数スコアとは、願いを叶えるために必要な霊子の量ということになります」


 パティは最初に、霊子とは万能のエネルギーだと言っていた。

 使い方次第でそれは願いを叶えることもできるようだ。


(僕たちは、人間の魂を消費して願いを叶えるわけか……)


 なかなか罪深い。

 人を殺し、その魂を奪い、そして奪った魂で願いを叶えてこの世を去る。

 それが粛正者の生き様だ。


「……パティ。君は僕の願いを知っているのか?」


 パティは首を横に振った。


「実は知りません。私が知っているのは、この世界に来るまでのミコト様の情報なので……この世界に来てからのミコト様の考えや行動は、直接お尋ねしない限りは……」


 そう言ってパティは遠慮がちに、ちらちらとこちらに視線を注いだ。

 できれば教えてほしい。そう言いたげだ。

 少し考えて、ミコトは口を開く。


「僕の願いは、ある人物を生き返らせることなんだ」

「そう、なんですね。……教えていただきありがとうございます」

「僕の過去を知っているならなんとなく予想できただろう?」

「えっと……はい。予想だけなら」


 ミコトの人生を覗き見ているようで体裁が悪いのか、パティは怖ず怖ずと頷いた。

 他人に気を遣える優しい少女だ。


「人を生き返らせるために必要な点数スコアは、他の願いと比べて高いのか?」

「……小さいと思います。かつては、過去をやり直すことや、世界を滅ぼしたり再生したりする願いもあったみたいですから」


 そんな荒唐無稽な願いも、点数スコアさえ貯めれば叶えることができるのか。


「人を生き返らせるなら、その人が元々持っていた分の霊子を用意するだけで達成できるはずです。肉体を構築する原子は霊子に隷属しますので、どうとでもなります。……こう言ってはなんですが、所詮は人が持っている霊子の量ですから、比較的簡単に貯まると思います」


 パティの説明を聞いてミコトは考える。


(目標点数スコアが他の粛正者と比べて低い可能性が出てきたな。……それなら、粛正者のを待ってから行動に移した方が楽か……?)


 目の前の獲物をわざわざ逃がすような真似はしないが、焦る必要はないかもしれない。

 今後考えられる面倒事の一つとして、粛正者同士で獲物の奪い合いというのがある。そうなった際は撤退も視野に入れた方がよさそうだ。


「ありがとう。色々参考になった」

「こ、こちらこそ、頼りにしていただいて光栄です!」


 丁度、昼食も食べ終わった。


「そろそろ授業だね。……行ってくる」


 部屋の時計を見て、ミコトは立ち上がる。


「あ、あの、ミコト様! 無理はしないでくださいね……っ!」


 部屋を出ようとするミコトの背中に、パティは声をかけた。

 だがその言葉の意味が分からず、ミコトは首を傾げる。


「君は、僕の粛正者としての活動を支援してくれるんじゃないのか?」

「そ、それも正しいのですが……それ以前に、私はミコト様の味方です」


 訥々と、しかしこればかりは譲れないと言わんばかりに、パティは告げる。


「私は、粛正者でも生徒でもなく、ミコト様の味方としてここにいます。……私の願いは、ミコト様が幸せでいてくれることですっ!」


 顔を真っ赤に染めたパティが、がばっと勢いよく頭を下げる。

 オレンジ色のツインテールと白い羽が、大きく揺れた。

 ミコトは返事をせずに部屋を出る。

 廊下を歩きながら、思った。


(……なんだそれ)


 調子が狂うな、とミコトは小さく呟いて校舎に向かった。