神様を決める教室
第二章 粛正者 ⑤
◆
校舎の前に、クラス分けの結果を記した大きな紙が張り出されていた。
生徒たちの集まりを掻き分けて、掲示板に近づくと――。
「ミコトッ!?」
大きな声で名を呼ばれた。
振り向くと、すぐ傍に見知った人物が二人いる。
「ライオット、ウォーカー。二人も無事だったんだね」
「ああ、なんとかな」
「うお~~~! よかった! ちゃんと生き残ってたんだな~~~~っ!!」
冷静に頷くウォーカーの隣で、ライオットは嬉し泣きした。
この性格で粛正者は絶対に無理だな……。
集会に参加していた十三人。その中にライオットは絶対に含まれていないと確信する。
「イクスはどこだ!? いるんだろ!?」
ライオットが涙を拭って周りに視線を配った。
だが、探している人は見つからない。――見つかるわけがない。
「ライオット、いい加減認めろ。イクスの名前はどのクラス名簿にも載っていない。……イクスは不合格だったんだ」
「……くそっ」
ライオットは拳を強く握り締めた。
「俺は、イクスの分も生きるぜ。……試験なんかに負けてたまるかッ!!」
悔しさと共に決意を表面したライオット。
ライオットは情に厚い男だが、話を聞く限りなかなか過酷な環境で育ったらしい。この切り替えの早さは、彼にとっての生存戦略そのものなのだろう。
「ミコトはどうやって二票目を稼いだんだ?」
ウォーカーが訊いた。
さて……どう答えるべきか。
本当は二票目なんて稼いでいない。イクスの様子がおかしいことに気づいてから、彼が違反者にならないかずっと見張っていたからだ。
ミコトは粛正者なので、人望の試験は無条件で合格している。
「……緊張のせいか、体調が悪そうな人がいてね。面倒を見ていたら貰ったんだ」
「……そうか。お前は優しい奴だな」
ウォーカーはあっさり信じた。そういうことをやってもおかしくない人間だと思われているらしい。
我ながら擬態は完璧だ。
長年の経験が自動的にこの擬態を発動する。弱々しくて、頼りなさそうで、影が薄くて、どこにでもいそうな人間――そういうふうに装うことが癖になっているのだ。
他の生徒たちと共に校舎の中に入り、教室へ向かう。
「それにしても……」
廊下ですれ違う生徒たちを見ながら、ミコトは言う。
「皆、似たような年齢なんだね」
「ん?」
ウォーカーが不思議そうに首を傾げた。
「色んな世界から英雄を集めたって聞いたけど、そのわりには皆、似たような年齢だから不思議だと思っていたんだけど……」
さっきすれ違った少女も、今すれ違った男子も、自分たちと年齢はそう変わらないだろう。
もしかして英雄というのは皆、このくらいの年齢で死ぬものなのだろうか……なんて思っていると、ウォーカーとライオットはまだ首を傾げていた。
「ミコト、もしかしてお前は実年齢のままなのか?」
「え?」
どういう意味だろう? と疑問を抱くと、ウォーカーが説明する。
「この学園にいる生徒は皆、年齢を十代の少年少女に調整されているんだ。だから俺は今でこそ少年の姿をしているが、本来は三十歳を超えているぞ」
「俺も二十歳は超えてるな。細かい数字は覚えてねぇけど」
衝撃の事実だった。
ミコトは目を見開いて驚く。
「そうだったんだ……」
「この世界に来た時に会った案内役の説明によると、年齢を調整することで、俺たちがこの学園に適応しやすくしているらしい。歳が低い者は心が壊れやすいので年齢が上げられる。逆に歳が高い者は新しい価値観を受け入れにくいため年齢を下げられる。……心の強さと、心の柔軟性。この二つのバランスが一番取れているのが、十代半ばから後半のようだ」
冷静に考えれば、やはりここにいる生徒の全員が二十歳にも満たない少年少女というのはおかしな話だった。全員、生前では英雄と呼ばれるほどの人物らしいが、彼らが英雄と呼ばれる切っ掛けとなった出来事は必ずしも十代で起きるものではないだろう。
「前の世界で死んだ時と体格がズレてるからな。おかげで動きにくいことがあるんだ。まあ俺は元々この歳から半分機械だし、その影響は少ないが」
ウォーカーが両手両足を伸ばし、身体の調子を確かめながら言う。
人間の身体からは本来聞こえることのない、金属の擦れ合う音がした。
「このことを知らねぇってことは、ミコトはその年齢で英雄になって死んだってことか? すげぇな……どんだけ壮絶な人生を歩んだんだよ」
「いや……多分、ライオットほどじゃないと思うよ」
ライオットに感心されて、ミコトは苦笑いした。
壮絶だったのは否定しない。だが自分の生き様を英雄と呼ばれるのは、やはり否定したい。
そんなことを話しているうちに、教室へ着いた。
「へ~、これが教室ってやつか」
学校に通ったことが一度もないライオットが呟いた。
ライオット以外にも、何人かの生徒が似たような反応を示す。義務教育という概念のある地球の日本で生まれた自分は、周りより恵まれているのかもしれないとミコトは思った。……まあ自分は学校に通ったことなんて一度もないが。
(……空気が重いな)
あんなことがあった直後だ、誰もが口を閉ざしている光景は無理もない。
しかし彼らは決して恐怖しているわけではなかった。周囲の人たちに対して最大限の警戒を抱いているだけで、混乱することはなく冷静さを保っている。
伊達に英雄ではない。彼らの瞳には理性の色が含まれていた。
「うぉ……あんな可愛い子もいんのかよ」
「ライオット。人を指さすのは失礼だぞ」
ライオットの指が示す方向には、美しい銀髪の少女がいた。
昨日、目が合った少女だ。
また、意識が少女に引っ張られるような感覚がする。
「ミコト、お前まで見惚れたのか?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけど……」
訂正しつつ、ミコトは今の気持ちの言語化を試みた。
「なんていうか……妙な存在感みたいなのを、感じて……」
あの銀髪の少女からは、不思議な引力のようなものを感じる。一度見れば視線は釘付けにされ、なんとか目を逸らしてもなかなか頭の中からイメージが抜けてくれない。
(……もしかして、これが霊子の強さか?)
存在の強さ。それを今、感じているような気がした。
となれば、あの少女は粛正者たちにとって――莫大な点数が手に入るカモである。
そんなことを考えていると、銀髪の少女がこちらを振り向いた。
銀髪の少女はミコトを見て、小さく頭を下げる。
「ミコト、知り合いだったのか?」
「いや……すれ違った程度だけど」
そのわりには、はっきり会釈されたように感じたが。
「は~い、皆さん揃ってますね~!」
適当な席に座って待っていると、小柄な女性が桃色の髪を揺らしながら教室に入ってきた。
「先程の試験ぶりですね~! 改めて、一組の担任であるポレイアです~! 皆さんよろしくお願いしま~す!」
相変わらず間延びした、どこか幼い雰囲気の声音。
だが生徒たちは一層緊張した。――無理もない。試験で不合格になった生徒の行く末を見たばかりなのだ。そして目の前の女性は、あの試験の監督だった。
「これから授業が始まりますが、その前に皆さんには試験について知ってもらいま~す!」
教室に立ち込める緊張感を無視してか、或いは気づいてないのか、ポレイアはマイペースに説明を続ける。