神様を決める教室

第二章 粛正者 ⑥

「まず、試験には五つの種類があります! 人望、愛情、強さ、賢さ、気高さです! 皆さんはこの五種類の試験を乗り越えて、神様に相応しいことを証明しなくちゃいけません!」


 先程の試験《フレンド・オア・デス》は、人望の試験と言っていた。

 他にもあるようだ。異なる種類の試験が……。


「そして、この五つの試験を対策するために授業というものがあります。この授業も五教科あり、それぞれ文学、数学、理学、史学、運動学といいます! 試験が進むにつれて、美学や情報学といった他の科目も追加されていきますが、まずはこの五教科を学んでください!」


 国語、数学、理科、社会、体育……といったところだろうか。後に追加されるのは多分、美術とITだ。学校に通ったことはないが、知識はあるのでなんとか理解できる。

 一方ライオットは全く分からないようで、頭上に幾つもの疑問符を浮かべていた。


「一組の今日の予定は、数学と史学、文学ですね。では皆さん、最初は慣れないと思いますが頑張って勉強してください! ちなみに私は理学の担任ですよ~!」


 そう言ってポレイアは教室を出て行く。

 しばらくすると、数学教師と思しき男性が入ってきた。

 学園の授業が始まる――。


          ◆


「数学の授業を始める。……よく聞け、数学とはこの世で最も奥深い学問だ。何故なら数学とは秩序の集合であり、それを学ぶことで賢さだけでなく気高さも得られ――」


 長身痩躯の賢そうな男性教師が、数学の魅力を語り出すところから最初の授業は始まった。

 生徒たちは教科書を開きながら集中して板書する。

 チャイムが鳴り、休み時間が過ぎると、また次の授業が始まった。


「じゃあ、史学の授業を始めるよ。この授業では色んな世界の歴史を学ぶことで、今の君たちの人生に活きる教訓を――」


 細身で童顔な男が教壇に立ち、教室を見渡しながら授業を進める。

 再び教室は、真面目で……穏やかな空気に染まった。

 やがてチャイムが鳴り、史学の教師が教室を出て行った。

 ミコトは肩の力を抜く。


(……なんか、思ったよりも普通だな)


 今のところ印象的だったのは、数学の授業でライオットが四則演算すらできないと発覚して教師に心底呆れられたことくらいか。ここにいる生徒は生い立ちがバラバラだが、それにしたって四則演算レベルの教養がないのは珍しいらしい。


(学校の授業って、こんな感じなのかな……)


 実際に学校に通ったことはないため、予想しかできない。

 しかし、これはなかなか……悪くない。

 なんだか、自分がみたいだ。

 ずっと求めていた日常が、まさか死後の世界にあるなんて……思いもしなかった。


「では、文学の授業を始めます」


 本日最後の授業が始まった。

 教壇に立った女教師は教室をざっと見渡しながら語り出す。


「この授業では、あらゆる世界から蒐集した価値ある文学について触れていきます。……文学は素晴らしい教材です。人望、愛情、強さ、賢さ、気高さ……神様に求められる全ての要素を学ぶことができるのは、きっとこの科目だけでしょう」


 そう言って、女教師は教科書を手に取る。


「六ページ目を開いてください」


 生徒たちが教科書を開いた。

 しかし全員、そのページを見て「ん?」と首を傾げる。

 ……読めない。

 そのページには、見覚えのない文字の羅列が記されていた。


「この授業では古今東西のあらゆる文学を、原文そのままでも読解できるようになってもらいます。翻訳すると、失われる響きがありますからね」


 英語でも中国語でも、当然、日本語でもない。

 違う世界の違う言語だ。読めるはずがなかった。


「ちなみに皆さんの言語が通じ合っているのは、神様がこの学園に自動翻訳の奇跡を使っているからです。私は反対したんですけどね」


 今更そんな説明を受ける。

 冷静に考えたら確かに奇妙だ。違う世界の人間同士で会話ができるのは。


「さて、ここに書かれている文章を既に理解できる方はいますか?」


 女教師が教科書を指さしながら訊く。

 そんなこと言われても、誰も挙手なんてしないだろう……と思っていたが、前の方に座る赤髪の女子生徒が慎ましく手を挙げた。

 気弱そうな生徒だが、制服のスカートが他の女子生徒と比べても短くなっていた。とはいえそれ以外に特徴はなく、どちらかと言えば無個性寄りであることが窺える。

 教師が目配せして読み上げるよう促すと、女子生徒は小さく頷いて口を開く。


「遥か昔、白い煙に覆われた谷があった。谷の奥には眩い黄金が眠っていた……」

「素晴らしい。この文学は貴女の世界のものなのですか?」

「い、いえ……私、どんな種類の言葉でも理解できる力を持っていて……」

「なるほど。今の訳から察するに、原文をニュアンスまで理解しているようですし、そういう能力なら構わないでしょう。貴女にとってこの授業は退屈なものになるかもしれませんね」


 それでは解説していきましょう、と女教師は授業を続けたが、生徒たちの集中が途切れているのは明白だった。

 どんな種類の言葉でも理解できる力。……そんな力や技術、少なくともミコトのいた世界には存在しない。


(……超常の力、か)


 アイゼンが言っていたことを思い出す。

 この学園には、超常の力を持った者が集まっていると。


(……やっぱり全員、特殊な力を持っていると考えた方がいいな)


 そして自分は、彼らを殺さなくてはならない粛正者という立場だ。

 ……情報収集が必要だ。

 超常の力とはいえ、弱点が皆無なわけではないだろう。事実、イクスは不意を突いて剣を抜かせなければあっさり殺すことができた。

 いつ、目の前の生徒が違反者になってもいいように、一人一人丁寧に情報を集めたい。

 前世でもここまで大変な仕事はなかったな、とミコトは思った。


          ◆


「学園の授業って、めちゃくちゃ大変なんだな……」


 放課後になると同時に、ライオットが机に突っ伏した。

 今更だが席順は適当に決めてよかったんだろうか? ミコトの右隣にはライオットが、正面にはウォーカーが座っている。空いていたので適当に座ったが。


「俺としては、逆に簡単すぎると感じたな。まあこれから難しくなるのかもしれないが」


 ウォーカーは元の世界で既に一通りの教養を身につけているようだ。

 だが彼の言う通り。一回目の授業を受けただけでは、今後どうなるかまだ分からない。


「ミコトは授業についていけたのか?」

「まあ、辛うじて」

「くっそー、俺だけ分かんなかったのかよー」


 ライオットは机に突っ伏したまま悔しそうに声を零した。


「大体こんなことを繰り返して、本当に神様に近づけんのか?」


 ライオットが疑問を発する。

 ミコトは少し考えてから口を開いた。


「授業には、意味があると思う」


 ライオットが身体を起こす。

 不思議そうなライオットへ、ミコトは続けた。


「史学の授業で、資源を奪い合って戦争を続けた世界が紹介されたよね。……僕はあの話を聞いて、人望の試験を思い出した。上手く言えないけど、先にあの授業を受けていたら、試験の結果も少しは変わったんじゃないかな」


 根拠はない。だが、授業を聞くことで胸の中にストンと落ちるものが幾つもあった。

 生前、人並みの教育を受けられなかったミコトだからこそ――分かる。上手く言い表せないが、あの授業からは得られるものがあると。


「利益を求めて奪い合いを続けると、その先には塵一つ残らない。……そういう教訓が得られる授業だったな、あれは」


 ウォーカーも意見を述べる。