神様を決める教室

第二章 粛正者 ⑦

「教養というのは、思想の土壌みたいなものだ。身につく実感こそ薄いが、知れば知るほど道を踏み外しにくくなる。真剣に学んで損はないだろう」

「……そうだな。寮に戻って復習しとくかぁ……」


 ライオットは溜息交じりにそう言った。まだ疲れているが、前向きにはなったようだ。

 道を踏み外しにくくなるということは、ということかもしれない。もしイクスがこの授業を受けていたら、彼の行動は変わっただろうか。


「もっとも、授業に集中するためにも……この空気はどうにかしてほしいところだがな」


 そう言ってウォーカーが教室の様子をざっと見る。

 教室の空気は、授業が始まる前よりも重たくなっていた。

 恐らく原因は、文学の授業で発言した女子生徒だろう。

 彼女はどんな種類の言葉でも理解できる力を持っているらしい。……その話を聞いて、皆警戒心を一段引き上げたに違いない。この学園にいる生徒は、誰もが特殊な力を持っている。


「存外、ライオットの暢気さはありがたいのかもしれんな」

「だろ? そういう役回りが得意なんだよ、俺は」


 すっかりイクスのことなど忘れたように振る舞うライオットだが、その発言から察するにある程度は意図して明るく振る舞っているようだ。

 強いな、とミコトは思う。

 周囲の人間が思い詰めないよう、率先して道化を演じているのだ。


「――しつこいな!」


 その時、教室の端から声が聞こえた。


「しつこい? 私はただ、その剣が物騒だから仕舞ってほしいと指摘しただけでしょ」

「嫌だと言っているだろ。俺から武器を取り上げて何をするつもりだ?」

「疑心暗鬼にならないでよ。器が知れるわね」

「武器如きで不安になるお前こそ、器が知れるだろ」


 どちらの言い分にも一理あるが、強いて言うなら女子生徒の意見に賛成だ。

 ミコトは服の上から背中に隠しているナイフに触れた。文化の違いはあるのだろうが、あんなふうに堂々と武器を出している方にも非はある。


「あれ、止めなくて大丈夫か?」

「止めたところで悪目立ちしそうだ。誰かまとめ役がいればいいんだが……」

「ウォーカーがやればいいじゃねぇか」

「断る。こんなゲテモノだらけ集団、誰がまとめるか」


 ミコトからすればサイボーグであるウォーカーもゲテモノ寄りだが、その気持ちも分からなくもない。

 そもそも異形の生徒が何人かいる。頭が蜥蜴だったり、頭から獣の耳を生やしていたり、遠目で見るには楽しめるが彼らをまとめられる自信はない。


(とはいえ、ウォーカーの言う通り…まとめ役はいた方がいいな)


 この殺伐とした空気は精神が磨り減る。

 別に粛正者としての仕事に支障はきたさないが……純粋に居心地が悪い。


「皆さん、少しお話をしませんか?」


 透き通る少女の声が響く。

 教壇の前に、銀髪の少女が立っていた。ミコトたちがこの教室に入った時、真っ先に注目した異様に容姿が整っている少女だ。


「私は、ルシア=イーリフィーリアと申します」


 静かに名乗り、頭を下げる少女。

 その丁寧な所作にクラスメイトたちは思わず見惚れるが――。


「単刀直入に言います。皆さん、私の仲間になってくれませんか?」


 そんな言葉を聞いて、クラスメイトたちはすぐに険しい顔つきになった。

 先程喧嘩していた男女のうち、男子の方が口を開く。


「仲間って、どういう意味だよ?」

「一緒に試験の合格を目指す関係のことです」

「はっ! 一人しか生き残れないのにか?」


 男子はミコトたちの疑問を代弁してくれた。

 しかし銀髪の少女ルシアにとって、その発言は予想していたのか落ち着いて返事をする。


「今日一日、授業を受けて確信しました。……たった一人の神様が決定するまで、私たちにはかなりの猶予があります。授業のペースから考えると数年はかかるでしょう。つまり、こんな早々に反目する必要はないということです」


 そんなルシアの発言に、今度はウォーカーが手を挙げる。


「授業を聞くだけで、どうして数年もかかると分かったんだ?」

「私が生きていた世界では、神様と交流することができました」

「神様と、交流……?」

「はい。と言っても限定的ですが。聖女と呼ばれる人間だけが、神様と交流できたんです。その聖女が神様と話して、神様になるために必要な教養を聞き出しています」


 なるほど。必要な教養を知っているから、そこから逆算して授業のペースを予想したのか。

 それが真実かどうかはさておき、話自体は筋が通っている。

 しかしそんなルシアに対し、喧嘩していた男女のうち、女子の方が冷笑した。


「なら、せめてその聖女とやらに話をしてほしいんだけれど」

「私がその聖女です」


 ルシアが端的に告げる。


「神聖エルスタイン皇国、七十七代目聖女――それが私の肩書きです」


 しん、と教室が静まった。

 全身から溢れ出るその高貴な気配に、破裂寸前の風船のようだったこの教室の中で堂々と発言するその胆力。

 彼女の発言からは嘘が感じられない。


「仲間を作りたいと思った理由は、他にもあります」


 静まり返った教室で、ルシアは話を続ける。


「人望の試験が終わった後、私はポレイア先生にお願いして、自分が何票獲得していたか確認したんです。その結果、私は十票獲得していました。……つまり、私が上手く立ち回りさえすれば、あと四人は生き残ることができたということです」


 どうやらこの少女は過剰に票を貰ってしまったらしい。それゆえに後ろめたさを感じ、協力関係を結びたいという気持ちは一応筋が通っている。

 しかし今、ミコトたちの頭を占めるのは、全く別の考えだった。

 十票も、獲得した――――?

 つまりこの少女は、十人の人間から信頼に足ると判断されたわけか? それも、自らの命を守る交渉材料……投票用紙を捧げるほど。


「私はこの結果を激しく後悔しています。不合格になった方々には申し訳ない言い方になりますが、最低でも四人が無駄死にしているのです。……たとえ最後は一人だけだとしても、彼らが今この瞬間に死ぬ理由は絶対にありませんでした」


 苦虫を噛み潰したような面持ちで、ルシアは語る。


「皆さんも同じなはずです。……生き残るのは一人だけかもしれません。しかし、それでも今この瞬間に死にたいと思う人は、一人もいません」


 その通りだ。

 クラスメイトの何人かが首を縦に振る。


「多くの人が、少しでも長く生き残れるように団結したい。それが私の目的です」


 聖女ルシアの真っ直ぐな目に射貫かれて、クラスメイトたちは微かに高揚していた。

 引き込まれる。

 思わず頷いてしまいそうになる。

 これが本物の求心力かとミコトは思った。カリスマと言ってもいい。彼女について行くことが正しいような気がしてならない。その先に栄光が……誇らしい未来が待ち望んでいるような予感がある。胸が自然と高鳴り、物語の始まりを目の当たりにしている気分になる。

 それはライオットも同じなのか、その目をキラキラと輝かせていた。


「どうするよ、二人とも? 仲間になっちまうか?」


 自分は仲間になる気満々のくせに……。

 表面上でだけ相談するライオットに対し、ウォーカーは考えながら答えた。


「……そうだな。俺も仲間になるのは賛成だ」


 ウォーカーはあくまで冷静な様子だった。


「正直、このタイミングで仲間ができるのはメリットが大きい。この学園のわけの分からない試験に臨むなら、頼れる相手は少しでも多い方がマシだ。……いずれ離反するとしても、仲間になっておけば他の生徒の情報も手に入るしな」