神様を決める教室
第二章 粛正者 ⑧
試験の要領さえ掴めばこの三人だけでも対策はできるかもしれないが、序盤のこの段階では自分たちだけでは心許ない。
先の展開は分からない。だが、今この瞬間は仲間を作るメリットがある。
それにウォーカーの言う通り、他の生徒の情報が手に入るのも大きい。……粛正者の仕事もやりやすくなるだろう。
「言いたいことは分かった。それでも俺はパスさせてもらうぜ」
喧嘩していた男女のうち、男子の方が言う。
「人望の試験で十票も稼いだってことは、まあ試験の名前通り、人望に関しては信頼できるんだろうな。でもそれ以外の実力はあるのか? 愛情、強さ、賢さ、気高さ……だったか。他の分野で足を引っ張られるのは困る」
なんとなく、あの男子は強さに自信があるんだろうなぁ、とミコトは思う。
しかし気持ちは分かった。ルシアは細身で背も高くはない。武力による争いが起きた時、彼女は真っ先に脱落してしまいそうだ。
「羽の噂はご存知ですか?」
ルシアが訊くと、男子は不思議そうな顔をした。
「神様に気に入られている生徒には、羽が送られるという……あれか?」
「そうです」
ミコトも今朝、ライオットたちから聞いた噂だ。
どうやら噂は学園中に広まっているらしい。
「私は、その羽を送られました」
そう言ってルシアは、何かを取り出す。
ルシアが指で持っているのは、一枚の羽だった。色は純白だが、ぼんやりと光っている。羽が微かに揺れる度に雪のような小さい光の粒子が現れた。不思議で神秘的な羽だ。
「それが……」
「神様の羽です。複数の天使から確認を取りました。疑うようでしたら、これを持ってご自分の天使へ確認してみてください」
噂は真実だったわけだ。
反対していた男子も、流石に押し黙る。
「噂によると、羽を送られた生徒はもう一人いるそうですが……これが私の証明できる全てです。少なくとも私は今、この教室の誰よりも神様に近いと思います」
反対する雰囲気だった生徒たちも、今の話を聞いて再び考え込む。
今ここでルシアの仲間になれば――勝ち馬に乗ることができる。当面の間だけでもその戦略を選ぶ価値は充分あった。
「皆さん、何卒ご検討をお願いします」
ルシアは頭を下げた。
「私たちはこれからも、誰かを蹴落とさなくちゃいけないかもしれません。ですが、だからこそせめて、その時が来るまでは助け合えたらと思うんです」
ルシアの想いが、空気を伝播する。
「矛盾しているかもしれませんが、それでもこれが私の本心です。……誰かを犠牲にしなければいけないからこそ、せめて心だけは正しくありたいのです」
「――っ」
その言葉を聞いて、ミコトは息が止まった。
今のは。
今の言葉は――。
『ミコト。私たちは間違った生き方をしているわ。だからせめて、心だけは正しくありたいじゃない?』
かつて、自分を救ってくれた人。
そして自分が手にかけてしまった人の言葉と、全く同じで――――。
(……似ている)
あの少女には求心力がある。だから不思議と引き込まれると思っていたが……ミコトが彼女に惹かれていたのは、それが理由ではなかった。
(彼女は…………師匠と似ている)
あんな人、他にいないと思っていた。
でも――いるのか。
師匠と同じような、崇高で高潔な生き様を貫ける人間が。
「……なろう」
「ミコト?」
ライオットが首を傾げる。
「仲間になろう。……なっても、いいと思う」
そんなミコトの考えを聞いて、ライオットはにやりと笑い、
「おーい! 俺たち、仲間になっていいか?」
大きな声でそう告げるライオットに、ルシアは首を縦に振った。
「是非、お願いします」
これを皮切りに、他のクラスメイトたちも次々とルシアの仲間になっていく。
「……俺もなる。さっきは見くびって悪かったな」
「私もなるわ。これからよろしく」
喧嘩していた男女も仲間に加わる。
教室が騒々しくなり、他のクラスの生徒が廊下から様子を見に来ていた。
(結局……クラスの全員が参加したか)
教室の雰囲気が落ち着いた頃、ルシアが「もしかして全員ですか?」と疑問を口にし、試しに仲間になっていない人に挙手を求めたが誰も手を挙げなかった。
クラスの全員が参加したので、ルシア率いる団体は、そのままこの教室を活動拠点にすると決める。黒板もあるし人数分の椅子もあるし丁度いい。
「早速やりたいことがあります。この中で、授業についていく自信がない方はいますか?」
ルシアの問いに何人かの生徒が手を挙げる。その中にはライオットもいた。
「学園の授業は大切な試験対策です。まずはここにいる全員が、授業の内容をちゃんと把握できるようサポートしていきましょう」
「助かる……」
ライオットがありがたそうに礼を述べた。
「では十分後に勉強会を始めますので、参加する方は残ってください」
このまますぐに勉強会を始めるよりも、休憩を挟んで雑談させた方が、生徒同士の交流も盛んになると判断したようだ。
人の上に立つことに慣れているのかもしれない。ルシアの目論見通り、クラスメイトたちはぽつぽつと雑談を始める。そこにはもう、先程までのような一触即発の空気はなかった。
ライオットもウォーカーも、近くにいる生徒と話している。
「あの、すみません。少しいいですか?」
ミコトに声をかける人物がいた。
その少女は――聖女ルシアだった。
「……僕?」
「はい」
ルシアは頷き、こちらを真っ直ぐ見つめる。
「よかった。無事に合格できたのですね」
「……どういう意味だ?」
「貴方に票を入れた一人は私です」
一瞬、思考が停止する。
自分はライオットから一票貰っただけで、二票目は獲得できずに粛正者の特典で自動的に合格になっていたと思っていた。しかし違ったらしい。
どうやら粛正者の特典がなくても合格になっていたようだ。
「……何故、僕に票を?」
「貴方のことを見ていました」
柔らかな微笑みと共に、ルシアは言う。
「試験の終盤、ご友人を助けようとしていましたよね。……あれを見て、貴方は信頼できる相手だと思い、投票したんです」
二票目を獲得できず焦っていたイクスに、ミコトは声をかけた。あの時のやり取りを見られていたらしい。投票用紙には名前を書く必要があるので、ルシアはその時の会話を聞いてミコトの名前を知ったのだろう。
だが、この様子を見る限り、その後のことは知らないようだ。
……追跡対策をしておいてよかった。
丁度イクスとその会話をした後、ミコトはイクスが違反者になると予想し、その姿を追うことにした。その際、追跡を避けるために何度も意図的に雑踏に紛れていた。万一こちらを見ている者がいても見失うように。
「貴方が仲間になってくれてとても嬉しいです。ここだけの話、クラスの皆さんが私を拒絶しても、貴方には個別で声をかけてみる予定でした」
「……そこまで信頼されることをしたかな」
「最初の試験はとても厳しいものでした。誰もが自分のことで精一杯だったはずです。そんな中で他人のために動けることが、どれほど勇ましいことか……」
ルシアは両手を重ねて感動していた。
だが事実は違う。
ミコトは別に、自分のことを考える必要がなかっただけだ。粛正者の自分は合格が確定している。だから他人のことを考える余裕があったのだ。
「……まあ、信頼は受け取っておくよ。ルシア……さん?」
「ルシアで結構です。私はミコトさんと呼んでも?」
「僕もさんは要らないよ」
「私の口調は癖みたいなものなので」