神様を決める教室

第三章 光と闇 ②

 オボロは自信満々に言う。

 当面の方針が決まったところで、ルシアがこの場の全員を見て口を開いた。


「――全員で、生き残りましょう」


 ルシアの瞳に宿る強い意志が、ぶわりと広がって一人一人の心を灯したような気がした。ただの言葉に過ぎないはずなのに、どうしてか……とてつもなく心強い。

 オボロは深呼吸して、ゆっくり橋に足を乗せた。


「流石に、高いな」


 足元の景色を見て、オボロの額から冷や汗が垂れる。

 そのまま橋を進むと、黒い影が飛来した。


「ちっ!? 来たか……ッ!!」


 ギチチチ、と奇妙な声を発しながら魔物が接近する。

 オボロは瞬時に剣を抜いた。鞘から抜いたその剣は薄青色に輝いている。


「くらえッ!!」


 オボロが剣を振るうと、水流の斬撃が放たれた。

 水は魔物の突進を受け流すだけでなく、その全身を切り裂く刃と化す。飛び散る水滴は弾丸のように魔物の全身を貫いた。

 しかし――。


「こ、こいつら、何という生命力だ……ッ!?」


 もはや骸と化したような魔物は、それでも活動を停止せず、オボロに接近した。


「あっ!?」


 セシルが悲鳴を上げる。

 オボロが魔物の突進を受け、橋から落下した。

 オボロの姿があっという間に遠ざかり、芥子粒のようになり、やがて見えなくなる。

 しばらくすると、ミコトたちの背後でドサリ、と何かが落ちたような音がした。

 そこには落下したはずのオボロがいる。

 落下した場合はスタート地点からやり直す。……エルギスが説明した通り、オボロはスタート地点に戻ってきた。

 だが、様子がおかしい。

 地べたに座り込むオボロは、まるで放心したように固まっていた。


「オボロ、大丈――」

「ぎゃあぁあぁああぁああぁぁ――ッ!?」


 セシルが声をかけると、オボロが悲鳴を上げる。

 尋常ではない様子だ。全身から汗が噴き出し、白目を剥いて、身体も痙攣している。

 何が起きた? ミコトたちがそう思った時、エルギスが口を開く。


「死ぬことはないと言ったが、痛みまでないとは言っていない。落下した場合はスタート地点に戻ると同時に、相応の痛みを感じてもらう」


 痛みは、そのままあるということか……。


「オボロ、大丈夫!? 落ち着いて!」

「い、痛い……俺は、生きているのか……ッ!?」


 死を錯覚するほどの痛みをオボロは感じていた。

 そんなオボロの様子に、他の生徒たちも唇を引き結ぶ。


(……一人目が失敗だったな)


 こんなことになるなら、最初の一人は確実に合格する者を選ぶべきだった。

 オボロの恐怖はクラスメイトたちに伝播し、皆、少しずつ橋から遠ざかった。


「……次、行くわ」


 セシルが小さな声で言う。

 だがその足は震えていた。魔物に襲われなくても足を踏み外してしまいそうなくらい。

 それでもセシルは、蹲って震えているオボロを一瞥し……その瞳に決意を灯す。


「多分、私も無理だと思うけど……今のオボロを見て分かった。この試験、短期間で何度もやり直せるものじゃない。痛みが引いて、落ち着くまで時間がかかることを考えると、一人二回くらいしかやり直せないわ。……皆も早めに動いた方がいいわよ」


 セシルは決して無謀な賭けをしているわけではなく、冷静に現状を分析していた。

 痛みが落ち着くまで三十分かかるなら、今この瞬間に挑戦すればギリギリあと二回やり直せる。だがここで手をこまねいていると一度しかやり直せないかもしれない。

 セシルは綿密な作戦を練ることよりも、自分自身で何度も経験を積むことを優先した。

 橋に足を乗せたセシルは、そのまま一気に駆け抜けようとする。

 たかが百メートルだ。本気で駆け抜けるなら数十秒もかからないが――。


「くっ!?」


 走るセシルのもとに、魔物が次々と集まってくる。

 よく見れば、奥に進むにつれて魔物の数が多くなっている。セシルはまるで虫の群れに突っ込むように橋を駆け抜けようとしていた。


「落ちるくらいなら――っ!!」


 魔物の突進を避けられないと判断したセシルは、跳躍し、魔物の背中に乗った。

 上手い――そう思ったのも束の間、セシルは別の魔物の腕に捕まえられる。


「う、嘘ッ!? いや、離して……ッ!?」


 寄ってきた無数の魔物が、グロテスクな口を開いた。

 ギチギチと音を立て、魔物たちはセシルを――――。


「きゃあああぁあぁあぁぁあああぁああ――っ!?」


 

 肉が千切れ、骨が砕け、血飛沫が舞う。

 目を背けたくなる光景だ。

 しばらくすると、また背後でドサリと音がしてセシルの姿が現れた。

 今回は落下死ではなく喰われて死んだ。既に痛みを感じた後なので、復活時の痛みはないようだ。しかしそれでも魔物に喰われたことはトラウマになったのか、セシルは両腕で肩を押さえながらガタガタと震えている。


「……俺も、行くぞ」

「……わ、私も、行かないと」


 セシルと同じ考えを持った生徒たちが、一縷の望みを信じて次々と橋を渡ろうとする。

 ミコトはルシアを見た。何かいい案はないのかと視線で尋ねるが、首を横に振られる。

 試行回数が足りない。ルシアも本当は生徒たちを止めたいに違いないが、かといって代案が出せないため止められずにいた。


「ああぁあぁああぁああぁあああぁ――ッ!?」


 また一人、生徒が絶望を背負ってスタート地点に帰ってくる。

 震える女子生徒を一瞥して、ミコトは屋上の外を見下ろした。

 この高さ……本来なら痛みを感じる間もなく即死だろう。にも拘わらず痛みを感じるということは、落下死の痛みをそのまま反映していないことになる。

 人に恐怖を植え付けるための痛みを、意図的に作っているのだ。

 なんて恐ろしい試験を思いつくんだ――。

 ミコトはエルギスを睨む。


「ふぅぅぅぅぅ――――っ」


 その時、ライオットが静かに息を吐き出した。

 肺に溜まった全ての酸素を吐き出したライオットは、決意を露わにする。


「次、やらせてもらってもいいか?」


 そう告げるライオットに、ミコトは振り返った。


「ライオット、何か作戦があるの?」

「ねぇよ。でも、ムカついてきた」


 ライオットは橋の周りを飛んでいる魔物たちを睨んだ。


「あいつら、楽しんでやがる」


 よく見れば魔物たちの口が歪に弧を描いていた。

 待っているのだ。次の獲物が来るのを。そして獲物を甚振いたぶれる楽しい時間を――。

 ライオットは橋に近づき、渡る直前にエルギスの方を見た。


「エルギス先生! 質問いいですか!?」

「なんだ」

「あの魔物、全部ぶっ殺してもいいんすか!? 俺が橋を渡るためにそうするんなら、手助けにもならないっすよね!?」

「ああ、問題ない」


 エルギスが首を縦に振った瞬間、ライオットは「っしゃあ!!」と裂帛の気合を発した。


「いくぜ。――【人間賛歌】ッ!!」


 ライオットの全身が光輝く。

 神聖なオーラのようなものを纏ったライオットは、無防備に橋を渡り始めた。

 魔物たちがライオットに近づく。すると――。


「おらァ――ッ!!」


 ライオットは、一発で魔物を殴り飛ばした。

 強烈な衝撃が空気を伝ってミコトたちがいる位置まで届く。

 大気がビリビリと振動していた。クラスメイトは全員、開いた口を塞げずにいる。


「くたばれッ!!」


 近づいてきた魔物を、ライオットはまたしても殴り殺した。

 一撃だ。たった一度の拳で、ライオットは次々と魔物を屠っている。力尽きた魔物は羽を止め、重力に従って落ちていった。


「なに逃げてんだよ――おらァ!!」