神様を決める教室

第三章 光と闇 ③

 もはや自分を襲ってくる魔物だけでなく、逃げていく魔物までライオットは屠っていた。その背中に乗り、頭蓋を叩き潰してから、再び橋に飛び移る。

 魔物と橋、二つの間をひたすら跳び移りながらライオットは魔物を殲滅していった。破壊力もさることながら、身体能力も異常だ。反応速度、敏捷性、共に尋常ではない。

 数え切れないほどいた魔物が、あっという間に姿を減らしていく。

 ミコトは隣に立つウォーカーを見た。

 ウォーカーは真剣に……まるで実験を見守る研究者のように探究心を露わにして、ライオットの戦いぶりを観察している。


「凄まじい威力だが……恐らく、何かしらのルールに縛られているな」

「そうなの?」

「ライオットの性格だ。あんな力があるなら最初から使っていただろう」


 確かに。

 正義感の強いライオットのことだ。本来なら一人目のオボロが失敗した時点で、「じゃあ俺が魔物を殲滅するわ」とか言いそうである。

 そうしなかったということは……何らかのルールしがらみがあるに違いない。


「しかし、ルール。……そうか、ルールか」


 ウォーカーは目の前の光景から何かヒントを得たのか、思考の海に潜る。

 やがてライオットは全ての魔物を倒し、橋を最後まで渡りきった。

 一人目の合格者が出た瞬間だ。


「よっしゃーーーーーーーーっ!! これで全員、合格できるぞーーーーっ!!」


 おぉ、と生徒たちの口から声が漏れる。

 だが次の瞬間、またどこからかあの黒々とした蝿のような魔物が飛んで来た。


「魔物が復活しないとは言っていない。魔物の数は毎回リセットされる仕組みだ」

「ふざっっっっっけんなぁあぁあぁぁああぁ――ッ!!」


 橋の向こう側でライオットが激怒した。


「いや、ライオット! お前のおかげでいい案が浮かんだぞ!」


 ウォーカーが大きな声で、橋の向こう側にいるライオットへ告げる。

 不思議そうにするライオットに背を向け、ウォーカーは生徒たちの方を見た。


「全員聞いてくれ」


 生徒たちがウォーカーの周りに集まる。


「さっきライオットが橋を渡った時、魔物の動きが妙じゃなかったか?」

「……そういえば、俺が渡った時と違って、あまり襲いかかってこなかったな」


 混乱から回復したオボロが言う。だがその顔はまだ青褪めており、全快とは言い難い。やり直しによる精神的な摩耗は軽く見てはならないだろう。


「恐らくあの魔物は、俺たちの恐怖心に反応している」

「恐怖心……?」

「ああ。だから俺たちが恐怖さえ抱かなければ、襲ってこないはずだ」


 そう言ってウォーカーは、エルギスを見た。


「エルギス先生。この場で道具を全員に配布することは、禁止事項に抵触しますか?」

「配るだけなら問題ないし、この屋上でならそれを使ってもいい。だが橋を渡っている時にお前の道具を使用したら、その瞬間お前が橋を渡っている者に干渉したとみなす」

「なるほど。……なら申し訳ないが、これは俺だけが使わせてもらおう」


 ウォーカーは右手を突き出した。


「――【クラフトチェンバー】」


 よく分からない単語をウォーカーが口にすると、その掌の先に、巨大なルービックキューブのような物体が出現した。

 幾つかのブロックが淡く輝いたかと思えば、その下に道具が現れる。

 耳栓、目隠し、鉤爪のついたロープ、杖……ウォーカーはこれらを手に取り、橋に向かう。


「今から俺が、先程説明した魔物のルールを証明する。上手くいけば後に続いてくれ」


 ウォーカーはまず、ロープを橋に結びつけた。命綱にするようだ。

 次に目隠しと耳栓をして、杖で足場を一歩一歩確認しながら歩き出す。

 ゆっくり、しかし確実にウォーカーは橋を渡った。


「危ないっ!!」


 オボロが叫ぶ。

 魔物がウォーカーに接近した。目隠しとしている耳栓をしているウォーカーは気づかない。

 だが、魔物はウォーカーに触れる直前――急旋回してどこかへ飛んでいった。


「……襲われない?」


 目の前の光景を見て、セシルが驚いた様子で呟く。

 何度も何度も、魔物はウォーカーに近づいていた。しかし毎回、紙一重のところで翻して離れていく。今までと違って魔物がウォーカーの身体に触れることはない。


(……そういうことか)


 目の前の現象を、ミコトは理解した。


(あの魔物は、最初から襲っているだけしていたのか。そして相手が恐怖心を抱けば、本当に襲いかかると……)


 自分より弱い相手だけ攻撃する習性があるのだろう。近づいて、威圧して、それで恐れる相手のみを獲物と定めている。逆にライオットのように恐怖するどころか立ち向かってくるような相手からは逃げる。

 やがてウォーカーも橋を渡りきる。


「恐れなければいいのか。それなら、俺も目隠しをして……」


 ライオットとウォーカー、二人の尽力が絶望を切り拓いてくれた。

 恐怖に震えていた生徒たちが、希望を見出す。


「――よしッ!!」


 脱いだ制服を目隠しにした男子が、一気に橋を駆け抜けて合格した。ウォーカーと違って命綱も杖も使っていないが、何か特殊な能力を発揮したのかもしれない。


「私も、工夫すれば似たようなことを……」

「忘れろ……恐怖を忘れろ……」


 ブツブツと呪文のようなものを唱える女子生徒。指で額を軽く突く男子生徒。

 各々が、自分のやり方で橋を渡り始める。


(……光明が見えてきたな)


 しかし、だからこそ――――陰りも生まれる。


「えっ!?」


 橋を渡っている男子生徒が、途中で落下した。

 魔物に攻撃されたわけではない。まるで、何かに突き落とされたかのような――。


「だ、大丈夫か? 何があった?」

「分からない……気づいたら、ここに…………ぐう……ッ!?」


 落下した男子生徒にクラスメイトたちは何があったのか尋ねる。しかし男子生徒は激痛で記憶が飛んだのか、記憶が朧気だった。

 奇妙な違和感と共に、今度は女子生徒が橋を渡ろうとするが――。


「きゃあっ!?」


 また、同じ地点で落下した。

 今回も魔物の仕業ではない。


「お、おい、どういうことだよ……?」

「まだ何かあるわけ……っ!?」


 光明が見えた矢先の、立て続けの失敗。

 生徒たちが青褪めた顔をする中――ミコトは冷静に、橋の上を見た。

 今の二人は、これまでとは全く違う落ち方をしていた。ライオットやウォーカーたちが橋を渡った際は、あのような現象は起きていない。

 二人とも、唐突に突き飛ばされたように橋から落下していたが、一人目と二人目では落下した方向が違う。このことから自然発生した強風という線は考えにくい。

 エルギスは何も言わない。ただ、じっと橋の中央を見つめていた。

 ミコトは確信する。

 ――――――不正だ。

 何者かが、橋を渡ろうとする生徒を妨害している。


「つ、次は誰が行く……?」


 様子を見ていたクラスメイトの一人が、緊張した面持ちで訊いた。しかし唐突に訪れたあの不可思議な現象を見て、手を挙げる者は誰もいない。

 まるで振り出しに戻ったかのような空気の中で、ミコトは静かに手を挙げた。


「僕が行くよ」


 そう言って橋に近づこうとすると、ルシアがやって来た。


「ミコトさん……大丈夫ですか?」

「問題ない」


 心配そうなルシアを見て、仄かに後ろ暗い気持ちを抱く。

 陰鬱とした空気を変えるために、勇気を振り絞って挙手したと思っているのだろうか。或いは凄惨な現実を処理しきれなくなって自棄になったのではと危惧しているのだろうか。

 実際のところはそのどちらでもない。

 違反者が出たということは――――