神様を決める教室

第三章 光と闇 ⑧

「そんなことは思っていません」

「なら、相手が助けを求めているか確認くらいはしなさいよ。貴女がやっているのは善意の押し売り。他人の尊厳を踏みにじる行為よ」


 金髪の少女の主張は一理あった。

 彼女からすると、勝手に助けられるべき人間というレッテルを貼られたのだ。立場上、そんなことされたら困る人間もいるだろう。


「そうかもしれません。でも、そうではないかもしれません」


 ルシアは肯定と否定を同時にした。

 いや……肯定も否定もしなかった。


「人は、貴女が思っているほど強くはありません。助けを求めているかどうかは本人ですら分からないことがほとんどです。だからこそ私はこれからも声をかけ続けます。本人ですら自覚していない、助けてという本心があるかもしれない限り」


 ルシアは信念を一つ吐き出した。

 ……そういう考えのもとで動いていたのか。

 助けを求めている人を取りこぼさないように。少しでも多くの人を助けられるように。それがルシアのやり方なのだろう。


「ここには生前で何かを成し遂げた、神様になる資格の持ち主しかいないわ。貴女が思っているような弱い人間はいないのよ」

「そんなことはありません」


 ルシアは首を横に振った。


「貴女からも余裕のなさを感じます。ですから声をかけました」


 それは――言うべきでは、ないだろう。

 金髪の少女は助けを求めていないと主張しているのに、ルシアはそれを真っ向から否定したことになる。

 金髪の少女は、目を細めてルシアを睨んだ。

 そして――。


「殺しなさい」


 あっさりと告げる少女。

 その指示に、少女の背後で待機していた生徒が武器を構えた。


(おいおい……)


 躊躇がなさすぎる。

 金髪の少女が従える生徒たちは、剣を抜いてルシアに振り下ろした。


「――ふざけてるのか?」


 振り下ろした剣を受け止めたのは、オボロ。

 気高さの試験を経て、オボロは一層ルシアを信頼するようになったようだ。

 だが敵の動きはまだ止まらない。左右から二人の男子が回り込んできて、オボロを攻撃しようとする。一人は鋼の篭手、もう一人は鎌を持っていた。


「こいつら、本気なの――ッ!?」


 セシルが二人の男子に向かって鞭を振るう。鞭は二人の武器に絡まり、そのまま動きを止めた。だが一度に二人を相手にするのは流石に分が悪いのか、今にも力負けしそうだ。

 一組の生徒たちが戦闘態勢を整える。だがそれよりも早く、五組の生徒たちが一組の生徒たちを囲うような陣形を整えていた。

 咄嗟の連携は五組の方が優れているようだ。

 金髪の少女の背後で、男子生徒がどこからともなく弓を取り出す。

 矢が放たれる寸前、ミコトはすぐ傍にあったドリンクコーナーを見た。コーヒーマシンとドリンクサーバーが並んで置かれており、その手前には紙コップや砂糖などがある。

 そこからコーヒーフレッシュを一つ手に取り、矢の軌道上へ投げた。

 放たれた矢が、コーヒーフレッシュにぶつかって軌道を逸らす。


「は!?」


 矢を放った男子が、何が起きたのか分からない様子で叫んだ。

 気配を消しながらミコトは状況を把握する。

 今、矢を逸らさなければ――ルシアが死んでいた。

 基本的にこの学園は、試験中と授業中を除けば自由な行動が許されている。勿論、禁止事項もない。だが、それでも命令一つでこうも愚直に人を殺そうとするのは異様だ。

 ……唐突に湧いた苛立ちを、ミコトは歯軋りで鎮める。

 誰かの言いなりで人を殺す。――かつての自分を見ているようで虫唾が走る。


「全員、抵抗しないでください!」


 ルシアが大声で告げた。

 その瞬間、今にも五組の生徒へ襲いかかろうとしていた一組の生徒は動きを止める。

 だがそれは相手も同じだった。

 金髪の少女は、眉間に皺を寄せてルシアを睨む。


? ……どうしてそんな訳の分からない指示を出したわけ?」

「貴女は、無抵抗の相手を痛めつけるような悪趣味な人には見えませんから」


 そんなルシアの言葉に、金髪の少女は「ふぅん」と相槌を打ち、


「……救いようのない頑固者だけれど、愚者というわけではないようね」


 金髪の少女が片手を上げると、五組の生徒が武装解除する。

 ルシアと同じタイミングでクラスを統率したにしても、息が合いすぎているように感じた。

 だがルシアは少女から目を逸らさない。

 どちらも退かず、どちらも主張を曲げない。二人は対等な存在に見えた。


「貴女、名前は?」

「ルシア=イーリフィーリアです」

「そう。私はエレミアーノ=アリエル。……貴女が生前、聖女と呼ばれていたように、私は生前王女と呼ばれていたわ」


 王女。その言葉はとてもしっくりきた。

 その高貴さ、気高さ……そして何より、その支配者としての鋭い眼光。


、お互い頑張りましょう」


 そう言って金髪の少女――エレミアーノは踵を返す。

 ラウンジから出ようとする彼女は、そのままミコトのすぐ横を通り過ぎ――――ようとしたところで、不意に躓いて体勢を崩した。

 反射的に、転びそうなエレミアーノの身体を支える。


「えっと、大丈夫?」

「……ちっ!!」


 微かに顔を赤く染めて、エレミアーノは去って行った。

 その背中をミコトは無言で見つめる。


「災難だったな、ミコト」

「いや、あのくらいはいいんだけど……」


 ウォーカーに返事をしながら床を一瞥する。……何もないところで躓いたが、運動神経はあまりよくないのだろうか?

 とはいえ見くびるわけにはいかない。

 ミコトは以前、ルシアが教室で言っていたことを思い出した。

 神様に羽を送られた生徒は、

 どうやらそれがエレミアーノのようだ。


(……荒れそうだな)


 聖女と王女。

 羽を貰った二人の生徒が、対立してしまった。

 この学園で上手く立ち回るには、試験や授業のことだけ考えればいいわけではなさそうだ。


「ミコトさん、大丈夫でしたか?」


 ルシアがこちらへやって来る。

 遠目からは、ミコトがエレミアーノに喧嘩を売られたように見えたようだ。


「うん。ちょっとぶつかっただけだから」

「……そうですか」


 ルシアは安堵に胸を撫で下ろした。


「あの、ミコトさん。レグさんを見ませんでしたか?」


 その名は知っていた。

 先程殺した透明人間だ。

 何かに使えると思って、顔だけでなく名前も積極的に覚えていた。ただ、ミコトとレグの表面上の接点は皆無に等しい。名を覚えていると訝しまれる可能性がある。

 なので……。


「……レグ?」

「クラスメイトの男子生徒です。背丈はミコトさんと同じくらいで、前髪を目元まで伸ばしていて……」


 惚けたミコトに、ルシアは丁寧に説明する。


「……ごめん、見てないね」

「そうですか。何もなければいいんですが……」


 ルシアは不安そうな表情を浮かべた。

 どうやらルシアも人の顔と名前を鮮明に覚えているらしい。ミコトはあくまで粛正者として役に立つ情報かもしれないから覚えただけだが、彼女はきっと他者への思いやりだけでそこまでするタイプなのだろう。

 荒れそうだな……なんて、他人事みたいに思っていい立場ではない。

 自分も荒らしている側の一人だと、ミコトは思った。