神様を決める教室
第四章 傷の共感 ①
学園に来て、そろそろ二週間が経とうとしていた。
この日の最後の授業は、理学。ミコトのいた世界では理科や化学、物理学などと呼ばれている科目である。
「それでは次に、液体Cをビーカーの中に入れてくださ~い!」
理学の教師であるポレイアが、生徒たちに実験の説明をする。
理学の授業は今回で二回目なので、まだその内容も簡単だ。今回は植物から採れるという三種類の汁を混ぜることで、ある薬品を作る実験を行っている。ポレイアはまず理学という授業の面白さを生徒へ伝えるために、先に座学ではなく実験をする方針にしたらしい。
ミコトは指示通り、液体の入った試験管をビーカーへと傾けた。
「理学とはその名の通り、
神様の役割は概ねイメージ通りらしい。
「さあ、では最後に一混ぜしてください! するとぉ~~~爆薬の完成で~す!」
馬鹿な――。
植物の汁を三種類混ぜるだけで爆薬なんてできるものか。
クラスメイトたちもまさか自分が爆薬なんて作っているとは思わず「うおっ!?」と驚きながら机から距離を取った。遠くを見れば、セシルが完成した薬品に刺激を与えることを恐れ、机に置くこともできずカタカタと震えている。
「……あ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ~。その爆薬は二百度以上で五分間温めないと爆発しませんから」
なかなか複雑な爆薬のようだ。
爆薬を自作した経験は何度かあるが、あれは目立つため、ミコトが請け負う仕事にはあまり役立たないことが多かった。
実用性はさておき、未知の物体に興味が湧く。
完成した薬品をじろじろと観察していると、ポレイアがやって来た。
「ミコトさん、どうしました~? 失敗しちゃいましたか~?」
「……いえ、多分問題ないです」
「あら、本当ですね。完璧です~!」
ポレイアは小さな手でパチパチと拍手をした。
「ウォーカーさんも上手にできていますね~!」
「この手の作業には慣れていますので」
ウォーカーが眼鏡の位置を直しながら言う。
「ライオットさんは……また今度、頑張ってみましょうか~」
「…………はい」
ライオットが作った液体は変な色に濁っていた。多分、配分を間違えたのだろう。ミコトたちが作った爆薬とは色が違いすぎる。
「ルシアさんも、上手にできていますね」
ポレイアがルシアの作成した薬品を見て言う。
ルシアは「ありがとうございます」と礼儀正しく頭を下げた。
結局、クラスメイトのレグという男子生徒は行方不明となったままだった。――ミコトが殺したのだから当たり前だが。
ルシアは何度か捜索したが、レグは見つからなかった。そのうち「この学園のことが嫌になって自らリタイアしたのかもしれない」という噂が流れ始め、ルシアも渋々納得した。
ちなみに噂を流したのはミコトである。
自身もまた噂を聞いたようなフリをして、ライオットやウォーカーたちに説明したのだ。レグは自ら命を絶ったのかもしれないと。
次第に誰も、教室に一つだけある空席について触れなくなった。
唯一、聖女ルシアだけは偶に空席を一瞥することがある。
「流石、聖女様だな。こういうのは得意そうだぜ」
ライオットがルシアの作成した薬品を見て、その要領のよさを褒める。
しかしルシアは複雑な面持ちをした。
「……あの、聖女様という呼び方はどうにかならないでしょうか」
「え? 最近は皆にそう呼ばれてるだろ? 駄目だったか?」
「駄目ではありませんが……生前の世界ならともかく、この学園では別に神様の教えを説いているわけではありませんし」
ルシアは難しそうな顔で言う
嫌というほどではないが、違和感があるといったところだろう。
「まあ、盛り上がりやすいんだろうな」
ウォーカーの意見にミコトは頷いた。
以前からルシアのことを「聖女」と呼ぶ者は何人かいたが、王女を自称するエレミアーノとの争いを機に、より多くの生徒がルシアのことを「聖女様」と呼ぶようになった。
ルシアのことを聖女様と呼ぶことで、一組の生徒たちは団結力を増している気がする。
「五組の王女を意識してるっていうのも、理由としてはありそうだよね」
「……私としては、あまり競争心はないのですが」
ルシアはただ、自分のやり方を曲げたくなかっただけであって、エレミアーノに対して競争心を抱いたわけではない。
しかし一組の生徒たちにとっては違ったようだ。
「共通の敵を用意するというのも、団結力を高める常套手段だからな。王女との邂逅は、予期せぬ形で俺たちにメリットを与えたと言ってもいいだろう」
「……そうですね。団結のためには受け入れます」
ルシアが観念したように言う。
一組の団結力が高まるのは、一組の生徒にとってはメリットのあることだ。
粛正者であるミコトにとってもそれは同様である。団結力が高まったおかげでクラスメイトの情報はより集めやすくなった。
集団行動が増えると、粛正のチャンスは減るのではないかと思ったこともあるが、多分その心配はない。学園の試験はどれも困難で、馴染みがなくて、刺激的なものだ。たとえどれだけ団結力を高めようと、試験が始まれば必ず掻き乱される。その隙を突いて粛正すればいい。
(聖女と王女の対立か……)
今、この学園には二つの派閥ができている。
聖女派と、王女派だ。
この二つの派閥の違いはシンプルである。
――聖女派は、弱き者に手を差し伸べる。
――王女派は、強き者に相応しい地位を与える。
小さな派閥は他にもあるだろうが、今やこの学園の生徒は聖女派、王女派、無所属の三パターンに大別することができた。
この学園の生徒は、いずれも生前で偉業を成し遂げた者たちである。そんな英雄たちの性格上、博愛の精神を持つ者と、己の実力に誇りを持つ者に二分されやすいのだろう。聖女派と王女派は、英雄たちの最も分かりやすい生き様を体現しているように思えた。
この数日、ミコトは王女派について情報を集めていたが、よくできている派閥だと感じた。
試験で成果を出した者には強力な地位を与える。逆に成果を出せなかった者には低い地位を与える。ここで言う地位とは、五組の生存戦略を決める会議での発言権という意味だ。この学園の生徒たちは、生前では地位も名誉も思いのままだった。今更、単純な身分に食いつくはずがないのは分かるが、生存率を上げるための椅子となれば話は別なのだろう。
(……王女派の目的は、ただ生存することだけなのか?)
引っかかりを覚えるのは、五組の目的だった。
聖女派の目的は、試験の犠牲者を少しでも減らすことだ。これは一組の生徒に限った話ではなく、ルシアは他クラスの生徒からも犠牲者を出さないよう努めている。
一方、五組の目的は調べてもよく分からなかった。
ルシア以外は全員平等な聖女派と違い、王女派は徹頭徹尾格差をつけているが、王女派の生徒はたとえ派閥内での地位が低くても満足しているらしい。
それはつまり、揺るぎがたい団結力があるということだ。地位が低く、発言権もなく、まるで下働きのように立場でも、王女派の一員であることに誇りを抱いている生徒がいる。しかもルシアとの口論が起きた際、王女派の生徒たちは躊躇なくルシアを殺そうとした。彼らの王女に対する尋常ではない忠誠心の源は何なのか、それが分からない。