神様を決める教室
第四章 傷の共感 ②
皆で生き残る。そんなチープな目的で、あそこまで団結できるだろうか。
そんな疑問が頭に残っていた。
「あら、チャイムですね~。では本日の授業はここまでです~!」
チャイムが鳴り響き、ポレイア先生が授業の終了を告げる。
その直後――。
『――試験が始まります』
真っ白な空から声が響いた。
『生徒の皆さんは、速やかに教室に向かってください』
ポレイアを見ると、申し訳なさそうに頷いた。このタイミングで試験が始まることは知っていたようだ。
ここは実験室なので、ミコトたちはすぐに教室へ戻る。
それぞれ自分の席で待機していると、細身の男性が教室に入ってきた。
「試験を担当するクルトだ、史学の授業ぶりだね。……待たせてしまって申し訳ない。一組は移動教室みたいだったから、先に他のクラスへ説明をしてきたんだ」
小さく頭を下げて謝罪したクルトは、改めて生徒たちを見る。
「早速試験の説明をしよう。今回は賢さの試験、その名も《クラウディ・ラウンジ》だ」
三度目の試験。その科目は賢さ。
緊張する生徒たちの前で、クルトは授業の時と同じように穏やかな声色で語る。
「やることは凄く簡単で、ペーパーテストを解くだけだ。制限時間は二時間。時間が経つと同時に採点が行われ、百点なら合格、それ未満なら不合格となる」
クルトは教卓の上に載せてある紙束を軽く叩きながら言った。
「ただし、この試験には一つ特殊なルールがある。一度だけ、教室を出入りすることができるんだ。教室の外に出た生徒は、学園の中ならどこに行ってもいいし、誰かと会話しても問題ない。図書室も利用できる」
随分、変則的なルールだ。
図書室を使えるというのは便利なルールだが、教室の出入りがたった一度きりと言われると慎重にならざるを得ない。
「禁止事項は、教室内でのカンニングだ。具体的には、意図的に他人から答えを盗もうとする行為、またはそれを手伝う行為を禁ずる。……要するに、教室の中にいる間は自分の頭だけで答えを考えるんだ。それと、二回以上の教室の出入りも禁止だから、うっかり数え間違えないよう気をつけてね」
要するに、教室にいる間は、自分以外の存在から答案のヒントを受け取ってはならないということだろう。教室の内側に限っては、普通の試験と同じルールが適用されるわけだ。
「さあ、それじゃあ答案用紙を配るよ」
クルトが問題用紙と答案用紙をそれぞれの生徒に配る。
二枚の用紙を受け取りながら、ミコトは頭の中で鈴の音が鳴っていないことに気づいた。気高さの試験で鳴っていた、あの警報だ。
警報が鳴っていないということは……この試験、粛正者は無条件で合格できる。
(……ありがたい。これで粛正に集中できる)
全員に用紙が渡り、一分ほど待ったところでチャイムが鳴り響いた。
「試験開始だ」
クルトがそう告げた瞬間、一組の生徒たちは一斉に問題用紙を捲る。
その直後――全員が動きを止めた。
(……なるほど)
ペンを机に置き、ミコトは静かに吐息を零す。
(これは……自力で解ける試験じゃないな)
問題文が読めない。
回答欄が見つからない。
問題文はどれも見知らぬ言語で書かれていた。回答欄は一枚の紙の中でバラバラの形・順序で配置されており、設問に対応する回答欄を探すだけでも一苦労だ。設問と回答欄の数が合わないので、多分、そもそも表示されていない回答欄が幾つかある。
試験のルールを聞いた時点で察してはいたが、どうやらこの試験は自力で解くことを重視していないようだ。それなら合格点が百点のみなのも納得できる。図書室や生徒同士の情報交換など、あらゆる手段を駆使して満点を取る。……それがこの賢さの試験の肝なのだろう。
ミコトはそのままペンを持つことなく、しばらく答案用紙を見つめた。
十分が経過した頃、ミコトは立ち上がって教室の外に出る。
廊下は何人かの生徒が立ち話しており騒々しかった。しかし教室の中にいる間は話し声が一切聞こえなかったので、どうやら教室の内外で音が遮断されているらしい。
「ミコトも来たのか」
廊下に出ると、ウォーカーと目が合った。
「ウォーカーも出てたんだ」
「ああ。見た感じ、どのクラスでも三分の一くらいの生徒が外に出ているな」
「教室の外にずっといる分には問題ないからね」
出入りは一度きりだが、このまま外に出ている分には問題ない。
ミコトはまず、答案用紙を最初から最後までざっと確認し、全ての回答を記入するまでにかかる時間を予想してから外に出た。体感だが、全ての回答をスムーズに記入できるとしたら十分程度の時間を要するだろう。となれば、ラスト十分までに全ての正しい回答を知って、それから教室に戻って答案を埋めれば合格できる。多分、他の生徒も同じことを考えたはずだ。
(……まあ、どのみち僕は合格なんだけど)
無条件合格であることがバレたくないので、ラスト十分で教室に戻るつもりだが。ミコトはそもそも答案用紙を埋める気がなかった。
しばらくすると、ルシアが教室の外に出てくる。
それを見て他のクラスメイトたちも何人か外に出てきた。
「皆さん、自力で解けた問題はありましたか?」
ルシアは一組の生徒たちに訊く。
最終的に一組は七割近くの生徒が外に出た。そのうちの五人が手を挙げる。
「まずはその回答を共有しましょう。どの問題ですか?」
そう言ってルシアは、皆の前で一枚の紙を広げた。
それは――答案用紙だった。
「も、持ち出したのか……?」
「禁止事項に、答案用紙を持ち出す行為は指定されていなかったので」
引き攣った顔をして訊くオボロに、ルシアはさらっと言ってのけた。
わりと大胆な性格をしている。……今に始まったことではない。そもそも大胆な性格でなければ、堂々と教壇に立ち、仲間を募集したりしないだろう。
「あの、さっき試しに問題用紙へ魔法を使ったら、新たに文字が浮かんで……」
「私も、特殊な薬品を浸したら回答欄が一つ増えたんだけど……」
教室から出てきた生徒が、次々と情報を共有してくれる。
しばらくすると、大人しそうな赤髪の女子生徒が出てくる。
「ナッシェさん」
「え、はい!? な、なんでしょうか、ルシアさん」
「確か、文学の授業で、どんな種類の言葉でも理解できると仰っていましたよね」
「えっと、はい……」
「では、今回の試験の問題文……全て理解できたのではありませんか?」
そんなルシアの問いに、赤髪の女子生徒ナッシェは――首を縦に振った。
「……はい、できました」
光明が見えた。
どうりで、いつまで経っても教室から出てこなかったわけだ。問題文を全て読むことができたから、他の生徒と比べて情報交換の必要性を感じなかったのだ。
「では一つ一つ、解説していただいてもいいですか? 問題用紙はここにありますので」
「分かりまし……え? も、問題用紙、持ってきちゃったんですか?」
「禁止事項に、問題用紙を持ち出す行為は指定されていなかったので」
さっき似たようなやり取りをしたばかりだが、ナッシェの気持ちはよく分かるので誰も突っ込まなかった。
ルシアたちに見られながら、ナッシェは問題文の解説を始める。身振り手振りでの説明に限界を感じたナッシェは、問題用紙の余ったスペースに図や表を書いて説明を続けた。
(……紙、足りなくなりそうだな)
廊下を歩き、階段の踊り場にある掲示板に近づいた。