神様を決める教室
第四章 傷の共感 ③
食堂のメニューや、取り寄せカウンターに関するQ&Aコーナーなど、色んなプリントが掲示されている。裏面が白紙であることを確認したミコトは、それらを剥がしてナッシェのもとまで持っていった。
「これ、よかったら使ってくれ」
「あ、えっと、ありがとうございます」
ナッシェはプリントを受け取った。丁度、紙が足りなくて説明を中断していたようだ。他の生徒は情報を整理するために話し合っている。
小休止しているナッシェの様子を窺って、ミコトは声をかけた。
「無理してない?」
「え? む、無理ですか……?」
「顔色、あんまりよくないから」
自覚はあったのだろう。ナッシェは視線を泳がせ、困ったように笑った。
「……大丈夫です。普段、あんまり喋らないので、少し緊張していました」
自嘲気味に、ナッシェは口角を吊り上げる。
「私、こんな性格ですから、友達とか作るのも苦手で。……多分、ルシアさんに声をかけてもらえなければ、孤立していたと思います」
ナッシェはルシアの方を一瞥しながら言った。
確かに、その引っ込み思案な性格では、自力で交友を広げるのは難しかっただろう。
「ですから、今はちょっと頑張りたいんです。ルシアさんの気持ちに応えるためにも……」
ナッシェは両手で軽く拳を作り、「むん」とやる気をアピールした。
なるほどな……と、ミコトは頭の中で納得する。
こうやって、聖女派の結束は固くなっていくのだろう。
◆
廊下だけでは手狭になったので、一組の生徒たちは階段の踊り場も利用して話し合った。
「なんか、賢さっていうより人望の試験っぽいな」
いつの間にか外に出ていたライオットが、議論を交わすクラスメイトたちを見て言った。
「足りない才能を他の才能で補うのはよくある話だ。気高さの試験も、お前に関しては強さだけで合格したようなものだしな」
「確かに。俺には賢さも気高さもねぇからな」
ウォーカーの意見に、ライオットは笑いながら肯定する。
(この試験の特徴が見えてきたな……)
クラスメイトたちの話を聞きながら、ミコトは情報を頭の中でまとめた。
・問題文が複数の世界の言語で書かれているため、読めないものが多い。
・回答欄の配置がバラバラで、更にどこにも見当たらないものも幾つかある。
・特殊な能力や薬品を使うことで、問題文および回答欄が表示されることがある。
・問題そのものは、今までの授業のおさらい。
ナッシェの協力によって、問題の内容自体は奇抜なものではないと発覚した。
たとえば問一は、図形の面積を算出する問題となっているらしい。回答欄は答案用紙の右隅に発見した。そこまで分かれば自力で解ける生徒も多い。
「あれ? この事件が起きた時期って、二六四年じゃなかったか?」
「問題文をよく見ろ。この年号で数えたらあっているはずだ」
いわゆる引っかけ問題も幾つかあるようだ。
単位や年号の指定を見逃さないように、複数の生徒が問題文をチェックする。
「……ルシアがいてくれてよかったよ」
「ミコトさん?」
思わず呟いたミコトに、ルシアが首を傾げた。
今回の試験、ミコトたち一組の生徒はナッシェの能力に救われたが、それでも最大の功労者と言えばルシアになるだろう。
「周りを見てみなよ。僕たち以外のクラスは皆、疑心暗鬼だ」
階段の踊り場から、廊下にいる他のクラスの生徒たちを見た。
彼らも一組と同じように情報交換しているが、一組と違って信頼関係を築けていないため全員が全員を疑っている。皆が一様に険しい顔つきで議論するその光景は、遠くから見ているだけでも気分が重たくなった。
その情報は正しいのか?
ひょっとして嘘をつかれているのではないか?
自分だけが得をするにはどうしたらいい?
本当にこのタイミングで教室を出てよかったのか?
そんな疑問が、そこら中に渦巻いていた。
(試験名、《クラウディ・ラウンジ》か。……曇りの社交室とはよく言ったものだ)
これは賢さの試験。
この試験で要求されている賢さは、単純に勉強できるという意味での賢さではなく、情報の真偽を見抜く賢さや、立ち回りの賢さだ。
そういう意味では、学園生活が始まって早々に皆で協力しようと提案したルシアは、この上なく賢かったことになる。特別な力なんて何もいらない。信頼関係を築くことで、一組の生徒たちは情報の真偽を見抜く工程そのものを排除した。一組の生徒に限っては、教室を出るタイミングを間違っても全ての情報が共有されるだろう。
気高さの試験の時も思ったが、改めて、一組は団結していてよかったと思う。
こうなると他のクラスが不憫とすら思えた。
そんなミコトの隣で――ルシアは神妙な面持ちをする。
「ルシア?」
何を考えているのか。気になったミコトの問いに、ルシアは決意した様子で口を開く。
「彼らとも協力しましょう」
「……え?」
「彼らは今、困っているはずです。なら声をかけなくては」
そう言ってルシアは、二組の生徒たちの方へ向かった。
「……ちょっと待て」
遠ざかるその背中に向かってミコトは声をかけた。
「悪いことは言わない、今回は聖女派……一組の生徒だけで情報交換を行った方がいい」
「何故ですか?」
「他のクラスとはまだ信頼関係を築いていない。たとえルシアが善意で情報を提供しても、相手はルシアを陥れるための情報を与えるかもしれないだろ。……このクラスにいると偶に忘れそうになるけれど、試験の本質は生徒同士の競い合いなんだ。これ幸いと、僕らを蹴落とそうとする人が嘘の情報を提供してくるかもしれない」
そう告げるミコトに対し、ルシアは一度だけ視線を下げ、
「最初は、私たちもそうだったはずです」
ルシアはクラスメイトたちの背中を見た。
「でも今はこの通り……皆、手を取り合って真剣に生きようとしています。私は他のクラスの皆さんともそれができると信じているんです」
確かに、正直クラスメイトたちがここまで手を取り合うとは思っていなかった。
だがそれは結果論だとミコトは思った。
「時には人を疑うことも大事だ」
「和平を結ぼうとする使者が、相手を疑ってどうしましょう」
一歩も譲る気はない。そんな意志が伝わってきた。
――お人好しが。
舌打ちしそうになる衝動を、すんでのところで堪える。
この少女を頷かせるにはどうしたらいい?
「……他のクラスと関わるのは別にいい」
一つ妥協して、ミコトは告げた。
「その代わり、ルシアから一方的に情報提供するだけにしてくれ。そうすれば不合格者を減らすという目的は達成できるだろ? ……ルシアが他の誰かを信じていても、もし嘘の情報を提供されたら僕たち全員が被害を受けるんだ。それだけは避けよう」
「……分かりました」
今の一組の生徒たちは、ルシアの言葉なら大抵信じてしまう。だからルシアが嘘の情報を掴まされるわけにはいかなかった。
一組は……聖女派は、ルシアが墜ちた時点で全滅する恐れがある。
「やっぱり、ミコトさんは信頼できます」
ルシアはミコトのことを真っ直ぐ見つめながら、微笑んだ。
「私たちのことを案じてくれたんですよね。……ありがとうございます」
小さく頭を下げ、ルシアは二組の生徒たちに近づく。
そんな彼女の言葉を受けて、ミコトは硬直した。
(……違う。僕は別に、誰かを守りたいわけじゃない)
粛正者なんだぞ、僕は――――。