神様を決める教室

第四章 傷の共感 ⑥

          ◆


 試験が終わった後、ミコトはいつも通り粛正者の集会に参加した。


「一組の聖女、とんでもねぇな」


 二番の男子が軽く笑いながら言う。


「どういう環境で育ったらあんな博愛主義になるんだ? 全クラスに回答を共有してたぞ」

「廊下のど真ん中で『正しい回答を教えます』って大声を出していましたからね。試験官の先生も唖然としていましたよ」


 そんなことをしていたのか……。

 ミコトがラウンジにいる間、ルシアは相当な数の生徒を救済していたらしい。


「そ、それにしても、今回の試験では四人も粛正されたんですね。そろそろ願いを叶えられそうな人が、いるんじゃないでしょうか……?」

「簡単な願いだったら有り得るかもしれないわね」


 気弱そうな十二番の少女に、六番の少女が同意した。


「貴女たち、一度も粛正したことないんですか? そんな簡単に目標点数に到達するとは思えないのですが……」

「それは貴女が雑魚ばかり狩ってきたからじゃない?」

「そんなことはありませんが」


 険悪な空気が立ち込める。

 この学園にはあらゆる世界から英雄が集められているため皆、個性的だが、粛正者は更に個性的かもしれない。個性というか、尖っているだけかもしれないが。


「も、目標点数は粛正者の願いの規模によってバラバラとのことですし……えっと、そういうところで競争するのは、不毛なんじゃないでしょうか……?」


 なかなか鋭い指摘が繰り出された。

 ごもっともな意見に、睨み合っていた二人の少女は黙る。


「……どうでもいいのだけれど、どうして貴女はいつもメモ帳を見て喋るの?」

「す、すみません。私、忘れっぽい性格なので……」


 メモ帳を見ないとこれまでの知識が思い出せないほど忘れっぽいのだろうか?

 やっぱり粛正者は変わってるな、とミコトは思った。


「他に議題はないのか?」


 次の話題が一向に出ないため、監督のアイゼンが口を出す。


「じゃあ、アタシから一つ!」


 八番の少女が、いつも通りの明るい口調で言った。


「協力者を募集します!」


 協力者? と不思議そうにするミコトたちに、少女は続ける。


「試験中に不正を確認したんだけど、殺す余裕がなくてね。だからこれから殺しに行こうと思ってるんだけど、ちょっと分が悪くてさ。誰か手伝ってくれない?」

「手伝ってくれって言われてもな。ターゲットは誰なんだよ」

「さっき話題になった人だよ」


 顔は見えないが――少女は多分、笑って言った。


「聖女ルシア。あの子は違反者だよ」


 その言葉を聞いた瞬間、ミコトは椅子から立ち上がる。


「……どういうことだ」


 円卓の間は静まり返っていた。

 各々驚いてはいるのだろう。そんな空気の中でミコトは問う。


「聖女が、禁止事項に触れたというのか?」

「うん」

「……何かの間違いじゃないのか?」


 どうしてそんなことを訊いているのか、自分でもよく分からなかった。

 しかし八番の少女は、堂々と首を横に振る。


「間違いじゃないよ。聖女ルシアは賢さの試験中、教室で不正を行った。私はそれをこの目ではっきり確認している」


 教室でルシアの不正を確認したということは、この少女は一組の生徒なのか?

 分からない。もしかすると他のクラスの生徒で、廊下から確認できたのかもしれない。だが今、大事なのはそういうことではない。


「証拠はあるのか?」

「本人が認めた」

「……は?」


 驚くミコトに、八番の少女は言った。


「本人があっさり認めたの。多分あの子、嘘をつけないんじゃないかな」


 そんなわけ――と反論しそうになったが、確かに有り得る。

 あの、どうしようもなく頑固な博愛主義の聖女なら、正直に罪を認めるのも納得だ。


「というわけで、聖女を一緒に殺してくれる仲間を募集します! 本当は私が直接やりたかったんだけど、あの子、常に大勢の人に囲まれているから私一人じゃ手を出せなくて。だからやむを得ずこういう形を取りました! 勿体ないけど、点数も早い者勝ちでいいよ!」


 できれば自分で聖女の点数を獲得したかったが、このままでは活路を見出せないので、第三者の手を借りてチャンスを作ることにしたようだ。他の粛正者に獲物を奪われる可能性はあるが、自力で粛正できない以上、チャンスが生まれるだけでも得をしている。


「待て。まだそんな、はっきりとした証拠があるわけでもないのに……」

「十三番」


 なんとかこの流れを止めようとすると、アイゼンがこちらを睨んできた。


「粛正者にも禁止事項は存在する。それは、違反者でない者を殺すことだ。これは未遂でも適用される。……八番を疑うのであれば協力しなければいいだけの話。或いは、八番が嘘をついている証拠を探せばいい。もし証拠が見つかれば、その時は八番が粛正対象となる」

「ちょっとちょっと、アイゼンさん? 怖いこと言わないでよぉ~」


 八番の少女がへらへらと笑う。


「元より貴様らの役割は、小賢しい治安維持などでは決してない。貴様らは、貴様らの信念に基づいて動くだけでいいのだ。それがこの学園のためになる。そういう人選のはずだ」

「……?」


 何を言っているのか、イマイチ分からなかった。

 全員が黙る中、八番の少女は改めて円卓の間に集まる人影を見て、


「それで、誰か協力してくれる人はいないの? 聖女を殺せるチャンスだよ~?」


 そんな問いかけに、粛正者たちは考える。


「聖女か。確かに点数は高そうだが……」

「正直な話、状況次第ね。簡単に殺せそうな試験ならいいけど」


 簡単に殺せそうな試験なら、多分八番が直接手を下すだろう。

 粛正者たちの反応は慎重だった。


「私も遠慮します。もし貴女が嘘をついていた場合、貴女を信じて聖女を殺した私は違反者になってしまいますから」

「え~、そんなことしないのに~!」

「そう言われて信じるほど、私は貴女のことを知りません。……粛正するべき相手は、私自身の目で確かめることにします」


 その考え方が一番正しいように感じた。

 彼女の言う通り、八番の少女が他の粛正者を罠にはめようとしている――という仮説は成立する。八番の少女もこれを否定する証拠は持っていないようだった。

 ならば――。


「――僕がやる」


 ミコトは手を挙げて言った。


「いいの? なんか反対っぽかったけど」

「証拠がなくてもいいのか気になっただけだ。別に、反対ではない」


 嘘だ。

 本当は反対したい。だが今ここで言葉だけの反対をしても意味はないだろう。

 だから――他の粛正者が引き受ける前に、自分が引き受ける。

 そして、ルシアが本当に禁止事項に抵触してしまったのかを確かめる。


「よし! じゃあ次の試験で協力して聖女を殺しちゃおう! 合い言葉は、そうだな~……アタシが『粛正者?』って訊くから、肯定してくれたらいいよ。そしたら二人で試験のルールに合わせて作戦会議しよう!」

「分かった」


 お互いの手の内を共有するくらいはすると思っていたが、そこまでやる気はないらしい。やはり罠にはめる気なのか、それともそこまでしなくても粛正できる自信があるのか。……試験の内容が分からない状況で、作戦を立てても無駄になるという考えも理解はできる。


「他の議題がないなら、集会はこれで終わりだ」


 アイゼンはそう言って、粛正者たちを見た。


「私は嬉しいぞ。貴様らが各々の役割について議論してくれて。……これからも、自らの在り方について考え続けるがいい。それもまた粛正者の使命だ」


 アイゼンは上機嫌に笑った。

 その言葉の意味は、やはりよく分からなかった。