神様を決める教室

第五章 願い ⑤

「粛正は別に試験が終わってからでもいいんだ。だからお前は、まず協力者との合流を優先すると思った。今回は全校生徒が入り乱れる試験だし、聖女を目印にして集まるのが無難だ」

「お~、凄い凄い! アタシの心を読んでるの? ってくらい正解だよ!」


 協力者と合流する旨は前の集会で話し合って決めたが、試験の内容が思ったよりも複雑だったので、八番は聖女抹殺を二の次にしてまず合流を優先するだろうとミコトは予想した。

 その予想は正解だったらしく、ナッシェが拍手する。


「あとは、お前が上空へ行こうと提案した時だ。あの指摘は的確すぎる。戦い慣れていない人間の口から出るものじゃない」

「あ~、やっぱりそこかぁ。まああれは、貴方と二人きりになるための口実だしね」


 そんなところだろうと思っていた。

 向こうもそれほど隠すつもりはなかったらしい。


「ちなみに、アタシも大体似たような感じだよ。聖女と同じチームにいる人を疑っていた。ウォーカー君かなと思ってたけど、ミコト君だったかぁ。ちょっと意外」

「意外?」

「だって君、あんまり強くなさそうだし。なんていうか、貴方からは特別な力を感じないんだよね」


 直感による判断なのだろうが、的を射ている。

 ミコトには超常の力がない。ルシアのような呪いすら持っていない。


「さて、それじゃあ作戦会議しよっか。どうやって聖女を殺す?」


 当たり前のように問うナッシェ。

 彼女の予想通り、グラウンドの上空は猟師ハンターであるミコトたちにとって安全圏だった。他の生徒もいないし、ここならいくらでも密談できる。

 だからこそ、本音を吐き出せる。


「殺さない」


 断言すると、ナッシェは怪訝な顔をした。


「ごめん、もう一回言ってもらえる?」

「ルシアは殺さない。僕はお前と対立する」


 改めてはっきり伝えると、ナッシェは深く考え込んだ。


「…………なんで? 惚れちゃったの?」

「まあ、そんなところだ」


 生き様に、だが。

 端的に答えると、ナッシェが露骨に嫌そうな顔をした。


「きもいなぁ」


 うえ~、と。吐き気を催したようにナッシェは振る舞う。


「一応言っとくとさ、アタシ、粛正者同士で争うことには反対なんだよね。集会でも言った通り、アタシたちには全員が願いを叶えるってルートがあるわけだし」

「それならルシア以外を狙ってくれ。僕は彼女を護ることにした」

「他の人なら殺していいんだ? 偽善だね~」

「偽善ですらない」


 ミコトは首を横に振った。


「僕は善人にはなれない。だから代わりに、本物の善人を護るんだ」


 師匠を生き返らせるという目的までは捨てていない。だがその目的を果たすためには、正しい人になることを諦めなければならない。

 そして、諦めてもいいと思えた切っ掛けこそが、聖女ルシアだ。

 だからミコトは、ルシアを護る。

 そして、ルシアに仇なす人間を殺すことで、師匠を生き返らせる。


「神様っていう存在が何なのか、正直まだ掴めていない。でも、この学園からたった一人の人間が選ばれるのだとしたら――ルシアであってほしい。それが僕の意志だ」


 揺らぐことのない意志を示す。

 ナッシェは深く溜息を吐き、腰に手をあてた。


「……残念だよ。ミコト君とはこれからも仲良くできると思ったのに」


 交渉決裂。

 まあ――最初から話し合えるとは思っていないが。

 ウォーカーから借りたナイフを構える。対し、ナッシェは静かに息を吸い――。


「《大気よ、そこにいる人間を押し潰せ》」


 よく分からない言葉を、ナッシェは口にした。

 刹那、ミコトは周囲から不可視の圧力を感じる。まるで巨大な掌に握り潰されるかのような感触だった。その不気味さに驚愕しながらも、慌てて横合いへ飛び退く。

 ぐしゃり、と先程まで自分の立っていた位置から音がした。


「うわ、今のを避けるんだ」


 コンマ一秒の判断で飛び退いたミコトに、ナッシェが目を見開く。


「凄いね~、今まで実力を隠してたってこと?」

「……お前もだろ」

「あはっ! そうかも!」


 愉悦に染まった笑みをナッシェは浮かべた。


「アタシの能力、なんて説明したっけ。確か、どんな言語でも理解する力……だっけ」


 文学の授業でそのように説明していたはずだ。

 だが本当にそれだけの能力なら、先程の現象は説明がつかない。


「厳密には理解だけじゃない。アタシはね、どんな存在とも対話できるの」

「対話……?」

「そ。私は、あらゆる物体と対話して、お願いを聞いてもらうことができる」


 ナッシェは軽くストレッチしながら言った。


「それが私の力――(森羅万象のテーブルパーフェクト・ネゴシエイター)だよ」


 そう言ってナッシェは、ポケットの中から何かを取り出した。

 掌の上にあるそれは――。


(……玉?)


 銀色の、パチンコ玉のような小さな球体が十個ほど。

 ナッシェはその玉を、適当にばらまくよう前方に投げた。


「《弾丸よ、そこにいる男を貫け》」


 ナッシェが唱えた瞬間、ばらまかれた銀色の玉がまるで自分の意志を持ったかのように動き出してミコトへ襲い掛かる。

 ミコトは咄嗟に構えていたナイフで弾丸を弾いた。しかし、


(弾いても、戻ってくるのか)


 ナイフに弾かれ、ドラゴンの鱗に叩き付けられた玉が、再び浮き上がって襲い掛かる。

 何度か繰り返しても同じ結果にしかならない。

 それなら――斬る。

 玉は俊敏に動くが、という指令を守るためには一定以上の速度が必要なのか、肉薄すれば速度を落とすような急旋回をしない。

 凡そ三メートル。それ以内の距離に入った玉は、直線軌道のみになる。


『人類が持つ最大の武器は分析よ。どんな異常事態でも頭は常に回転させなさい』


 かつて師匠から与えられた教訓を忠実に守ったミコトは、次々と玉を切断した。

 切断された玉は動きを止め、落下する。ナッシェは弾丸に対して指令を出していたため、という形状を破壊されたら指令の対象外になり、停止するのかもしれない。


「じゃあ、更に十発追加しよっか」


 ナッシェが同じように弾丸に指令を出した。

 追加で十発の弾丸が飛来するが――。


「それはもう――飽きたな」

「は?」


 瞬く間に、次々とナイフで弾丸を切断していく。

 振り下ろしで一つ目、切り返して二つ目、宙返りしながら三つ目、そのまま空中で身体を翻しながら四つ目――迫り来る弾丸を、最短経路で無効化する。


「ちょ、ちょっとちょっと!? どんな身体能力してんのよッ!?」


 ナッシェは慌ててポケットに手を入れた。


「も、もう十発――」

「――遅い」


 切断した弾丸の欠片を、ミコトはナイフで

 強烈な衝撃を受けて弾き飛ばされた弾丸の欠片が、ナッシェの手の甲に命中する。


「ぐっ!?」


 悲鳴を上げたナッシェの懐に、ミコトは潜り込んだ。

 ナイフが閃く直前、ナッシェは苦悶の表情を浮かべながら唱える。


「《た、大気よ! こいつを止めて!》」


 それが拘束を意図した発言であることはすぐ読み取れた。

 ミコトはすぐにその場から離れるべく跳躍する。しかしナッシェの指令を受けた不可視の大気が、そんなミコトの片腕を掴んだ。

 右腕が、大気に締め付けられる。


「よし、捕まえ――」


 ナッシェが笑みを浮かべた直後、ミコトは捕まった腕を起点に身体を捻った。

 ギュルリ、と音を立ててミコトは身体を翻し、右腕を拘束されたまま踵落としを繰り出す。


「が――ッ!?」


 踵で脳天を叩かれたナッシェが呻き声を漏らす。


「ど、どんな可動域して――!?」

「死ね」